○お題9―ドラゴン/おとぎの国/秘密基地(OPP2)―
「なるほど」
龍は
だって、この自称龍。クネクネっと細長い緑色の胴体に手? 足? なのか、ちっこいなにかがチョビっと突き出ている。顔も左目はやたらおおきくて白目もあるのに、右目はちっさな黒点だけ。なんというか、幼稚園児がクレヨンで描いた絵を立体化したみたいな。いわれてみれば龍に見えなくもない……かも? というレベルで。おおきい、長い、緑のクネクネ。龍(?)とクエスチョンマーク必須な感じなのである。
「つまり、貴様らの世界に帰る方法を知りたいのだな」
「だから、さっきっからそういってるじゃない。ていうか、ここなんなのよ」
腰に手をあてて仁王立ちしている紅音は、自称龍相手にもまったくひるんでいない。まぁ、クネクネだし。おおきいだけでまるで迫力がないので当然といえば当然かもしれない。
「ここはおとぎの国だ」
「……ふざけてんの?」
「ふざけてなどいない。そういう設定なのだ」
「まじめに聞いてんだけど」
「うるさい。とにかくここは『おとぎの国』だ。面倒くさいからツッコむな」
ぐるんとあたりを見まわして、紅音は仏頂面でうなずいた。
「わかった」
このクネクネ龍だけではない。空も星も月も、そしてなぜか月のとなりでギラギラと輝いている太陽も、幼稚園児がクレヨン(以下略)なのである。ちなみに空は黒で塗りつぶされているからたぶん夜。けれど、太陽のおかげかあたりは昼間のようにあかるい。
――うん。まったく意味がわからない。これは確かに『おとぎの国』のひとことで片付けてしまったほうがよさそうな世界である。青羽もそう納得した。
「帰る方法がわかればあとはどうでもいいし」
ふてくされたような紅音の言葉とほぼ同時にバサバサッとグルが地上におりてきた。妖怪退治をなりわいにしていた遠いご先祖さまの時代から代々青羽の家に仕えている鷲型の妖魔だ。
現当主から次期当主へと代々引き継がれるのがならわしで、青羽は六歳の誕生日に母から引き継いだ。グルがパートナーになって、かれこれ六年になる。
ちなみに、青羽の二歳上の幼なじみである紅音の家にも代々受け継がれている妖魔がいる。今は彼女の足もとでくるんとまるまって、すやすやと眠っている白ネコのハクだ。……よくもこの状況で眠れるものである。図太いのはパートナー譲りか。
「グル、どうだった?」
「ダメだな。見た目はふざけた書き割りみたいだが、おそらく実体がない」
「実体がない? 空に?」
「上空も地上もだ。どこまでいこうと見えている景色にまったく近づかない。移動できるのはせいぜい半径一キロといったところだな」
「そうなんだ……」
ほんとうに、変な世界だ。
「そもそも、貴様らはどうしてここにきた」
クネクネ龍の質問に紅音が首をかしげる。
「さぁ……青羽わかる?」
「わからないよ。洞窟から出た次の瞬間にはここにいたんだから」
どうしてきたといわれても、こちらが聞きたい。
「だよねぇー。あたしもそう」
近所にある五案神社の裏山にふたりの秘密基地がある。といってもなんのことはないちょっとした洞窟なのだけど。何年まえだったか、最初にそこをみつけたのは紅音だった。以来、おたがいにおやつを持ち寄っては冒険ごっこをしたりしていたのだが――このごろは、急激におとなびてきた紅音とふたりきりで過ごすことに妙な居心地の悪さがあった。
今日だって紅音からはいい匂いがして、ショートパンツからすらりと伸びる足の白さがまぶしくて、なんだかクラクラして、このまま一緒にいてはいけないような気がして……ほとんど逃げるようにして洞窟から飛び出し――たところで目のまえが一瞬真っ白になり、気がついたらこのへんてこな世界にいたのだ。
「……洞窟……洞窟……五案神社の山か」
ブツブツいいながら緑のクネクネがよりクネクネしている。
「そうよ。なにか心あたりがありそうね」
「……もしかしたら」
「もしかしたら?」
「……私のせいかもしれない」
〜・〜・〜・〜・〜・
ここは、子どもが『おとぎの国』というテーマで絵に描いた世界だという。
なんか思った以上にそのまんまだった……! というツッコミは心にとどめて話を聞けば、その子どもは並はずれた霊力の持ち主だったらしい。しかも、山が持つ霊力とも非常に相性がよかった。それは、べつの次元に世界をひとつ生みだしてしまうくらいに。
「
いつのまに起きたのか、まえ足をそろえてお行儀よく座っているハクがいった。
「えっ、お母さん?」
葵というのは、青羽の母の名である。
「そうよ。グルもおぼえているでしょう」
「……ああ、そういえば葵と
暁乃は紅音の母親だ。
「葵はいつもあそこで絵を描いていた」
「うそ。そんな話聞いてないよ。なんで教えてくれなかったのさ」
「聞かれなかったからな」
青羽の抗議をグルはすげなくかわした。
「うん、それはこの際どうでもいいわ。つまりこのへんちくりんな世界は、青羽のお母さんが描いた『絵』ってことよね。それでどうして『私のせい』になるの」
「……もうすぐ、この世界は消える」
「「え……」」
なにその急展開。
「この世界をこれまで支えていた霊力がまもなく尽きる。霊力が尽きれば世界は消える。見えているのに移動できないのもその影響。自然の摂理だ」
……そういうもの? なんかちがうような気もするけど。
「私もこのまま消えていくのだろうと受けいれていた。だが今日、とても懐かしい気配を感じた」
まじめに語っていてもクネクネはクネクネだ。どうも緊張感がない。
「尽きかけている霊力にとてもよく似た気配だった。無意識のうちに近づこうとしていた。気がついたら貴様らがいた」
「きっと、この方と青羽と山の波長があの瞬間ぴったり重なったのね」
くるんくるんとまえ足でのんきに顔を洗いながらハクがいう。
「……なるほど。事情はわかった。それで、どうやったら帰れるの?」
紅音があらためて問う。やっとそこに戻ってきた。
「わからん」
「……はぁ!? さんざんひっぱっといてあんた」
「す、すまない。だが、ここが消えれば自然に帰れるのではないか?」
「んな保証どこにあんのよ! 一緒に消えちゃうかもしれないじゃない!」
クネクネが止まった。というか固まってしまった。どうやらその可能性は考えていなかったみたいだ。
「冗談じゃないわよ! なんとかしなさいよ!」
「お、落ちついて紅音ちゃん」
「これが落ちついていられますか! ていうか、半分はあんたのせいじゃない! 責任とりなさいよ!」
「えええぇぇ」
そんな理不尽な。
「お?」
「あら」
「え」
「わ」
誰が誰のものか――言葉未満の声がそれぞれの口からもれたときにはもう、空が半分以上消えていた。
〜・〜・〜・〜・〜・
「うわっ」
「ぎゃっ」
足の下から地面が消えた次の瞬間、青羽はまえのめりにバタンと転んだ。と思ったら背中にドスンとなにかが落ちてきて、ぐっと息をつまらせる。
「いったーい。あ、帰ってきた」
「あ、紅音ちゃん……背中、どいて」
「ん、おお! ごめんごめん」
背中から重みがなくなって、青羽はおおきく息をついた。からだを起こして周囲に視線を走らせる。まちがいなく洞窟の入口に戻っていた。
「グル!」
呼べば、わずかにゆがんだ空間からバサバサッと姿をあらわす。
「よかった。無事だった」
「あたりまえだろう」
やはりハクを呼びだして無事を確認していた紅音が素っ頓狂な声をあげた。
「ど、どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、これ!」
紅音が指さしたのはハクの背中――に乗っている、にょろっとした緑色の……ヘビ……トカゲ? いや、めちゃくちゃサイズダウンしているけど……。
「どうやらうまくいったようね」
ハクは満足げにうなずいている。
「どういうこと?」
「簡単なことよ。一時的にこの方の魂に憑依したの」
けっして簡単ではないと思うのだけど。憑依はハクの得意分野ではある。
「葵に会いたいのよね?」
ハクの言葉に、ちっさい龍はにょろっとうなずいた。
「最後にひと目でも会えれば、もう思い残すことはない」
「最後って……」
「この方を実体化させている霊力も残り少ないの。だからこのおおきさなのよ」
〜・〜・〜・〜・〜・
「にょろー。ケーキたべるー?」
葵が呼ぶと、にょろっとした緑色のちいさな妖魔がにょろりと姿をあらわした。
「……いただこう」
「青羽もたべる?」
「たべるよ!」
「なに怒ってるの? おかしな子ねぇ」
あれから半月。葵に再会(?)して、生きるために必要な霊力をもらったちっさい龍は『にょろ』と名づけられた。
「グルはたべないのか?」
「甘いものは好かない」
古株の妖魔ともうまくやっている。
「おじゃましまーす」
「あら、いらっしゃい紅音ちゃん。ちょうどよかった。ケーキたべるでしょ?」
「いただきまーす。にょろ元気そうだねー」
「葵や青羽のおかげだ」
「……べつにぼくはなにもしてないよ。変な気つかわないで」
「うわぁーやきもちー。青羽カッコわるー」
「そうからかうものじゃないわ、紅音。こういうときこそ上手におだてて操らないと」
ハクはさりげなくひどい。
「青羽を操ってもねぇー」
「……それもそうね」
とても、平和である。
(おわり)
オープン・プロット・プロジェクト(OPP)第5案から一部プロットをお借りしています。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054889799559
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