第7話「老兵は去らず ―Good afternoon Fu××××× Empire―」

 ブンカー内に逃げ込んできた陸軍部隊の生き残りの一人、搭乗時間歴代トップの老骨ことマルコム・フレミング大尉は渋染めのシミュラクラでブンカーの入り口で警戒任務に当たっていた。

 中肉中背。禿げ上がった頭に帽子を被り、白い口ひげを生やした五十歳半ばの老骨は、狭苦しいドライバーシートに身体を預け、しきりに溜息を吐きながらも仕事をこなしてる。

 武装は一般的な四十ミリ機関砲に一二〇ミリ迫撃砲をマウントし、肩上部に一〇七ミリ迫撃砲弾を使用するアクティブ防護システムを追加装備しており、稼働時間延長と継続戦闘時間延長のため、追加の燃料パックと予備弾薬パックを後部ラックに括りつけている。


 マルコムはヴェパールから友軍反応が一つ、敵占領地域の向こう側におり、すさまじい速度で接近中と連絡を受けていた。

 すさまじい速度がどれくらいかと問い合わせれば、おおよそプロペラ機と同じくらいだといわれ、時速表記でどれくらいだと問い合わせれば、もう視認したほうが早いと言われた。


 HMDに投影されている映像に、マルコムは驚いた。

 孫娘が帝国貴族に嫁いでいったときもそれは腰が抜けるほど驚いたし、五十歳の誕生日に突き出した退役願いが却下されたときも年下の上官に「はぁ?」と思わず言ってしまったほどに驚いたが、今度はそんじゃそこらの驚きとは別の驚きがかっ飛んできていた。


 一本足のジャンクが超低空で、砲弾のように飛んできている。


 思わずマルコムは装備しているすべての火器をジャンクにぶっ放してやろうと思い、実際にすべての火器管制装置を連動させて前面に投射するためのプロセスを完了させ、トリガーに指をかけたが、やめた。


 あれはまあ、一応、味方のはずだ。うん。


 その昔、熱狂的社会主義者たちの武装勢力が多用した戦法が、作業用シミュラクラにありったけの爆薬を括りつけ、固体ロケットで一時のスーパーマンごっこを楽しんだのちに、社会主義と革命に興味のない資本主義の豚どももろとも自爆するという、それはもう頭のイカれた戦法だったため、マルコムは一瞬それかと勘違いしたのである。

 古参のマルコムがそこまでの反応をするのも仕方ないことだった。

 実際、たった一機のシミュラクラと呼ぶにはいささか壊れすぎている一本足のジャンクが、とりあえずありったけの推力を放出しながら地面すれすれでなんとかすり身にならずにすんでいる。

 文章を読めば分かるだろうが、はっきりいってこんなものがそんな状態で戦場をかっとんでいるなど、頭の中の常識が認識を拒絶する。


 そして意外なことに、ある意味では必然的に、ジャンクはブンカーに入場した。


 どれだけ低く見積もっても時速三百キロという速度はどうやっても相殺できるわけもなく、渾身の逆噴射も破損したスラスターが多いせいかほとんど意味をなさず、一本足のジャンクはそのままブンカー内の床をものすごい勢いで削りながら、火花といろんな部品をあっちこっちに巻き面しながら滑っていった。


 まるで映画でも見てるようだとマルコムは思い、ブンカーの奥から間違いなくなにかが致命的なまでにぶっ壊れてしまった音がしたのを聞いて、頭を抱えた。

 あのシミュラクラは、あれ以上どこをどうやったらぶっ壊れるのか、むしろ聞いてやりたいほどの壊れようだったのだ。


 しかし、搭乗時間歴代トップの老骨のマルコムでさえ、あのシミュラクラの機動はと顔を顰める。


 自分の知っているシミュラクラではないという直感がマルコムにはあった。

 自分の知っているシミュラクラはどんな型番でも、どんな仕様でも、あのシミュラクラのようには動けまい。

 万一、動くことが出来るとしても、それはシミュレータの中の話であって、実際にあそこまで大破した機体で高速移動をやってのけるなど、正気とは思えなかった。



「……まさかあれが噂の特殊作戦仕様、ってやつなのかね」



 共和国最精鋭である第三〇三シミュラクラ大隊や第五二連隊戦闘団などが保有するシミュラクラには、ドライバーとマッチした柔軟な思考プロセスの特殊な人工知能が搭載されているというのが、軍内部での通説だ。

 軍内部での演習大会で第三〇三と第五二が圧倒的な強さを持つのは、そのためだという。

 マルコムはむしろこの噂を否定する側にいた。


 なにせ、長くシミュラクラに搭乗しているマルコムからすれば、戦いというのはスタンドアロンの存在の強さによって決定するものではないからだ。

 だからそれは、彼らの作戦が緻密であり、決して機材のお陰なのだとは思っていなかった。


 ―――つい先程までは。


 となればあれは人工知能とドライバーの力量がどちらも規格外で、シミュラクラという兵器を自分が知っている以上の化け物に仕上げたということだろうか。


 そうであるなら、そこまでの強さを叩き出すために、


 しかし、そうした思考も正気を取り戻した帝国軍による猛烈な砲撃によって中断せざるをえなかった。

 帝国軍の攻撃はそれまでのものよりも苛烈で、しかも狙いはまったくもって適当で八つ当たり気味であった。

 マルコムはそうする気にはなれなかったが、集音マイクをうまく調節すれば、帝国軍人の罵詈雑言が聞こえてきそうな、怒りのこもった猛攻撃だった。



「やれやれ……老いぼれにいったいなにを期待してくれているのやら」



 壁を背にしながらマルコムは呟き、僅かな射撃の合間を縫って四十ミリ機関砲と一二〇ミリ迫撃砲弾を敵陣地にぶちこむ。

 攻撃に夢中だったのか、一機のシミュラクラが全弾直撃の憂い目にあい、そのまま後ろに倒れ、八つ当たりの応射はさらに勢いを増した。



「ほほほ、景気よくぶっぱなしてきやがるな」



 にやにやと皺だらけの顔に笑みを浮かべながら、マルコムは戦闘糧食のクラッカーを口に含み、水筒の口をあけて中身を喉へ流し込む。

 適度にリラックスしながら、長引く戦闘を戦い続けることができるのは、マルコムでなければできないことだった。

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