第2話『流れよ我が血潮、と彼は言った』①

 電池人間の彼女が死の淵に立つ竦んでいた時―――。


 彼は死に体を引き摺るようにして逃げていた。

 逃げろと命令されたならば、軍人として逃げ続けなければならない。

 彼は命じられた。逃げろ、そして復讐せよ、報復せよと。


 ならばそれに答える。それが彼の意思であって、隊長の遺志なのだから。

 メイン推力を担うブースターが停止し、次々にエラーを吐き出す。

 システムをオーバーライドさせて無理矢理動かしてはみるが、次はオーバーヒート警報だ。


 彼は苛立ちながらも冷却回路をバイパスして強制冷却を試みるが、温度は下がらない。

 このままではブースター系が温度に耐え切れず溶解し、熱暴走によってシステムが深刻な損傷を蒙るだろう。

 そうなっては逃げるどころの話ではなく、彼と言う個体の保管すら危うい。


 しかたなく、彼は左手にぶら下げていた五十七ミリ低圧砲をパージする。

 ただでさえ損傷、損壊のオンパレードで軽くなっている機体だが、五十七ミリ低圧砲は機体に負荷をかけすぎる。

 低圧低初速とはいえ五十七ミリという口径は発砲時の反動はすさまじく、その反動をスーツバランサーがまともに機能していない状態で受け止められると、彼は思えなかった。


 それにこれは冷静に計算した結果でもある。

 これはもう単なる重りだ。

 彼はそう判断した。


 重りと言えば、もう一つ意味のないものがあった。

 けれども、彼はそれを手放す気など微塵もなかった。

 はないかもしれないが、はあるのだと。


 次に彼はスーツバランサーの再構築を試みた。

 バランサーはシミュラクラに搭載されているパワーアシスト機能の配分を制御する機能だ。

 この機能により、安定性を高めて通常挙動における転倒等を防止、または軽減している。

 だが、その機能は機体の半分以上が破損した状態においてなお稼動できるようには作られていない。



「コロイド噴射装置が健在ならば、無防備に立ち尽くすこともなかったのだが」

 


 彼は健在な複眼カメラで機体各所に追加装備していたコロイド噴射装置だったものを見る。

 今では単なるガラクタに過ぎない。万能ではないステルス迷彩システムだが、有用性は高かった。

 大気を汚染すること、特殊なセンサーで探知されること、使用回数が限られることから、取り回しがいいとはいえなかったが。


 器用に左脚だけで直立しながら、彼はシステムを再構築する。

 メイン操作系の三重冗長BBLは正常だが油圧の流体が漏れ出している。

 左脚部損壊により歩行での移動は困難だ。


 ブースターの冷却を急ぐ。

 空力的に洗練されていないシミュラクラを無理矢理飛ばしていくのだから、冷却回路を確立する必要もある。

 彼は悩み、水タンクなど近隣にないか検索してみたが、そんな便利はものはない。



「―――?」



 マップを俯瞰している時、彼は近隣に微弱な友軍反応があることに気がついた。

 しかしそれは弱々しく、たかだか歩兵が二百名程度でしかない。整備中隊ではないだろう。

 マーカーは歩兵だ。歩兵の反応が次々に消えていく。二百から百八十、百八十から百五十。


 敵の反応はない。

 ただしそれはレーダーが捉えていないからではなく、外装部品のアンテナが接続部以外吹き飛んでいるためだ。

 この反応は友軍歩兵部隊が一方的に攻撃されている事実を表している。

 この減り方は、虐殺ぎゃくさつといっていいだろう。

 


「―――なんということだ」



 彼はその地点までの距離を概算し、戦闘を含めてどれだけブースターを酷使するかを計算する。

 無論、結果はすぐに出た。

 このような状態で戦闘など不可能である。機体内部まで熱暴走で自壊しかねない。

 武装は、使用可能な武器は、対人用七.六二ミリ機関銃と三十ミリハンドキャノン。

 そして、超硬ナイフに限られている。

 

 彼は計算する。

 そして悟った。

 決断しなくてはならない。

 歩兵たちを見捨てて逃げるか、救ってやるか。

 そして後者ならば、恐らくこれが、最後の戦いになるかもしれない。

 

 彼は、計算する

 彼は、書き換えていく。

 彼は、己を変換する。

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