第6話「可能であるなら、それをやっちまう ―Yes,If it can happen, it will happen.―」

僕は無神論者ではないし、かといって特定の神を信じているわけではない。


 けれども、そんな僕だってさすがにヒト型兵器が控えめに言ってプロペラ機みたいな速度でビル郡を突っ走るような、非現実的でくそったれにイカれた発想が実現できてしまうこの世界を作った最高神だか創造神だか、あるいは偉大なナニカとかを呪い殺したくなった。

 全身をドライバーシートに縛り付けられ、ゲロの滝でも眺めているように窓やら窓がモニターを流れていくさまは形容するとするのなら乗員の死すら恐れぬ蛮勇ジェットコースターだろうか。

 文字通りジェットでかっとんでいるのがまったく笑えない。



『近隣に脅威目標を認めず。このまま突貫するぞ』


「おげぇ、おぐぅっ……」


『もう少しの辛抱だ。頑張れ』



 まるで少女リョナ趣味の変態野郎が好んで聞きそうな声で呻きながら、僕は撹拌されていく。

 彼が元気付けるようにあれこれと声がけしてくれているが、それだってサド趣味のおじさんの声に聞こえてきた。

 やけに低くてダンディないい声で正直に言えば惚れてしまいそうになったし、下半身あたりがうずうずしたりしたけれども、やっぱり苦しいもんは苦しい。

 加速度計が壊れた時計みたいにあっちこっちに行ったり来たりするのを見ていると、何度自分が失神しているのかを数えたり、セント・パウエル海軍工廠まであと何ブロック移動しなければならないのかとか、そんなことが全部バカバカしくなってしまう。



 彼は脅威目標のデータを僕の頭に映し出していたし、僕はそれを見ていた。

 たとえば、スピード狂のイカレポンチの中世趣味が乗っているとしか思えないような巨大剣を主武装とし、あちこちにブースターを増設しまくった白銀のパーソナルカラーを持つシミュラクラとか、三十ミリ機関砲を積むためだけに特化させた射撃戦機体だとか、動く砲台みたいな前面装甲マシマシ火力マシマシの頭のおかしいガチガチマッチョマンとかである。


 最大火力単位がスマートライフル一丁だった僕に、これはきつい。

 歩兵という最小単位に適応した頭が、身長七メートルの巨人が扱う桁違いのサイズの機関砲や低圧砲、さらにはロケットランチャーや無反動砲、果ては剣にナイフといった武器が、どれほど危険でやばい代物なのかが正常に判定できない。というか、しようとすればするほど、自分の頭の中の一部がそれに反発して答えを歪めていく。


 当然といえば当然だ。

 僕は歩兵だ。歩兵だった。

 戦車兵でもなければ、ヘリパイロットでもないし、ましてやシミュラクラの正規ドライバーでもない。


 もちろん、シミュラクラのドライバー経験だってない。

 ベーシックでスタンダードな共和国陸軍SIM2L基本マニュアルをインストールしただけの、バニラの状態の未経験者だ。


 だからなのか、彼は戦闘を避けながら全速力で市街地をかっとんでいく。

 もう地獄だった。

 ジャックから脳を意図的に騙すシグナルが僕に流し込まれているものの、それでも気分は最悪という下限を突き破ってなおも降下しつづけている。

 このファニーバニーとかいうシグナルがなかったらどうなっていたのかなど、絶対に想像したくない。



『セント・パウエル海軍工廠は五七パーセントが敵占領下にある。友軍支配領域にはかなり強引な方法で突入せざるをえない。衝撃に備えろ、ソニアK51』


「うげぇっ……も、もう、好きにして……っ」


『分かった。耐えろ』



 暗転から回復した視界に、スマートグラスに表示された情報が映る。

 第一、第二ドックが赤く塗りつぶされ、そこには少なくとも大隊規模の敵がいるらしい。

 で、そのドックの向こう側に青で塗りつぶされた四角形の空間があり、ここにはエアクッション揚陸艇が数隻と友軍が多くても中隊規模いるらしい。

 そして、僕らは今から敵のまっただなかを突っ切って、真正面から友軍陣地に突っ込むらしい。



「ああ、もう……どうにでもなれ」


『オーケイ』



 ヤケクソ気味の言葉に彼が応じる。  

 視界が暗転。ブラックアウト。Gロック。

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