第5話「ガラガラ蛇は諦めない ―DONT TREAD ON ME!!―」
一方、ブンカーに篭城する共和国軍は、帝国軍の思った以上に酷い有様になっている。
ブンカーの中には帝国軍による首都陥落を想定した海軍軍事計画「プロジェクト09」に従って、セント・パウエル海軍工廠のブンカーに派遣されてきた大型エアクッション艇総計四隻が横並びになっていた。
海軍軍事計画「プロジェクト09」通りなら任務部隊一七八九の大型エアクッション艇総計四隻は詰め込めるだけの一般市民と兵士を詰め込んで離脱するのだが、ブンカー内には一般市民の姿などどこにもなく、変わりに全身傷だらけのシミュラクラが六機と、逃げ遅れた工廠の作業員が慌しく荷造りをしているだけである。
そんな中、一際ミニマムなシルエットがとてとてと走っていた。
白磁のような肌はまるで人形のようで、絹のようになめらかに滑る銀髪は作りもののようで、顔立ちは幼い。
ぷっくりとした桜色の唇に金属光沢のある銀色の瞳はその幼さに不釣合いな剣呑な雰囲気を醸し出していて、それが彼女のミニマムな姿を一つの形にしている。
彼女はハルといった。苗字は九〇〇〇ではない。
身長はおおよそ一一〇センチほどの十一歳であり、軍事部門における専門性を突き詰めて作られたデザイナーチャイルドである。
幼年ながらエリートで、四隻の大型エアクッション艇の中でもっとも大型のSS-42『ヴェパール』の艦長でもあるのだ。
そんな彼女の頭の中には、彼女を作り出した男の言葉が繰り返し響いていた。
―――もし君が絶望的な状況にあり、その頭脳をもってしても解決策を見出せないときは、シャクルトンに祈るがいい。
今がその時なのだろうかと彼女は足早にSS-42「ヴェパール」のタラップを昇り、艦橋を目指しながら思っている。
シャクルトン―――、前時代の地球における冒険家。
南極圏で船を失い遭難し、政府から捜索や救出が行われなかったにもかかわらず、二十八人の乗員全員を帰還させたことで有名な男の名前だ。
今がそのシャクルトンに祈るべき時なのかもしれない、と彼女は艦橋のドアを蹴り開け、小さな体には大きすぎる艦長椅子に座り込む。
『ハル、燃料弾薬の積み込みは終了した。全システムオールグリーン。いつでも作戦行動を開始できる』
「ありがとガーティベル。でも今はそれどころじゃないの。あなた、袋小路に追い込まれたゴミがいかにして悪の無人室内掃除機から逃げ出せるか考えたことはある?」
『正義の塵芥が一致団結して悪の無人室内掃除機を熱狂的自己犠牲攻撃によって、動作不能にすることならできそうだ』
「それってカミカゼっていうのよ」
『では大手を振ってバンザイと叫びましょう。気分も出るでしょう』
ぐっぐっぐ、と独特な笑い声を響かせるガーティベルに実体はない。
彼はSS-42「ヴェパール」制御AIであって、ハルの友人だ。
ハルの手によってオーバーライドされているため、感情豊かでデヴィッド・ボウイのフリークである。
「叫びながら突撃して勝てるなら、わたしは試験管の中で生まれることなんてなかったのにね」
『そうですね。でもハルのように素敵な方がいなければ、ちょっと動作が怪しい機械を殴りつけて解決するような野蛮人と、我々のような人工知能が共存していることもなかったと思いますが』
「わたしだって野蛮人の端くれなのよ」
『種族からは逃れられませんから。まあ、その片棒を担がせてもらっている我々はその野蛮な行為を楽しんでおります。―――で、次はどうされますか?』
「シャクルトンにでも祈るわよ」
『ならば我々はエンデュランス号に祈りますか』
「ガーティベルの自由意志を尊重するわ」
『それはどうも』
制帽を指でくるくると回しながら気だるげな様子のハルは、艦橋の外を見た。
傷だらけのシミュラクラは全機が陸軍の敗走部隊の生き残りだ。
そのため機体の装備品や塗装まですべてがバラバラで、所属部隊すらほとんど統一性がない。
国境地帯からここまで逃げてきた奇跡の男、首都防衛大隊の問題児、教導隊の冷や飯食らい、概念実証のために作られた実験個体、偵察部隊のスピード狂、搭乗時間歴代トップの老骨―――。
いったいどれだけ厳選すればここまで濃い人材が揃うのだろう。
だが能力はともかくとして、人格や性格やら、別個の方面で問題のある面々ばかりだ。
それでも、その戦闘能力は六機で帝国軍のシミュラクラ大隊を退けるほどである。
練度、士気は問題ないのはハルにも分かっている。
武器、弾薬、数、状況、その他もろもろが問題なのだ。ぶっちゃけ問題が多すぎる。
降伏できるのなら降伏したい。
でも、―――怖い。
発電ユニットはもちろん、軍所属のデザイナーチャイルドは備品扱いされる。
もちろん、発電ユニットよりも待遇は良いし、表面的には人間と大差ない扱いだ。
けれど書類上、ハルはガーティベルと同じく、物品として扱われている。
そんな彼女が帝国に降伏したとして、どんな運命が待っているだろうか。
考えたくもない。それに降伏したところでハル以外の人間が戦時法で丁重に扱われる可能性は高くないのだ。
帝国は人間が宇宙まで食指を伸ばした時代においてなお、ありえないほど旧態然とした階級主義と差別観のある国であって、たちの悪いことにそれなり以上の軍事力を持っている。
神に祈る代わりに、アーネスト・シャクルトンへ祈り、ハルは決心した。
わたしたちはなんとしてでもここから脱出する必要がある。敵陣真っ只中のここから。
とりあえずは、いまだ占領されていない共和国勢力圏へ。
「ガーティベル、さっき発信した救難信号に対して返答はあった?」
『ありません。ですが至近の友軍信号らしき反応が移動しているのは確認しています』
「そう、辿り着いてくれればいいのだけれど……」
『それとニール・サイモン准尉から弾薬補給要請が出ています。一端サイモン准尉を下げて補給と休憩をさせるつもりですが、よろしいですか?』
「許可します。―――ハンガーはプレデターの隣でいいでしょう。彼女は彼の近くに置いておくのが一番安定するでしょうから」
『アイアイ・マム』
ガーティベルが押し黙ると、ハルは制帽を被り直して艦長席から降りる。
艦橋は狭い。エアクッション艇の中で大型とはいえ、その船体のほとんどはエアクッションに関する機構やエンジン、兵員や兵器を積載するスペースとなっていて、その他に関しては対艦コルベットほど充実しているわけではない。
そのため艦橋も小振りなものとなっている。ハルは踏み台に昇ってそこから外を見回した。
ガーティベルがすぐに命令を下したのか、ブンカーの壁側から一機のシミュラクラが戻ってくる。
一〇五ミリライフル砲を装備した狙撃仕様のシミュラクラで、教導隊の冷や飯食らい、ニール・サイモン准尉の機体だ。
彼の機体はそのまま仮設ハンガーに歩いて行き、特異な形状のシミュラクラの隣のハンガーに収まる。
特異な形状のシミュラクラ、というのは、識別コード・プレデターのことだ。
恐竜のような尻尾に逆間接型の脚部、戦場には不釣合いな鮮烈な紅を貴重とした塗装。
左腕には百二十ミリ戦車砲弾のHEAT弾頭を流用したパイルバンカー、右腕には自動擲弾銃が装備されている。
概念実証のために作られた実験個体、コードLの専用機体だ。
共和国軍情報部が帝国軍から奪取した兵器情報を、シミュラクラの対応規格に改めて設計された実験機。
実証試験の結果は良好で機動性が特に評価されたが、それ以外にさしたる経過もなく半ば破棄されていた機体。
「……わたしたちはあんなものまで使わなきゃならないのね。あんなものは、人間の乗るようなものではないのに」
『プレデター計画はそのために破棄されました。中途半端な模倣の結果は、いつも歪な形態をもったものの練成と決まっています』
そもそも、シミュラクラは人間が人間としての動作を兵器に転用できることが一つのメリットだ。
それを自分から投げ捨てるような非人間型の兵器など、まともに扱えるわけがない。
いきなり自分の足が逆間接になり、立派な尻尾が生え、どことなく白亜紀を連想させる体系になるという疑似体験をプレデターは強要する。
それに加えて膨大な視覚情報と火器管制とくれば、並みのテストパイロットですら根をあげたというのにも頷ける。
結果、プレデター計画にはLというコードのついた元発電ユニットが積み込まれている。
彼女は教導隊で実働データ収集という名目の下、ニール・サイモン准尉とずっと一緒だった。少なくとも、ここ二年間は。
「で、それよりもガーティベル、他の艦長たちはなにか追加で意見、あるいは提案をしてきたの?」
『いいえ、ハル。実際問題として現在の状況下では、なにをすることもできないでしょう』
「けれどこのままじゃ―――」
『このブンカーより外に出るのは賢明とは言えません。今の所はね。たしかに、時間は有限です。とくにこの状況下ではまさに金といっても過言ではないでしょう。しかし、我々ヴェパールを含めたエアクッション艇は、揚陸支援用にロケットランチャーや火砲を装備していますが、至近距離で撃たれまくるような設計にはなっていません。そもそもそのような条件下で使うような兵器ではありません。自殺はごめんですよ、来世に巡れなくなる。他に選択肢が本当にないとなったら、そうせざるをえませんが』
「……今は、待つしかないのね」
ぽふり、と艦長席に座り込んで溜息を吐いたハルは、ふと顔を上げて言った。
「ガーティベル、ところであなたは何教徒なの?」
『ベーコン合同教会の信徒です。ベーコンを讃えましょう』
「………バッカじゃないの。あなたの口とつく部位すべてに油でぎっとぎとの人工ベーコンを突っ込んで隙間にラードを塗り込んであげましょうか」
『悪意ある弾圧に我々は屈しませんよハル。法の下で偏見に抗議します』
「やれるものならやってみなさいよ」
『議会と裁判所さえ機能していればいくらだって』
人間に近すぎる人工知能も考えものね、と思いながら、ハルはガーティベルのカメラアイ目掛けてポケットの中に入っていたキャンディーを思いっきり投げつけた。
ともかく、今はシャクルトンに祈る以外にすることがないのだから。
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