第11話『出共和国記―Exodus―』①
S-175の前任者、ジーン・ワッツは安定性の良さから既存機体よりも練習機を改修することを選んだ。
その選択は僕にとっていい結果をもたらしてくれた。練習機というのは、他の機体よりも操縦がし易い。
だから初心者がホバークラフトのお化けみたいなものの上に乗っていても、ある程度は堪えることができる。
『各機関暖機運転を終了。燃料積載完了。故障は微々たるもので無視が可能。火器管制装置、統合作戦支援システムオンライン。敵の電子妨害が酷いものだが、サクラヒルの戦闘で303が粘った御蔭でまだなんとか使えそうだ。あそこの施設を爆破してくれた御蔭ですべてがパーにならずにすんでいる。303には議会勲章の推薦をすべきでしょう』
ガーティベルが笑い声もあげずに言えば、今度はハルの声が頭に響く。
『ええ、ガーティベル。我々の議会が再び結集したときには、必ず。――各艦艇の人員、物資積み込みの終了を確認。シミュラクラ全機、報告を』
小さなウィンドウが開き、それぞれのドライバーの顔が口々に喋り出した。
『こちらマルコム・フレミング大尉、フォルネウスに乗艦。準備良し。いつでもなんでもどんと来い』
『同じくフォルネウスに乗艦。バルブレッジ・フィッシャーだ。同じくいつでもなんでも』
『こちらはサレオスに乗艦しているニール・サイモンとラプターだ。準備完了』
『アガレス乗艦のジェシカ・グッドスピード! 準備万端っすよー!』
そばかす交じりの愛嬌のありそうな女性が、ジェシカ・グッドスピードだと僕は知った。
たしか彼女は偵察部隊のスピード狂、とか呼ばれていたらしい。すくなくともガーティベルから貰ったものにはそうあった。
大量の電子装備を抱えながら山岳地帯をバッタのように飛び回り、シミュラクラでは出しちゃいけないような速度さえをも出して喜ぶようなアドレナリン中毒気味のスピード狂だと。
近所で見かける愛想のいいお姉さんにしか見えないんだけどな、と思いながら、僕は新たに表示されたメアリーを見た。
不敵な笑みを浮かべた、黒髪で褐色肌の女。
瞳がなんだかギラついてみえるのは、その挑戦的な声音のせいかもしれない。
一目見ただけで分かる、自分の力量への圧倒的な自負心。
それだけで僕は、この人には勝てそうにないと思った。
でも同時に、いつか、この人に勝ちたいとも思った。
この後の戦いで生き残ることが出来たなら、そうしたいと思った。
『ヴェパールのラッセルズだ。ニュービーのお守りはやってやる。準備万端だぜ』
「こ、こちらヴェパールのソニア。足手まといにならないよう頑張ります……っ」
『シミュラクラはスーパーロボットじゃねえんだ。川になんか落ちんじゃねえぞ、回収してやる時間はねえ』
「りょ、了解」
僕の返答に鼻を鳴らしてメアリーは会話から抜けた。
他の面々も続々とウィンドウを閉じ、完全に音声だけの会話となる。
心臓がドクドクと激しく脈動して、こめかみが少し痛んだ。
こんなに緊張したのはいつ以来だろうかと、僕は長い白昼夢のことを思い出す。
虐められて学校二階の窓から半身を晒したとき、虐めっ子五人に取り囲まれたとき、親にそのことを始めて告げたとき。
まあ、――うん。いろいろあった。
すべてが儚い白昼夢、胡蝶の夢であったとしても、今やなにもかも懐かしい。
今、目の前にある現実は、それよりももっと未来のお話で、もっと厳しい。
僕はS-175の胎内にいる。それだけが僕に安らぎをもたらし、心を保ってくれている。
この酷く醜く生きにくい世界でただ一人、S-175だけが僕を受け入れてくれた。
僕はその先にある未来が見てみたい。
僕と一緒に使い捨てにされて、道路上にぶちまけられたニートたちを無為にしないためにも。
僕の命はもう僕だけの命じゃない。だから、ここで死ぬわけにはいかないんだ。
脳に焼き込まれたプロトコルが、アドレナリンを垂れ流して僕の体を戦闘用に仕上げていく。
網膜に焼き付いたあの惨劇が、顔も名前も知らない匿名の誰かを殺すだけの憎悪を燃やす。
理由なんかそれくらいで十分だ。僕は前進するためならばなんだって利用する。
そして僕らは、ハルの号令を聞く。
小さく幼い見た目の少女が、年相応の声音で精一杯威厳を出そうと頑張っているような声。
そんな声が鉄筋コンクリートの棺桶みたいな、このブンカーに響いた。
『全艦、戦闘用BGMを全力で掻き鳴らしながら全力で前進! 我らが旅路にアーネスト・シャクルトンの導きがあらんことを!! さあ、ぶん回しなさいガーティーベル!!』
『アイアイ・マム。
共和国海軍陸戦隊、強襲揚陸艇SS-42《ヴェパール》のプラズマジェットエンジンが甲高い音をたてて推力をあげ、飛行機みたいな馬鹿でかく甲高い轟音を立てながら、排水量五五〇トンの船体が浮かび上がるる。
メアリーか誰かが口笛を吹くのが僕の耳に入った。間違いなくグッドスピードの声で「ハイヨー、シールバー!」というヤケクソ気味の声もした。
総計四隻ものホバークラフトの怪物が一斉に浮き上がり、怒鳴り声をあげても会話すらできないような騒音の中、船外に括りつけられたスピーカーがライブ会場さながらの大音響でマリリン・マンソンの《Rock is dead》を流し始めた。ギターの響きと大気を震わせ、ベースやドラムがリズムを刻み、マリリン・マンソンの歌声がファックサインを突き立てながら降臨する。恐怖のシンボル、ショック・ロッカーの歌声を背後に垂れ流しながら、僕ら任務部隊一七八九は船出の時を迎えた。
ブンカーのゲートがせり上がり、川が僕らの前に現れる。
それと同時に強襲揚陸艇SS-42《ヴェパール》が巨体を震わせながらセント・ピーターズバーグを縦断する川に飛び込み、水しぶきをあげながら旋回し、加速していく。目指すは川の終着点、海だ。そこまでの道のりが決して短いものではないと僕らは知っている。
日の目を浴びたヴェパールはプラズマジェットエンジンを全力でぶん回して一気に時速百キロ近くまで加速しながら、甲板上に装備されている対空用の三十ミリ機関砲を巡らせ、敵性目標目掛けて乱射した。ついでに二十二連発の多連装ロケット弾をありったけ発射し、ブンカーを包囲していた敵陣地を完全に制圧する。
続いてヴェパールの後方からブンカーより飛び出してきた
さらには《フォルネウス》、《アガレス》がそれに続き、同じようにありったけの火力を四方八方にぶっぱなし、水しぶきと轟音と、もはや大音量すぎてなにが流れているのかも分からないありさまになっているマリリン・マンソンの歌声をバックに、最高に物騒な川くだりが始まった。
『各自、脱出に必要とされるのであれば、どのような手段を用いても脅威を排除してください!』
ハルがそう下令すると、僕を含めた全員が応える。
『『『『『「了解!」』』』』』
あちこちから黒煙が立ち込める近代建造物群を眺めるついでに、僕は二十ミリ機関砲を短連射で発砲する。
目標はあっちこっちにいて選ぶのには困らなかった。シミュラクラもいれば装甲車もいたし、非武装の軍用車両までもが前線に出てきている。それらすべてに僕は二十ミリ徹甲弾をぶっぱなして、その大半を命中させることが出来た。
敵のほとんどはなにが起っているのか、撃たれるまで分かっていないようだった。S-175が傍受している敵の通信によれば、敵のシミュラクラは「古典ロック音楽を流しながら川下りしている揚陸艇」という偽の映像を差し込まれていると勘違いしているらしい。
『ガーティベルの言っていたことが的中するとは』
「ざまあ見ろ。一方的に殴られる、痛さと怖さを教えてやる!」
『ソニア伍長、射撃補正は順調だ。そのまま思う存分やっていい』
「分かった!」
ダダダンッ、ダダダンッ、ダダダダンッ。
僕が引き金を引くたびに、装甲車が空き缶みたいに吹っ飛び、軍用車両がチーズみたいに穴あきになる。
時速百キロ近くの速度で狭い川を駆け抜けながら、僕らは撃ちまくる。
細かい照準補正はAIが全部やってくれる。
僕らは目標を中央に捕らえてスイッチするだけだ。
それでも大変な作業だ。味方がいない。いるのは敵だけだ。
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