第4.5話「ああ、クソ! ―Oh shit!―」

 ニルドリッヒ共和国セント・パウエル海軍工廠の敷地内のおおよそ半分は、占領されていた。

 今は未完成のまま船体が放置されている、対艦コルベットのある第二ドックが帝国の最前拠点となっている。

 その隣にはドックに似た四角い形をした建造物があり、目下そこが共和国軍最後の拠点となっていた。


 見た目がドックに似ていても、細部はかなり違う。

 全面が鉄筋コンクリートの灰色でのっぺりと覆われ、内部へ通じる扉という扉は対爆構造になっており、対核対生物対科学兵器防護措置が施されている。

 帝国軍はこの戦術拠点「ブンカー(仮称)」を攻略する為に、たっぷりと三時間費やしていた。


 まず初めにシミュラクラ部隊が前面に展開して攻撃を行ったが、ブンカーを遮蔽にした敵シミュラクラからの迎撃によって突撃は頓挫。

 とくに内部に逃げ込んでいる陸軍の狙撃仕様機体から放たれる一〇五ミリ砲弾の威力はすさまじく、運悪く縦に並んでいたシミュラクラ三機が一発の砲弾で射抜かれるという珍事が発生していた。

 まるで射的のようだと感心していた歩兵が、後ろから高血圧気味の上官に尻を蹴っ飛ばされるくらいに見事な射撃である。




 続いて、施設を回りに回って戦闘工兵大隊がブンカーへの突入を図った。


 二個中隊が別個のルートでブンカーへと忍び寄るこの作戦は、奪取し掌握したはずの施設の自己防衛機能が敵味方識別無効の全自動迎撃ハルマゲドンモードに切り替わり、あちこちで工兵たちが銃撃を受けたり隔壁を閉鎖され二酸化炭素消火装置を起動させられたり、上層階の下水システムからバイパスしやがった汚水を頭から浴びせかけられたり、食堂が可燃性ガスで満たされて部屋丸ごとが爆弾と化して工兵たちの目の前で炸裂したり、センスもクソもないようなリコーダー奏者が吹いただろう古典映画『タイタニック』のテーマが大音量で延々とリピート鳴り響いたり、その他、血も涙もない拷問のようなねちっこい物理&精神攻撃が行われ、中隊は小隊規模にまで削り取られた。


 生き残った正体の面々は悲惨なありさまであった。

 血も涙もないであろう共和国のフィクサーが仕込んだねちっこいトラップにより、彼らは二度と軍の格安食堂に入ることも映画『タイタニック』を見ることもできない身体になっていた。

 頭から汚物を被った軍曹などは軍曹であるにもかかわらず、まるで新兵のように扱われていて、あっち行け帰れ臭いから近寄るな、という慈悲のない言葉を至近距離でびしばし受け少し涙目になっているほどであった。


 さあ、いざブンカーへ突入といっても、あらゆる経路が彼らの侵入を阻み、世界中のクソガキが夢に見るようなトラップが絶妙なタイミングで炸裂し、ある者は時速一六〇キロで飛来したパイを顔面に喰らって昏倒し、ある者は頭を炎で炙られて禿げになり、またある者は圧縮空気が目いっぱい充填された空気砲によって扉ごと反対側の壁に吹っ飛ばされていた。

 そして勇気ある最後の一班がトイレの通気孔の中に入り込んで内部へ侵入することに成功したが、直後に通信が途絶えている。

 最後の通信で聞こえたのは、



「クソが!!」



 という月並みかつ、トイレの通気孔の中で言うにはストライクな台詞であった。

 この失敗をもって、生きるか死ぬかの瀬戸際においては、人間はトイレの通気孔の中にまで潜り込んでしまうものなのだと多くの兵士は感心し、トイレの通気孔で悲劇に見舞われたであろう工兵たちに向かって乾杯しようとしたが、直後に音もなく忍び寄ってきた高血圧気味の上官に思いっきり後頭部を引っ叩かれた。


 このような状態にあって帝国軍は一端、攻勢を停止した。

 そろそろ腹が減ってくる時間であるという事は、きっと関係ないかもしれないが、ともかく攻勢は止まった。

 次なる攻勢の立案と次なる攻勢のための準備が行われ、休める奴らは休むことにした。

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