第12話『出共和国記―Exodus―』②
《ヴェパール》はあちこちに三十ミリ機関砲を的確に連射し、僕と彼は二十ミリ機関砲をあっちこっちにばら撒いて、メアリーはショットガンから小型の榴弾を射出して敵の歩兵陣地やらなにやらを丸ごと吹っ飛ばしていた。
後続の《サレオス》《フォルネウス》《アガレス》もそれに倣う形で三十ミリ機関砲で飛んでくる対戦車ミサイルやロケット弾を迎撃し、ついでにそんな危険物をこっち目掛けてぶっぱなしてきた不届き者に正義の三十機関砲掃射をぶちかまして黙らせる。
《サレオス》ではニール・サイモン准尉のシミュラクラが一〇五ミリ砲をぶっぱなす横で、恐竜みたいな形状のラプターが四十ミリ擲弾発射機で榴弾をあっちこっちに雨あられと降らせ、《フォルネウス》ではマルコム大尉とフィッシャーがあーだこーだと言い合いながら機関砲でシミュラクラや装甲車を撃ち抜いていき、《アガレス》ではジェシカ・グッドスピードが「ひゃっはー!」と言いながら機関砲や迫撃砲をあっちこっちにぶっぱなしまくっている。
楽しそうだった。でも、自分たちの住んでいた国の首都で武器をぶっぱなしまくるしかないということがどういうことかは、素人の僕でもどういうことなのか、理解できる。そうするしかないような状況下に僕らが置かれていることは明らかだ。
『ガーティ・ベル! 前方の橋上に展開している部隊に三十ミリを掃射!』
『アイ・マム』
ハルの声がキンキンと頭の中に響き、それを紳士的なガーティベルの声が上書きする。
《ヴェパール》の三十ミリ機関砲が艦首方向に指向し、長い連射を行った。銃口が火の玉をあげ、連射速度が高すぎて一繋がりにしか聞こえない銃声が僕らの耳を叩く。橋の上にいたシミュラクラは、三十ミリ機関砲弾を横なぎに喰らって上半身と下半身を切り裂かれて爆発四散した。
僕は視界の中に現れる
でも、僕はそれを気にしなかった。気にするなとプロトコルが倫理アクセスを防いでいる。
僕は慣れてきた。慣れてきたため、胴体部の対人機銃の指揮権を
道のりはまだ続く。最大で時速百キロあっても、この河を下るには数分を要する。
僕は弾倉を交換して、弾の節約に勤めることにした。それくらい、心拍数も下がっていた。僕は
河くだりも中盤に差し掛かった時、ガーティベルがぼそりと言った。
『おやまあ』
『なんですかガーティベル!?』
すぐさま、ハルの怒声が飛ぶ。
ガーティベルは紳士的な口調で言った。
『各機に警報、帝国の精鋭部隊を確認。優先的に迎撃せよ』
『ソニア、ガーティベルからデータを受信。目標をマークする』
「分かった」
マーカーが表示される。
僕は首を捻った。マークされた目標はシミュラクラなのに、マーカーは上空にある。
いったいどんな敵なんだといぶかしんでいる僕の思考を、メアリーの怒声が吹き飛ばす。
『ネームドだ! 敵機直上! 火力集中!!』
「りょ、了解!」
ネームド――少なくとも十五機以上のシミュラクラ、あるいは十両以上の戦車を破壊し、共和国軍参謀本部のデータベースに個別で登録されている敵ドライバー、あるいはシミュラクラ。いわゆる、エース・パイロットのことだ。
僕の視界に表示されたそれは、《穢れた銀》とある。総計撃破スコア、五六。
僕はそいつを見たことがあった。
二十ミリ機関砲をフルオートにし、僕はマーカーを追って上を見る。
そこには、大剣をぶらさげて空を飛ぶ、シミュラクラが、――シミュラクラたちがいた。
まるで、重油で塗れた白鳥の群れようだった。
そいつらは優雅に飛んでいる。
けれど、その身体は機械油や煤、あるいは泥で汚れていた。
純白の機体に黒い返り血のような機械油がこびりついているのは、怖気が走る。
『
僕が上空に向けて機関砲を向けていると、隣のメアリーは背中に手を伸ばす。
そこにあるのは、鉄の構造材みたいな分厚い刀身に持ち手のついた、かろうじて剣と呼べそうなものだ。彼女はそれを握り込み、ロックを解除して威嚇するように振り上げる。
メアリーの低く憎しみのこもった声が僕の耳に入る。
『てめえか』
瞬間、それを聞きつけたかのようなタイミングで、直上の群れから一羽の白鳥が降って来た。
僕は
僕だけではクソエイムかもしれないけれど、
なんたって
けれど、僕の放った弾丸はすべてかわされた。
それは、ただでさえ制御の難しい空中機動中に、横転、再加速を一瞬でやってのけた。
背筋が凍りつく。僕の頭が再装填も、ナイフを抜く時間もないと言っている。
血みどろの白鳥が両手で大剣を振りかぶるさまが見えた。
心臓を鷲掴みにされたような、気持ちの悪い一瞬が、永遠に引き伸ばされたような気がした。
『どけぇぇぇ!!』
「あぐぅっ?!」
その感覚を終わらせたのは、急な加速度と衝撃。
頭の中にメアリーの機体が僕を引き飛ばしたのだと、そういう表示が出る。
怖くてつむってしまった瞼を開ける。そして、火花が散った。
『リィィィンハイトォォォ!!』
『久しぶりねぇ、カタナ使い!!』
機体の構造材が、船体が軋む音を立てる。
高速降下してきた純白のシミュラクラの一撃を、細身のメアリーの機体があの剣で防いでいた。
甲板に足がめり込み、出力限界を無視しされた指や腕の関節が火花をあげ、赤熱化していく。
大剣と剣の鍔迫り合い――、そんな、戦闘の常識をすべて無視したような光景に、僕は唖然とする。
『
「………っ!!」
彼の声に指摘され、僕はやっと弾倉をかえて銃口を向ける。
至近距離で剣をメアリーが振るえば、白鳥は大剣をうまく使ってそれをいなしていく。
時には蹴りが飛び交い、取っ組み合いの喧嘩のような様相を呈している。
そんな二機のシミュラクラの片方だけを狙い撃とうだなんて、無理な話だ。
『こいつはオレのだ! 他を狙え!』
「了解! 任せた!」
『この腐れドビッチがぶっ殺してやる!! てめえの×××は何色だぁぁぁ!?』
下品な言葉をオープン回線で怒鳴りながら、白鳥と切り結ぶメアリーを横目に、僕は上空警戒を行った。
上空にはもうなにもいなかった。代わりに、後方のエアクッション艇たちが、血みどろの白鳥たちに鳥葬にされかかっている。
『エル、こいつらを近づけるな。遠ざけろ!』
『もちろんやりますよ。それがボクの役目ですから!』
《サレオス》ではニール・サイモン准尉のシミュラクラが一〇五ミリ砲でまた一機のシミュラクラを粉砕する。
恐竜のような形状のラプターが、大剣を振りかぶった白鳥のふところに入り込み、左腕に装備されていたパイルバンカーをぶちこむ。
戦車砲の対戦車榴弾の弾頭をそのまま使ったパイルバンカーの威力はすさまじく、コクピット部に直撃を受けた敵シミュラクラはまっぷたつになって川に落ち後ろに流れていく。
二人の連携はまさに神がかっていた。まるで相手の呼吸や癖まで全部知り尽くしていて、すべて承知の上で背中を任せている、といった感じだった。
さすがに白鳥連中もそうした相手はやりづらいのか、上空を取り巻くだけにするつもりだったらしいが、次の瞬間には甲板をボコボコにされて激オコプンプン状態の《サレオス》から三十ミリガトリングパンチを喰らって散り散りになった。
『パーシュミリアからこっちに来てやがったのかよくっそ! 多いぞ多い、敵が多いって!』
『口よりも頭を働かせろこの馬鹿が! 左だ左! ほれみろ!』
『ぬぐぉぉぉ………!?!?』
《フォルネウス》のフィッシャーとマルコム大尉は苦戦しながらも対処できているようだ。
フィッシャーがごてごてした防御面で大剣を弾き飛ばして、マルコム大尉が横合いから至近距離で機関砲を叩き込む。
ただ乱射するのではなく、敵の推進機構に弾をぶち込んだため、敵シミュラクラは手足をバタバタさせながら水面に叩きつけられ時速百キロの速度で水面を跳ね回ってバラバラになっていった。
こちらは連携がギクシャクしているように見えるため、敵機が何度か攻撃をしかけていたが、のらりくらりとなんとか撃退できている。
『あぁっ、くっそぉぉぉ、放すっすよ! 放しやがれっす!!』
問題は《アガレス》だった。
最後尾の《アガレス》は僕の乗っている《ヴェパール》からは確認できない。
通信で聞こえるジェシカの声は切迫していて、僕はなんとか《アガレス》を確認しようとしたけれど無理だった。
仕方なく僕はメアリーの方を振り返ると、ドラマのチャンバラごっこみたいに剣撃を繰り出しあっていて、下手に手をだすとこちらが手酷く損害をこうむりそうだったため、僕は他のエアクッション艇からこっちによってきた敵機に目掛けて機関砲を連射し、弾倉を交換して、さらに連射する。
そして三つ目の弾倉を捨てたとき、ジェシカの声が響いた。
『なにするっす、かっ……! あっ、やめ、ぶぐ―――』
ぐしゃ、ごり、べき、がしゃ、ぶつり。
そんな金属と人間の身体が分別されずに叩きにされたような音を残して、ジェシカが通信から離脱した。
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