第10話『たかだかひとつの冴えたやり方』
「俺は接触型の脳神経直結方式は初めて扱うが、問題ないはずだ。機動感度、人工筋肉出力制限、伝達係数はS-175があんた用のプリセットを使うっつーんでそのままにしてある」
「ああ、うん。どうも」
「気のない返事だな。まあそれでも良いが」
道順どおり、僕は
ハッチの傍であれこれとコンソールを弄りながら喋っているのは、僕と
名前は分からないので、僕は他の兵士がそう呼ぶようにダンと呼んでいる。
無精髭を生やした三十代くらいの渋めの男で、気のいい奴だ。
僕は
それでもコアモジュールを移植して十数分で機体とのシンクロができるのは、異常ともいえる手際の良さだ。
僕はそれを評価しないつもりはない。
なら僕もダンを受け入れ、信頼する努力はする。
『プリセット、ナンバー〇弐を機体に適応。処理速度良好。これなら戦闘に間に合う』
「バッチコイだ、S-175。さて伍長、こいつはあくまで
「それで……、それでいいならやるよ。武装は二十ミリ機関砲と、対人機関銃だけだね?」
「そうだ。他の装備は在庫がない。自分に合ってると思う武器があっても口に出すなよ。贅沢は敵だ。……火器管制はどうするS-175、伍長に任せるのか?」
『彼女が概算を行い私が調整する』
「エイムアシストだな。分かった。伍長をトップレベルのシューターにしてやれ」
にやにやと笑みを浮かべながら僕の隣から手を伸ばし、ダンはコンソールを弾いていく。
会話の内容が完全に理解できるわけではないけれど、プロトコルのお陰でだいたいは理解できる。
僕のへたくそな射撃をそれとなく
ダンがコンソールとメインモニターと格闘している間、ドライバーシートの外では戦争が始まろうとしていた。
さまざまな仕様に改造された共和国軍正式採用機体が、ハンガーベットから拘束を解かれ、歩き出している。
迷彩も装備も、増加装甲の位置や装備量もまったく異なる機体がこうして一同に解することなど、おそらくこれまでなかっただろうなと僕はぼんやり思った。
『ダン、さっさとしろ。遅れてるぞ。ニュービーなんざ甲板に括りつけてりゃいいんだ』
地響きを伴いながら来たのは、装甲のほとんどをそぎ落としたような
背中に鉄の構造材みたいな分厚い刀身に持ち手のついた、かろうじて剣と呼べそうなものをマウントしている。
僕はただぼけっとしているだけだったけれど、ダンは違った。
「おいなんだよ……くそ」
話しかけられて作業を中断せざるをえず、ダンは露骨に嫌そうな表情で舌打ちする。
さっきまで陽気そうな渋めの三十代だったのに、今じゃどこかのヤのつく鉄砲玉みたいだ。
その覇気に気おされながらも、僕はダンを制止しようとしたが、元ニートの僕にできるのは両手をあたふたさせて「あ」とか「う」とか「え」とか言うくらいなもので、もちろん、こんなもんで制止なんぞできるわけもなかった。
「メアリー! お前はさっさと持ち場につけ、こっちは仕事中だ!」
『ニュービーに一級品なんざ宝の持ち腐れだろうに』
「てめえだってニュービーだった頃があるだろうが! いい加減にしろ、お前の
なるほど、彼女がメアリー・ラッセルズ少尉らしい。
僕と一緒にヴェパールに乗り込むことになっている、首都防衛大隊の問題児だ。
怒声を張り上げるダンに対して、メアリーはハッチも開けず、僕を指差しながらこう言った。
『悔しかったら生き残れよ伍長、ドライバーは死なずに生き残ってこそだぜ』
そのままヴェパール目掛けて軽やかな足取りで歩いていくシミュラクラを見送り、ダンと僕は同時に溜息を吐く。
「………口も態度も最悪だが、メアリーの腕は確かだ。あいつの傍にいる限り、ドライバーは生き残れる。口と態度が最悪で自分の舌を噛み切って縁を切りたくなるかもしれないが、耐えろ」
「むしろ後ろからぶっぱなしたくなるかも」
「そしたら次の瞬間に二人とも三枚に卸される。S-175、制御を奪ってでもそれだけはやれせるんじゃないぞ。メアリーならやる」
『了解した、ダン。―――プリセット、ナンバー〇弐に最適化完了。操縦リンク確立。準備は整った』
ジャックを通して彼から機体のデータが送られてくる。
僕専用に作ってくれたプリセットはまだ完璧ではないらしいけど、十分動けるはずだ。
二十ミリ機関砲の装弾数と対人機関銃の残弾数は、僕の視界の中に表示されるようになる。
モジュール化された機体各部、及び伝送系、神経接続はすべてオールグリーン。
シンクロ率は一〇〇に限りなく近く、マニュアルによればこれは良好なほうだ。
僕はチェック項目をすべてクリアし、ダンにサムズアップしてみせる。
「PFC完了。機体にも接続にも問題ない。いけるよ、ダン」
「了解だ伍長。俺たちが次に仕事できるのは、脱出が成功したその後になる。あとはお前ら次第だ。幸運を祈ってるぜ」
『S-175、了解』
サムズアップを返し、ハンガーベットの足場に飛び移るダンを見送り、僕は深く息を吸う。
生命維持装置、対ABC兵器防護に問題がないことを確認して、ドライバーハッチを閉じる。
これで僕は彼の中に閉じ込められ、囚われ、守られることになるわけだ。
不思議と、嫌じゃない。
割と落ち着くし、好きかもしれない。
なんだかゾクゾクする。
僕は大丈夫だ。きっと、大丈夫だ。
世界が僕に都合のいい歯車になれ、ロボットになれと言うのなら、なろう。
前の世界でもそう在れと命じられて僕が、ここでもそうなるしかないのなら。
―――やってやろうじゃないか。
お前たちが言うモノになってやる。お前たちが望むモノになってやる。
くそったれの現代社会の歯車になって、やれと命じられたことをただやり遂げてやる。
果てることのない空虚感を、ありったけの感情で埋め合わせて繋ぐ。
これが僕だ。それが僕だ。そんなのが僕だ。それ自体が僕の存在意義だ。
己の維持だけで精一杯の醜さを知れ。生き苦しさにもがくありさまを見ろ。
僕は、―――僕らは無力じゃないってことを見せてやる。
僕はもう僕だけのモノじゃない。
僕は僕らとともに在る。
だから今、僕らの歯車は動き出す。
僕は動き出す。
彼と共に。
「
僕はマニュアルの操作どおりにコンソールを叩き、スイッチをオンにする。
彼の視覚センサーの情報を、僕が共有するための準備が完了したことを
僕と共にこの世界に引きずり出され、殺された奴らの顔が脳裏に浮かぶ。
『
すべての準備が完了したと、彼が告げる。
シミュラクラの視覚センサーの情報が僕の脳みそを沸騰させないか、少しだけ気がかりだった。
けれど、それもすぐにどうでもよくなる。
そんなのは、大した問題じゃない。
僕が危惧するのはそうなれば、僕はここで終わりってことだ。
僕はここでは終わりたくない。戦って生き恥を晒しながら生き続けると決めたのだ。
「S-175ZW1、
『
「
『同調カウント、
「カウント開始。三、二、一、―――
一瞬、視界が真っ白に染まる。
しばらくするとそれも直り、僕の視界が彼の視界に移り変わった。
人間の視界よりもずっと広い近代兵器の視界は、慣れるまで少し時間がかかりそうだ。
ただ、そんなことよりも僕の中にはたしかな満足感と充足感があった。
セックスよりも確かな繋がりで僕と彼は繋がっている、今、この瞬間に。
その事実が僕に絶対的な安心感と自身を与えてくれる。僕には、彼がいる。
『君はマニュアルをインストールしている分だけ、初期の視界酔いは少ないはずだ』
「ちょっと慣れがいるかもしれない。それだけだよ。ケーブル切断、ハンガーベット、拘束解除」
『了解。ケーブル切断、ハンガーベット、拘束解除』
接続されていたケーブル類が取り外され、ハンガーベットの拘束具が外れ、横付けされていた足場が離れていく。
赤色回転灯が光ってぐるぐる回り、整備兵たちが退避するように警報が鳴る。
ダンがウィンクしながらなにかを言っているのが見えたけど、なにを言っているのかまでは分からない。
僕はハンガーベットのウェポンラックから二十ミリ機関砲を手に取る。
歩兵のもっている銃火器とか比べ物にならない火力が、僕の頭の中にデータとして浮かんだ。
ドラムマガジン式、装填弾数六十発。今回は対装甲目標用にAP系弾種が使用される。
『こちらマルコム・フレミング、配置に付いた』
『バルブレッジ・フィッシャー、同じく配置についたぜ。ピーターズバーグでの川下りは中学校の修学旅行以来だな』
『冗談ならもう少しまともな冗談を言え、軍曹。ただの川下りじゃないんだぞ。脱出だ』
『ああ、はいはい。大尉殿。たかだかひとつの冴えたやり方、というわけで』
搭乗時間歴代トップの老骨、マルコム・フレミングのしわがれた声が聞こえる。
それと国境地帯からここまで逃げてきた奇跡の男、バルブレッジ・フィッシャーの陽気な声もした。
二人の声を聞き流しながら、僕は二十ミリ機関砲を火器管制とリンクする。
僕の視界内に二十ミリ機関砲の装填弾数表示のウィンドウが現れた。
六十/六十。弾種、
この際だから、この機関砲と弾がどれくらいの国家予算によってできているのかは、考えないことにする。
「それを言うなら、たったひとつの冴えたやり方、だよ。こちらソニアK51、S-175、移動開始する」
代わりに僕は、ティプトリーはもう古典の部類なのかな、と考えながら、通信に割り込んでみた。
のっしのっしと彼と一体になって、撤収準備でおおわらわな整備兵たちを踏み潰さないようにしながら、僕は自分の配置でもあるSS-42ヴェパールへと移動する。
すると、僕の視界の隅にいくつかの小さなウィンドウが表示された。そこには頭に帽子を被り、白い口ひげを生やした五十歳くらいの爺と、はつらつとした笑顔を浮かべている恐らく二十代の黒人男性が映っている。爺がマルコム・フレミングで、黒人の方がバルブレッジ・フィッシャーだろう。ウィンドウの下に、そう書いてあった。
『そうそう、それだよニュービー。ありがとな。こっちはマルコム大尉とフォルネウスに乗船してる。よろしくな』
「あ、うん。あ、えっと、了解」
『俺は軍曹だ。そっちと同じ。先任っちゃ先任だが、堅苦しいことは抜きでいいぜ。どうせ俺以外の奴らには堅苦しくしなきゃならないんだからな。それで生き残ったら万々歳だ』
「分かったよ、フィッシャー」
『その調子だぜ、ニュービー』
僕はなんとなく、ウィンクしてサムズアップまでしてくれたフィッシャーの機体を探した。
シミュラクラのセンサーや統合作戦支援システムの視覚補助があるから、友軍の機体はすぐに分かる。青いウィンドウで囲まれているからだ。だから、フィッシャーの機体はすぐに見えた。
でも僕は、酷く困惑した。マニュアル通りにいかないことが世の中にあるとはいえ、あれはなんだっていうんだろうかと、しばし呆然とせざるをえなかった。
バルブレッジ・フィッシャーの搭乗機は、共和国陸軍の標準機体だ。
けれど、装備がてんでちぐはぐで、わけのわからないことになっている。
右側には追加装甲などでぎっちりと固め、左側は煙幕発射器などの防護装置で埋められているのだ。
重量バランスとかウェイトコントロールとか、そんな概念などなかったかのような混ぜ具合である。
こんなので大丈夫なのだろうかと僕が不思議に思っていると、マルコム大尉が水筒の中身を煽ったあと、僕の反応を面白がっている様子で言った。
『あんな装備だがフィッシャー軍曹はやり手だ。生き残りたいならあれの戦い方を記憶しておけ』
「了解です、マルコム大尉」
『気張ることだソニア軍曹。ここから生きて出られなければ経験など無意味になる。―――マルコム、アウト』
ぷつん、とマルコム大尉のウィンドウが消える。
僕はにやにやしているフィッシャー軍曹を無視しながら、ヴェパールへと歩いた。
途中、通信が入った。声は幼い、ハルのものでまちがいない。
『こちらはSS-42艦長、ハル少佐ならびに艦載AIのガーティベルです。我々、任務部隊一七八九はこれより作戦行動に移ります。各員、持ち場につき己の義務を果たしてください。義務を果たし、忠誠を示し、そして我々の手によって活路を拓くのです! ―――共和国に栄光を! ヴェパールより、以上』
そうして僕らは、僕と彼と、僕のために死んだニートたちは。
それまで過ごしてきた日常を捨てて、新たな日常に到るまでの偉大なる脱出に取り掛かる。
僕は、深呼吸をしながらSS-42「ヴェパール」によじ登り、固定ベルトをいくつか機体に括りつけ、半固定状態にした。
僕の隣にはメアリーの機体があった。艦上の構造物はそれ以外だと、艦橋と固定武装の三十ミリの
後方には推進器であるプラズマジェットエンジンがあるので、僕らは大体、前方一八〇度の敵に対処すればいいらしい。
ああ、ここから始まるのだ、と僕は思った。
感慨深げに溜息を吐きながら、今更やってきた胸と、そして手足の震えを押さえ込む。
震えるな、と僕は僕に言う。怖かったから死にましたでは、格好もつかない。
僕はそして、もう一度深呼吸をする。
覚悟を決めて、誰のためでもなく、一心同体である僕と彼のために。
だから僕は、もうなにも怖くないなんて言わない。
なにもかもが、怖い。
大人たちが、大人ぶっている人たちが、専門家たちが、専門家ぶっている人たちが。
でも僕は、そんなのが跋扈する世界で足掻きまくって、生きていかなきゃならないんだ。
ああ、そうさ。
僕の覚悟はできた。
逃げるんじゃない。戦うんだ。
今、この瞬間から、僕は。
僕たちは、――戦士になるんだ。
六十/六十。弾種、
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