第1話『切断された女』④



「………おぃぃぃ!? さすがにそれは汚すぎるでしょう?! 今あんたの汚さったら忍者越えたよガチで!?」



 ネタなのかなんなのか、誰かが典型的なオタ口調で笑った。

 ようやく正気を取り戻したNEETどもは爆笑しながらアミール・ラダン一行が全力で両手を上げながら突っ走っていくのを嘲笑した。

 馬鹿笑いだ。


 腹を抱えてバリケードをべしばしとぶったたきながら、無様で滑稽なアミール・ラダンたちを見ては、そんな連中に自分たちは命令されていたのだという現実に馬鹿らしくなってきてさらに笑い転げる。

 なかには口笛を吹こうとして屁みたいな下品な音を鳴らす奴や、あまりにも笑いすぎて目に涙を浮かべて腹筋が痛いと語る奴、笑うことに集中したいので手に持っていた武器を手放すものなどさまざまだった。

 アミール・ラダンたち一行が轟音とともに一瞬で真っ赤なオートミールみたいになるまでは。



「びぶっ」



 四十ミリ機関砲が何度か唸りをあげると、アミール・ラダンたちはぺしゃぁっと水風船を床に叩き付けたみたいに血煙になった。

 それが固体だったんだなと思わせるかすかな残り香が、道路上に犬の糞みたいにまとまって落っこちていた。あれは糞の残りカスだろう。

 呆然とするニートたちの中から、声があがる。



「おい………マジ、かよ」



 さっきまで嫌悪と憎悪の対象だった前線指揮官の戦闘行動中死亡K.I.A.に伴い、僕らの脳に焼かれた共和国軍基本形態プロトコルの一部制限が解除される。

 とはいえ解除された項目は数少なく、この中で僕らが体感できる項目は言論統制モッドくらいなものだろう。

 これで僕らは臆病者で非国民アミール・アホタレスカポンタン・ラダンのチンカス野郎を言語的にファックしてやれるようになった。




 だからどうした、ということもある。

 僕らの目の前に立つ黒鋼の戦列は逃げてはくれない。

 死に方の選択肢が増えるようなこともない。



「ああ、くっそ。野戦反応コードがうざい」



 僕は苛立たしげに頭を叩く。

 共和国軍即製歩兵陸戦用0901マニュアルの一部でもある野戦反応コードが僕の身体を戦闘興奮状態に押しやるせいで、妙に好戦的になってしまう。

 現にアドレナリンはドバドバで共和国軍基本形態プロトコルのせいで恐怖が麻痺しているためか、倫理的な死への危機感がない。

 誰かが「突撃一番」とでも鬨の声をあげれば、僕を含めた皆はにへらにへらと笑いながら突撃しただろう。

 とりあえず僕は近場のニートどもに言った。



「で、これからどうしよう。ラダンのオカマ野郎はあそこでペースト状にミクスドされちゃってるけど……」


「だからと言って、同じようにミンチよりひでぇ状態になるつもりはないだろ」



 あきらかに見た目が極道な男が搾りだすような声で答える。

 周囲のニートどもは顔もそれぞれに極道な男の言葉に頷く。



「つっても、シュミラクラ相手はなにするにしたって部が悪いな。帝国軍制式、通常型戦列機、一式か。通常歩行でも追いつかれるぞ。ならなおさらだ」






 手に持つスマートライフルの重みをひしひしと感じながら僕は考える。

 靴履きこと、ローラースケートシューズ付のシュミラクラは全速運転中の装甲車両部隊に追随することさえできる。

 つまり時速八十キロは固い。付属的な意味ではなく物理的な意味で機械化された僕たちは徒歩であって、この鋼鉄の化け物から逃げる術を持たない。



「ならどうするってんだよ。ここで戦うにしたって、俺たちが持ってるのはせいぜいがEMP爆弾くらいだぞ」



 極道な男がバリケードに背中を預けて座り込むと、周囲のニートたちもそれにならって座り円を作る。



「ライフルにくっついてるグレネードランチャーの口径っていくらだっけ? あ、二十五ミリか。これじゃHEAT弾でもたかがしれてんな。やっぱ時代は火力至上主義ですぞ、デュフフ」


「論者乙。んで、このままだと拙者たち全滅なわけだが」


「誰かミリオタいねえかー……って、即製歩兵陸戦用0901マニュアルが焼かれてるからみんな本職とほとんど同じか。こういう場合、対戦車火器を使用して市街戦に持ち込んでゲリラ戦がベターってんだけどな」


「セラミック装甲がちがちの相手にスマートライフルで対抗するとか無理ゲー乙でしょ。やってらんねーわー」


「人の命がかかってんねんで!」


「それいうたら人が死んでんねんで!」


「申し訳ないがアミール・クソザコナメクジ・ラダンぱいせんを人間に数えるのはNG。そっち方面で神的存在の辻ーんとか牟田口に申し訳が立たない」



 真剣な顔をして変なことばかり喋っているのはやはり元々が引き篭もりニートだからか。

 ふと頭をあげて周囲を見回してみれば、他の奴らも同じようにバリケードの裏に座り込んでなにやかにやと話し合っていた。

 降伏するか、それとも戦うか、これまでやって来たみたいに逃げを切るか。

 しかし、その思案もする必要がなかったのである。

 黒鋼の戦列は宣告する。



『―――貴様達、先程の非人どものように、なにか勘違いをしているようだな? よもや発電機風情が戦士として扱われると思っているのならば、それは心得違いというものである』



 戦列は右足を上げ、下ろし、前進し、戦線を押し上げる。

 手には四十ミリ機関砲が、胴体部には対人用センサーと一体になった六.五ミリ機関銃を携えて。

 ドシンドシンと地響きをたてながら。



『馬鹿どもが。貴様ら如きに皇帝陛下がお言葉など口にするわけがないだろう』



 それは僕らに近付いてくる。

 冷や汗が僕の顎を伝い、地面に落ちた。



『我が祖国は貴様らの存在を是認せぬ。人造発電機など蛮族の所業。我らが文明の英知によってこれを滅するのみ』



 にへら、っとした笑みを口元に浮かべながら、極道な男が呟いた。



「おいおいおいおい、冗談じゃねえぞ……洒落になってねえっての」



 彼らがなにを言っているのか気付いた者は後ずさりをやめ、全力で逃げ始める。

 でも、それだって遅い。シミュラクラのセンサーは一人残らず僕らを探知している。

 僕は女の身体になれたことを感謝するつもりもなく、役立たずのスマートライフルを投げ出した。

 黒鋼の戦列は宣告する。



『貴様らは蛮族の無知により創造された。汝らに罪はない。だが―――、』



 僕は両手で自分の身体を確かめる。

 服の上から両手でその膨らみを揉んでみる。

 ふにょん、と服越しに柔らかさを感じる。


 ああ。おっぱいってこんなに柔らかかったんだなぁ、と僕は驚いた。

 他のニートたちはほとんどが壊走していたが、僕のような者たちは諦めてその場に立ち尽くしている。

 黒鋼の戦列は銃口を巡らせ、行進を止めずに告げた。



『その存在、この世にあってはならぬ』



 次の瞬間。


 僕はおっぱいを揉んでいた。


 ニートたちは逃げていた。


 極道な男は、僕を地面に押し倒した。




 そして轟音。


 閃光。


 炸裂。 


 爆風。


 ペーストとミンチ。


 頭の中で星がきらきら。




 ああ。


 くそ。


 僕は心の中で、そう吐き捨てる。




 惨めだ。


 惨め過ぎるじゃないか。


 僕たちがまるで、人間じゃないみたいだ。

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