第1話『切断された女』③
でも、それが意味のあることなのかについては考えたくなかった。
状況はどん底で、僕ら共和国勢力はほとんどが敵であるシュリーフェン帝国によって殲滅されている。
そんな状況だったからこそ、僕らは発電所から目覚めさせられ、戦力の代わりとして使われている。
腹立たしいのは僕らは人間扱いされていないことだ。
企業所有の発電所から発電機を徴発した、という扱いになっているから、そこに人間の権利だとか名誉はない。
たしかに人生で何度もニートどもにはっきりと人権などないと言われてきたが、本当に面と向かって徹頭徹尾人権をかなぐり捨てているのには呆れ果てる他なかった。
「あーぁ……せっかく女体化できたのに」
ぼそりと呟きながら、僕は溜息を吐く。
そうなのだ。僕は男だった。今ではなぜか女体なのだが。
見た目はいたって普通のショートボブの黒髪に色白の肌。
アニメの脇役によくいそうな、さりとて特徴のない女の子だ。
僕以外にもそうした性別逆転化現象に直面した発電機もいるが、この状況では女体化したところでどうしようもない。
相手は生の男ではなく遠隔操作の二脚歩行兵器で、色仕掛けをしようにも基本的人権が保障されていない僕らが敵側に保護されたところで、まともな行為が行われるはずがない。
薄い本によって精を果たしてきた僕が、ここにきて薄い本展開をリアルでされるなどというのは御免だ。
それならホルスターに入っている年代物の四五口径自動拳銃を口に突っ込んで脳みそをぶちまけてやる。
帝国のシミュラクラ部隊は基本的に遠隔操作だ。
シミュラクラすべてが遠隔操作の無人というわけではなく、有人の機体も確認されているし、それが高い戦闘能力を持つことが実証されているが、帝国はそうしない。
出来るだけ人員の損失なしで戦争に勝とうとするのが帝国だ。
彼らは自分の手が血で汚れるのよりも、画面がジャムみたいな赤い液体でどろどろになるのを好むのだろう。
くそったれのイカレたサイコ野郎どもである。
一方、首都攻防戦の大勢が決したにもかかわらず抗戦を続けている我らが共和国。
アミール・ラダン大尉率いるインペラール・フョードル大隊には、そもそも人員というものが正規軍四十名いるだけで、主力は僕ら元発電ユニット六百は人員には入っていない。
必然、戦法は決まりきったものになる。
「第一擲弾中隊、前へ! 死に方、用意!!」
アミール・ラダン大尉が声をあげると、EMP爆弾を手にした発電機たちが立ち上がる。
EMPというのは、ようするに電磁パルスのことで、EMP爆弾てのは電子機器をぶち壊して使えなくする用の爆弾だ。
彼らはEMP爆弾だけを手にして真正面、あるいは側面からシミュラクラ部隊に突貫して遠隔操作機材をEMP爆弾によって焼き切るのだ。
旧日本軍の体当たり戦法みたいなもんだ。対戦車地雷を身体に括りつけて戦車に突っ込む。
最悪なのは視界が制限されている戦車に比べて、シミュラクラは基本的に対人戦闘に秀でていて各種センサーに対人武装が充実しているということだろうか。
おまいら代表である第一擲弾NEET中隊は、にやにやと気持ち悪い笑みを浮かべてぼろぼろと泣きながら運動会に引っ張ってこられた運動不足の保護者みたいな無様さで、帝国シミュラクラ部隊に突貫していく。
戦列を敷いたシミュラクラ部隊は、第一擲弾中隊が百メートル以内に入るまでは発砲を自粛した。
第一擲弾中隊が百メートルのラインを超えた瞬間、第一擲弾中隊はイゴール通り上にぶちまけられた。
四十ミリ機関砲と対人用六.五ミリ機関銃が火を噴き、中世期染みた蛮勇で戦闘をどうにかしようと試みたアミール・ラダン大尉の愚かさのために第一擲弾中隊二百ユニットはミンチかペーストになって死んでいった。
自動制御の対人射撃というのは無駄なくそつなく、まるで内職かなにかのように彼らを粉砕した。
四十ミリ機関砲が唸りをあげれば撃ち出された砲弾が着弾し炸裂して十数名をスプラッタに変換してしまい、機関銃が火を噴けば何人もの奴らが頭と心臓を撃ち抜かれて糸の切れた人形みたいにごろんと路上に転がる。
結局、帝国シミュラクラ部隊の五十メートル圏内、それどころか八十メートル圏内にまで接近できた奴はいなかった。たった二十メートルで二百ユニットの元発電機たちが浪費されたということになる。
二十メートルで二百ユニット。単純計算で、百メートル駆け抜けるには千ユニット必要だ。単純計算でいうならばだが。
股間が生暖かい液体で酷いことになっているのを自覚しながら、僕は本当の死に直面しているにも関わらず、手に持っているスマートライフルMK-17Mod1を握りなおした。
今や僕が信頼できるのは僕と同じ境遇にあるユニットたちと、このスマートライフルしかない。
突撃を命じるなら命じろよと思いながら、僕が顔を上げると、帝国シミュラクラ部隊から拡声器を使って放送があった。
『―――皇帝陛下の御言葉である。これ以上の戦闘行為は無意味である。貴君らが忠誠を誓った共和国政府は斃れ、セント・ピーターズバーグは帝国の手中にある。直ちに武装を解除し投降せよ。帝国は戦士の損失を望まぬ』
ノイズ交じりの放送であったが、それでも僕らからしてみれば蜘蛛の糸だ。
この地獄から抜け出せる一本の希望。慎重に扱わなければ壊れてしまう繊細な救いの手。
皇帝陛下が誰なのかなんて知ったことじゃないが、今だけは皇帝を賛美したっていいと思えた。
ついでに言えば僕らユニットたちの人権の保護を約束してもらいたいところだが、ここに皇帝陛下はいないわけで、当然交渉の余地なんてない。
じゃあやっぱり突撃だな、と僕が思っていると、アミール・ラダン大尉が狂気が笑顔を加工して出荷してしまったような形相で手に持っていた拳銃をかなぐり捨て、両手をあげながら帝国シミュラクラ部隊の方へと走り始めた。
唖然とする僕らを振り返ることなく、アミール・ラダン大尉に続いて他の正規兵たちも同様に武器をかなぐりすてて道化師よりも酷い面を引っさげながらイーゴン通りを突っ走っていく。
まるで運動会みたいだ。運動会よりももっと悲惨で滑稽なのが笑えない。
共和国軍基本形態プロトコルさえなければ。
僕は三点バーストでアミール・ラダンの心臓、喉、頭を撃ち抜くことができた。
共和国軍基本形態プロトコルさえなければ。
僕らユニットは正規兵を後ろから追いかけて思う存分殴殺することだってできただろう。
共和国軍基本形態プロトコルさえなければ。
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