第4話「偉大なる脱出 ―Great Escape―」

 首都攻防戦は小康状態を保ったまま、最終局面とやらに向かいつつあるらしかった。

 とにもかくにも、我々は戦力で劣っていると共和国軍の残党が悟ってから、まともな思考回路を持っている指揮官たちによってその攻撃方法はゲリラ戦へと変貌し、待ち伏せや背面攻撃などが多用され、瓦礫や残骸が共和国軍残党の味方となっていたのである。

 だが、哀れなるかな、それに対抗する方法はとても簡単なのだ。


 瓦礫や残骸、建造物を完膚なきまでに破壊してしまえば、鼠と化した残党どもは無情な無機物の破片たちに押しつぶされて、圧死する。

 これは人類がスターリングラードで鼠のような戦争を繰り広げていた時代からまったく変わっていない市街戦の極意というやつだ。

 運よく圧死することがなかったとしても、近くに一二〇ミリの戦車砲弾が着弾するのは精神衛生上よろしくないだろう。

 耳もイカれるし、アドレナリンが吹き出して冷静な判断力が失われてしまう。圧力の変化で鼻水も吹き出すわ、ひょっよすると爆圧のせいで死にかねない。


 けれど、モザイク上に最前線が点在するという考えうる中では最大級にカオスな状態にある首都を一気に走破すると言うこともまた、精神衛生上よろしくないのは事実だ。

 S-175ZW1のドライバーシートに背中を預け、共和国陸軍SIM2L基本マニュアルを項あたりにあるジャックからインストールし、戦況と戦術マニュアルを照らし合わせながら思考を続ける。

 続けていくとやはり絶望しかないというのが結論になるが、もとより絶望のただなかに放り込まれた子豚のような僕にとっては、それがどうした、というやつである。



『市街外周部は既に帝国軍が制圧している。現実的な逃走先としてあげられるのは、次の目標地点のみだ』



 破損したメインモニターの変わりに、僕のかけていたスマートグラスに次々と文字の羅列が浮かび上がる。

 第一候補、南部郊外地域にあるフェニックス砲兵基地。

 首都防衛を任務とする第501機甲連隊の駐屯地であり、基地も半ば要塞化されているため現在も抵抗を続けているだろうと推測される。

 しかしながら敵味方を問わずに展開されている高強度ジャミングによって通信が生きているか、そもそも部隊が抵抗しているのかの確認は不可能。


 フェニックス砲兵基地のデータを僕は呼び出した。

 なるほど、菱形の半地下埋没式格納庫を主体としてかなり手の込んだ基地らしい。

 配備されている戦力は主力戦車が十八両、シミュラクラ六機、装甲車多数。


 しかし、と僕は考える。

 この基地は危険だ。確認が不可能であるため敵がいるか味方がいるかの判別が出来ない。

 たしかに一番有望な拠点ではあるだろうけど、敵がいた場合に後戻りができないのだ。



「フェニックスはパスしよう」

『了解。第二候補はここだ』



 第二候補、セント・パウエル海軍工廠。

 首都から外海まで伸びるセント・パウエル川にある海軍管轄の工廠だ。ここは海軍陸戦隊が篭城しているということが分かっている。

 さらには陸軍の残党が少なからず収容されていることが確認できた。

 しかし現在、シミュラクラ二十三機を中心とした帝国軍部隊に包囲されている。

 かなり強力な電波で救援要請を飛ばしていたため、ここにはかなりの発電量を持つなにかが収容されているようだというのがS-175ZW1の見立てだが、それが脱出に使えると僕は到底思えなかった。



「第三候補は?」

『工事途中で計画が中止された地下鉄がある。崩落は確認されていない』

「うーん……」


 けれど、もし地下鉄に敵の迎撃システムなどが配置されていたらどうだろうか。

 今のS-175ZW1では二十ミリ機関砲の連射などもらっただけで、致命傷どころか即死だ。

 リアルオワタ式な状態で自分から穴倉の中に潜っていくのは人間の生存本能が拒絶する。



「……セント・パウエル海軍工廠の敵包囲網を突っ切っれる?」

『ブースターユニットと推力材をすべて使い切れば可能だ。が、一〇〇パーセントの保障はできない』

「確立なんてくそくらえ、でしょう?」

『その通り。確立はあくまで目安でしかない。操縦は私が行おう。君用に調整している時間がない』

「わかった。死なない程度にやっちゃっていいよ」

『了解。姿勢をロックする。舌を噛むな』



 はい? と僕の頭にクエスチョンマーク。

 それと同時にドライバーシートの各部ががっしりと僕の身体をくわえ込む。

 ああ、これが耐G機能ってやつなんだな、と感心していると、視界が暗転する。

 視界が霞む寸前にちらっと見えた加速度計には、―――十二Gとかいう数字がタップダンスを踊って二重になってぐるぐると回っていた。


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