第8話「ニンゲンって? ―Learning to Be Me―」

ガーティベルが来ると予告していたにもかかわらず、ハルはそれが火花と部品をあっちこっちにぶちまけながら滑り込んできたシミュラクラを見てぎょっとした。

 恐ろしいのはそんな状態であるにもかかわらず、生き残ったブースターと手足を使ってなんとか制動を試みようとしているのが確認できたからだ。

 そのシミュラクラは賢明に制動をかけていたが、結局ヴェパールの周囲に築かれた土嚢の山を吹き飛ばして鉄筋コンクリート製の壕に片足をわざとひっかけて、減速と引き換えに足を一本へし折られながら、やっと停止した。映画のスタントみたいだった。


 口もないくせに口笛を吹いてみせるガーティベルを完全に無視してハルは走る。

 来るとは思っていなかった友軍が、ここまでしてきて来たのだ。確かめないといけない。

 そして、肩に張られた赤と白のストライプにクロスする鎌の部隊章も。


 タラップを下り、ヴェパールから出たハルは警戒しながら拳銃を抜く。

 無精髭を生やしたサイモン准尉がハンガーでサバイバルライフルを構えている。

 その隣では赤毛の小柄な女性――コードLが、首筋に無線操縦ユニットをつけた状態で鉄くずになったシミュラクラを睨みつけ、その隣ではプレデターが昆虫のような複眼カメラで同じように睨みをきかせ、四十ミリグレネードマシンガンの銃口を突きつけていた。


 そんな散々な出迎えのハルたちを無視して、整備兵たちは消火剤と重機を手にする。

 あっというまに整備兵たちは準備を終えてシミュラクラに駆け走り、取り付いた。

 ハルや上官たちの制止も意味をなさず、整備兵たちはひしゃげたハッチを切除し、切開し、起動しない爆砕ボルトを搭載人工知能の助けを得ながらなんとか作動状態に戻し、生命維持装置が切れたコアからハッチを吹き飛ばし、酸欠で死にかけていたドライバーを引きずり出す。


 ドライバーはおかしな格好をしていた。

 上下は市販の迷彩服で、ベストだけが共和国軍の歩兵部隊のそれ。

 ホルスターも官給品なのに、入っている拳銃は地球製銃器のレプリカ。


 おまけに、ドライバーは女性だった。

 ショートボブの黒髪に色白の肌。中肉中背。

 胸はほどほどで、ボディラインは細め。


 ぱくぱくと酸欠気味の魚のように空気を貪っている。

 実際、生命維持装置が停止して密閉状態のコアに閉じ込められていたのだから、酸欠だろう。

 よく生きていられたわね、とハルはぽかんとしながら思った。



『おやまあ』



 と、ガーティベルがおもしろそうな声をあげる。

 ぽかんとしていたハルはガーティベルを制止するのを忘れていた。

 こういう時のガーティベルは、



『S-175ZW1、その発電ユニットをどこで拾ってきたんだ?』



 何気ない一言というのは、時として最悪な一言になる。

 甲斐甲斐しく彼女を助け出していた整備兵たちはその一言で、彼女を突き飛ばして距離を取った。

 担架を運んできていた工廠の軍属は溜息を吐きながら、露骨に面倒くさそうに担架を戻した。


 逆に、サイモン准尉はサバイバルライフルを下ろしている。

 コードLはハッとしてプレデターを待機状態に戻して、サイモン准尉の影に隠れた。

 同情的な反応を見せたのは准尉とコードLだけだった。


 ブンカー内にいる人間のほとんどは、彼女とシミュラクラを侮蔑の視線で見ていた。

 それはそうだ、とハルは思い、ドライバーに同情したくなる。

 発電ユニットは半サイボーグ化された人間には違いないが、基本的に本体には対電子処理が行われていないセキュリティの大穴。


 おまけに、ユニットは純粋な人間ではない。

 人工的に量産され外科的処理によって改造され、薬物処理によって見た目は老化しない。 

 基幹技術は人類連合の盟主、地球連邦によってもたらされたものだ。

 得体の知れない人造生命体、それが一般認識なのだ。



『―――SS-42、彼女は戦時特例により軍の管理下にある。彼女、ソニアK51は私の装備品である。不要な偏見によるいかなる不当な暴力行為にも、また差別視にも、私は武力と言論を持って抗議する用意がある』



 もう動けないと思われていたシミュラクラが、異音を吐き出しながら片手で這い進む。

 ウィルスにでも感染したか、それともエラーでも吐き出したのかと整備兵たちが喚いている。

 シミュラクラはそうして、ズルズルと身体を引きずり、オイルと部品の帯を床に描く。


 彼女、ソニアK51を守るようにしてシミュラクラ、S-175ZW1はセンサーを巡らせる。

 巡らせると言っても、正常に機能しているセンサーが片手の指ほど残っていれば上等だろう。

 電源が確保され正常に動作し、正常な結果を算出し正常な映像を記録できるセンサーはないはずだ。



『なるほど、把握した。S-175ZW1、我々は君の自由意志を尊重する。それは必要な行動だと軍事法廷にて自信をもって証言できるね?』


『規律と人道に基いて私はその問いにイエスと答える』


『であるならば、SS-42ヴェパール搭載制御AI、ガーティベルはその判断を是とする』


『感謝する』



 低い静かな声で言うのは、シミュラクラのAIだろうか。

 ハルは自分と同じく物品として管理されるドライバーの姿を見ながら、それを哀れに思う。

 自分は戦争のためにデザインされたけれど、彼女は違うのだ。


 彼女は、外界に出るために作られたわけではない。

 電気信号の夢世界を見ながらゆっくりと生き、ゆっくりと死ぬために生まれてきた。

 夢の中で彼女はきっと人間として普通に生きてきたのだろう。


 けれど、それがすべて崩れ去り、今、現実が襲い掛かってきている。

 彼女は人間ではなく発電用タービンの部品のような存在で、それ以外の価値も権利はない。 

 故に彼女に人権はなく、人間として扱われず、項の生々しいジャックはその証となる。


 身体に埋め込まれた人工物は外科的手術では取り外せない。

 薬物処理によって見た目は老化しない。

 だからこそ、彼女はその命が尽きるまで、ユニットとしての一生を送ることになる。



『我々としては正規、非正規の区別なく兵力として取り込むのが最善だと判断する。我々、ガーティベルは共和国軍の軍需品を効率的に運用すべきだ、と提案する』



 ガーティベルの淡々とした理知的で紳士のような口振る舞いに、ハルは自分を取り戻す。

 自分は今、あの娘の苦労と自分の苦労を重ねてみていた。

 そんなことは無意味ではないが、無駄だ。



「ガーティベル、とにかくあの娘をヴェパールへ。シミュラクラはAIだけ取り出して、予備の機体にでも搭載しておいて」


『アイアイ・マム。―――傾注せよ、以下は命令である。整備兵たちは持ち場へ戻り、大破した友軍機を移動させよ。軍属は指示された業務を再開。各員、野次馬をやめて持ち場に戻れ』



 とてとて、と元気なく走りながら、ハルは震える自分の手を押さえつける。

 わざと大きな声で面倒と手間をかけてくれたと言う整備兵たちを横目に、ハルは命からがら逃げ込んできた彼女の前に立つ。

 ソニアK51は、なにもかも勝手に過ぎ去ってしまえ、といいたげな、諦めきった表情で笑っていた。


 ハルは自分がすべきことがわかっている。

 だから、ハルは優しい言葉をかけることも、抱きしめることも、頭を撫でてやることもしない。

 戦争のためにデザインされたハルは、そうしてやる権利がない。



「私は共和国海軍少佐、ヴェパール艦長、ハルといいます。救難信号に答えて下さりありがとうございます」


「………ああ、うん。僕の名前、ソニア、っていうらしいよ」


「ええ、存じております。ソニアK51と、S-175ZW1がさきほど」


「まあ、うん。よく、分かんないんだけどさ」



 うつむきながら大きく息を吸い込んで、ソニアは震える声で、搾り出すように言う。



「人間じゃないんだってさ、僕は」



 ソニアの瞳は、こう言っていた。

 君も僕が、モノに見える、のかな? と。

 姿かたちの話ならば、ソニアは間違いなく、見間違いようもなく、人間だった。

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