第2話『流れよ我が血潮、と彼は言った』②

 左腕部は欠落し、結合部からは筋肉の筋のように太いパイプやコードが垂れ下がっている。

 装甲も所どころが壊れ、被弾した後は幾百とあった。

 頭部のバイザーは破壊され、右側の多眼カメラがスクラップになっていた。

 あちこちから鮮血に似たオイルが染み出し、焼けたアスファルトを塗らしていく。


 

「―――オーバーライド」



 彼は自身の処理速度の限り尽くした。

 いつ動かなくなってもおかしくないその身を戦わせる為に、彼はあらゆる手段をもってして機体を追い込む。

 稼動音がさらに甲高くなり、悲鳴のような音へと変わる。 


 ―――冷却回路確立。代替戦闘システム作成。補助電源起動。

 ―――外部追加装備強制解除。右脚部限定制限解除。プロテクション解除。

 ―――機動感度修正。人工筋肉出力制限解除。伝達係数修正。

 ――――――再構築、完了。


 ブースターに火が灯る。

 右手にハンドキャノンを、左手にナイフを持ち、彼は再び動き出した。

 歩兵の数はもはや百を切っている。

 だがその数字がゼロになる前に、彼はやり遂げるつもりでいた。



「―――S-175ZW1、戦闘システムオンライン。戦闘を再開する」


 

 ブースターを吹かし、彼は飛ぶ。

 推力の限り低空で、ビルや家々の間を潜り抜け、建造物を蹴り付けて方向転換し、歩兵部隊のマークを目指して最短距離で突き進む。

 たったそれだけの行為にもかかわらず、機体は悲鳴をあげエラーと警告の濁流が襲ってくる。

 軟弱なシステムだと彼は一蹴し、すべてを迅速に処置しながら疾風の如く駆け抜ける。


 市街戦の恐ろしさはゲリラ戦にあると彼は知っていた。

 彼は最短距離で進撃し、敵シミュラクラ中隊全九機の死角である建物の影から飛び出し、右足でホテルの壁を蹴って直角に転回する。

 最初に敵機を捕らえた瞬間、彼は火器管制装置に生じていた歪みを即座に修正し、センサーの塊である頭部をハンドキャノンで射抜いた。

 ハンドキャノンの装弾数は二十一発だが、彼はそのすべてを、する。


 九機すべての頭部を破壊すると彼は最大推力で突貫し、至近のシミュラクラの胸部に右脚部のニースパイクを叩きつけた。

 先端の尖ったスパイクは巨大な運動エネルギーをその切っ先に受け、胸部装甲を貫通してコクピットに備え付けられている中枢ユニットを潰す。

 彼は勢いそのままに次の機体に飛び掛り、超硬ナイフを胸部インテークにねじり込んで内部の動力系統を破壊した。


 メインセンサーが破壊されてからサブに切り替えるまでのタイムラグ。

 その間に粗方、出来るならば九機すべてを撃破する。出来なくとも、撃破する。

 地面に設置すると同時に片手でハンドキャノンにマガジンを装填し、零距離でシミュラクラのコクピットを射抜き、さらにその隣のシミュラクラの胴体側面に数発、その隣の機体にも数発叩き込む。



「―――残り、四機」



 最大トルクで彼は地面を蹴り、体当たりするようにナイフを六機目に突き刺した。

 機体質量とその運動エネルギーを一身に受け、正面装甲の脆弱部を貫いたナイフがそこで折れる。

 彼はナイフを捨てすぐにシミュラクラの持っていた四十ミリ機関砲をもぎ取る

 共和国軍規格と帝国軍規格では大きな差異があったが、解析し即席で火器管制装置と連動させ、トリガーセーフを解除。振り向けざま、サブカメラに切り替わったばかりの一機にフルオートで叩き込む

 


「―――これは、粘着榴弾HESHか」



 彼は機関砲を一瞥しながら言った。

 直撃を受けて各部に重大な損傷を負った七機目はそのまま前のめりに倒れる。

 弾切れの四十ミリ機関砲を投げ捨て、彼はサブカメラで視野を取り戻したシミュラクラ二機と対峙した。



『これは、なんという、……ことだ』



 黒鋼のシミュラクラの一機が、通りに屍を晒すシミュラクラを見て呟く。

 遠隔操作形式はたしかに人命を失わないメリットがある。機材の損失にしても、もともとシミュラクラは作業用の機材から発展した経緯があり、基本的に低コストで生産する為に武装、装備、部品に至るまでが型番ごとに完全に互換性を持つようになっており、すべての勢力において普及している。


 だが、通信のラグは致命的だ。

 特に機体に発生した障害を補助に切り替える際などは、有人のそれに比べて数倍時間が掛かる。ただでさえ共和国は大陸中央部の火山地帯に比較的近く、資源地帯特有の磁場がある。



『我が、……我が栄えあるエーベルフドルフ家の黒色重装騎士隊シュヴァルツ・シュヴェーレ・リッターが、たった十数秒でこの有様だと………? いったいこれは、どうなっているのだ……?』



 困惑するように、黒鋼のシミュラクラの一機が呻く。

 彼は笑いながら、そのシミュラクラが敵の長であるということに気がついた。

 必然的に、速度差において戦闘は側が有利となる。


 もっとも、それがどのような結末を迎えたかはこのセント・ピーターズバーグの状態を見れば分かるというものだ。

 どれだけ有利であっても地平線から押し寄せる黒い鉄の暴風雨の前には小石か、あるいは枯葉同然であり、飲み込まれ侵食され、殲滅される末路が待っている。

  


『たかが風情が我が家名に泥を塗りおって……』



 二機のうちの一機、敵の長が四十ミリ機関砲の銃口を彼に向けた。

 弾薬はおそらく粘着榴弾HESHだが、構造的に装甲車や戦車よりも複雑なシミュラクラにとってその爆発の衝撃は脅威でしかない。片足一本でようやく自立しているような状態にある彼がその直撃を受ければどうなるかなど、分かりきったことだ。


 しかし、彼は諦めていない。

 この一撃さえなんとか避けることが出来れば、勝機はあると確信していた。

 一機はこちらに注意を向けているが、もう一機は残った歩兵を警戒している。

 

 残存する歩兵の反応は、二十を下回っていた。

 対人機銃がオートで射撃を継続していたため、多くの人命が片手間に殺されていたのだろう。

 彼は胸の痛みを感じながら、彼らに期待することはできないと考えた。


 考えたからこそ、彼は驚いた。

 目を剥いたという表現はこのことかと合点がいった。

 彼に銃口を突きつけていたシミュラクラに、レーザー目標指示装置の爆撃指示マークが表示されたのだ。

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