第3話『繋がれた女―Re-Boot―』④

 なにか声をかけようとして、僕は完全に失敗した。

 コミュ障気味の引き篭もり少年が中身なのだから、しかたがないだろう。

 必然的に、音として喉から飛び出たのは、声帯になにかひっかけたようなそんな音。



「えっ……」



 じゃあ、さっきの戦いはこのS-175ZW1が単独でやったことなのか。

 操縦手の意思ではなく、搭載されている人工知能が自らの判断で。

 僕は驚いてそれ以上、なにかを声にすることも、音にすることも出来なかった。

 彼は平坦な声音で喋り続けた。



『ジーン・ワッツ中尉はサクラヒルの戦いにおいて作戦行動中死亡K.I.Aした』



 悲しいような、それでいて無機質にも聞こえる低い声に僕はゆっくりと頷いた。



『感謝する。ソニアK51』



 片足の巨人はそうして地面に膝を付き、コクピットを解放する。

 僕はによじ登って眠っているように死んでいる操縦手を引きずり出した。

 ひたすら無心に努めて僕はの協力を得ながら、ジーン・ワッツをセント・ピーターズバーグ、イゴーリ通りの傍らの大地に埋める。

 折りたたみ式のスコップが標準装備されているのは、とてもありがたかった。


 僕は担いでいたスマートライフルから弾丸を抜き取ってワッツを埋めたところに突き刺し、路上に転がっていた血まみれの共和国陸軍のスマートヘルムをその上に被せた。

 マガジンを適当に放り投げ、僕はホルスターから四五口径拳銃を抜いて初弾を装填する。

 僕が長く息を吐き出すと、彼は祈るような声で言った。



『―――いかなる土地であろうと我らは止まらない。お前の魂に鋼鉄義足アイアンレッグの加護あらんことを』



 僕は拳銃を空へ向けトリガーを引く。

 パン、パン、パン。

 故人を弔う銃声が三発。

 

 人間が銃と付き合うようになってからの伝統だ。

 戦死者にはライフル、靴一組、ヘルメットを、そいつが兵士であるために手向けてやる。

 三つの銃声は戦友を弔う為に、そして別れの口上はそいつの魂の健在を祈る為にある。

 

 シミュラクラは、二本足でいかなる不正地であろうと局地であろうと進撃する歩兵だ。

 沼地で足が沈むのならそのための装備を履き、雪で動作が鈍るなら寒冷地装備を着込む。

 それ故に口上は、自ずと決まりきったものになる。



 ―――いかなる土地であろうと我らは止まらない

    お前の魂に鋼鉄義足アイアンレッグ)の加護あらんことを



 僕はに駆け寄りながらその意味を頭の中で反芻する。

 シミュラクラは歩みを止めない。その鋼鉄の足がある限り、進み続ける。

 機動性によって敵を撹乱し、混乱させ、優位な位置から敵を殲滅する為に足がある。


 なら僕は、生身の足を持つ僕はどうなのだろうかと、拳銃を片手に僕は思った。

 ジーン・ワッツの顔はほとんどが吹き飛んでいてその死に顔なんて見れたものじゃない。

 でも、それでも彼は、歩み続けたのだ。その生命が停止するその瞬間まで。

 だから―――、だからこそ、もまだ歩みを止めようとしないのだろうか?



『心から感謝する。ソニアK51。戦時においてこのような丁重な埋葬は望むべくもないが、君はそれを果てしてくれた。ジーン・ワッツも君に感謝していることだろう』

「なあ、識別番号S-175ZW1。頼みが……、一つだけ、頼みがあるんだ」

『返答はその内容による』



 無機質にも聞こえる声に唾を飲み込み、自分なりに覚悟を決めて僕は言った。



「僕が、君のドライバーになることは、できないかな?」

『―――否定も肯定もしかねる。君が寿命をまっとうしたいのであれば、すべきではない。だが、君が最後まで我々と戦うと誓うのであれば、私はそれを拒否する権限を持たない。君がそれを了承するのであれば、私は君を戦時特例でドライバーとして認めることができる。そうした場合、君の所有権は軍に帰属することとなり、軍がこれを管理運用する。もはや我々の国は亡国だが……』

「そ―――」

『それでもというのなら、私はそれを歓迎する。ソニアK51』



 膝をつき、僕に手を伸ばすを見つめる。

 彼の目は片目しか機能していない。保護用のバイザーも割れている。

 左腕部は欠落し、結合部からは筋肉の筋のように太いパイプやコードが垂れ下がっていた。

 装甲も所どころが壊れ、被弾した後は幾百とあった。


 それでも、僕はが、気高く生きる騎士に見えた。

 だから僕はこの出会いを祝福し、こう願わざるをえなかった。

 主君を失ってもなお国に忠義を尽くそうと戦うが、人工知能に過ぎないとしても。

 今までずっと発電所の中で人間の夢を見続けていた僕が、ただの小娘にすぎないとしても。

 この決断を、他でもない僕自身が悔いることなどありませんように、と。


 僕は、そうやってブーツを履き直した。

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