第23話、また、いつか・・・

 夕陽が、病院の廊下に、外灯の長い影を引き込んでいる。

 長い、1日だった・・・ おそらく、生涯で、一番長い1日になる事だろう。


 お父さんは、目を覚ましたお母さんと共に治療室に入り、麻酔で眠っている香住と面会した。

 僕も、しばらくいたが、ハンスに呼び出され、廊下に出た。

「 何だ? 腹が減ったのか? そう言えば、俺も腹が減ったな・・ 朝ゴハン以来、何も食べてないし 」

 急激に、空腹感が感じられて来た。 1階に、パンの自販機があったから、何か買って来ようかな。

 ハンスが言った。

「 そろそろ、行こうかと思ってな 」

「 ・・ドコへ? 」

「 天国に帰るのさ 」

「 ・・・・・ 」


 忘れていた。


 予定では、ハンスは今日、天界へ帰るはずだった。

 僕は答えた。

「 ちょ・・ ちょっと待てよ。 今か? そ、そんなに慌てて帰らなくたっていいじゃないか・・! 香住だって、会いたいだろうしさ 」

「 オレ、見送りされるの、苦手なんだよな。 ま、宜しく言っておいてくれよ。 じゃあな 」

「 おい、ま、ま・・ 待てったら・・! 香住にとっては、命の恩人なんだぞ? このまま帰したら・・ 後で、俺が怒られるに決まってんだろっ? 」

 ハンスの腕を掴み、引き止めながら、僕は言った。

 ハンスが答える。

「 オレ、何もしてないぜ? 」

「 何、言ってんだよ! 香住を、助けてくれたじゃないかっ・・! 」

「 そりゃ、香住自身の力だ。 オレは、何もしていない 」


「 ・・・・・ 」


 ハンスは、何もしなかったのか・・?

 いや、そんなハズは、無い。

 重体だった香住の体力を増進させてくれたのか、出血を防いでくれたのか・・ 手段は不明で、想像すら思い付ないが・・・

「 ハンスが・・ 何か、力を駆使して・・ 香住の体力を、後押ししてくれたんだろう・・? だって、香住・・ 危篤だったんだぜ? 」

 ハンスは答えた。

「 それは、香住に力があったからだ。 オレは、何もしていない。 前にも言ったろ? オレは、万能じゃないんだ 」

「 ・・・・・ 」

 ハンスは続けた。

「 医者も言ってたじゃないか、『 大した精神力だ 』って。 助かったのは、オレのせいじゃない。 香住が、『 助かろう 』と、努力したからだ。 これからも、真一と、楽しくデートしたいってな・・! 」

「 ・・・・・ 」

 ハンスは、僕に、ウインクして見せた。


 ・・・香住が助かったのは、僕と、過ごしたかったからなのか・・・?

 その一念が、奇跡とも言える精神力を生み出し・・・

 常識を超えた力を発揮させたと言うのか・・・?


 僕は、呟くように言った。

「 ・・・愛が・・・ あったればこそ・・ ってか・・・? 」

「 言うじゃないか、真一。 愛は、全てに勝る。 その通りだぞ? 」

 くすぐったいが・・ どうやら香住は、それを、地で行ったらしい。 ハンスが、香住の生存に力を貸した事実は、本当に無かったのだ。


「 ・・・愛、か・・・ 」


 大学の、学生ホールでハンスと話していた時、ハンスの言葉・情況に、以前、同じような経験をした事を思い出した事があったが・・ その事を、僕は、思い出した。


 ・・・教会だ。


 香住に連れられ、教会に言った時・・ 神父さんが説いてくれた内容が、そんな話しだったのだ。

 世話を焼く時・・ 憎めないヤツを思う時・・ そこには、必ず、愛が存在する。

 信じられない力を発揮する時、その力の源にも、必ず、愛の姿がある・・・

 そんな内容の話だった。

 ハンスは、静かに言った。


「 ・・・汝、人を愛せよ 」


 気付くと既に、ハンスの足が、廊下から浮いている。

「 ま、待て、ハンスっ・・! せめて、香住の目が覚めるまで、いろったら! 」

「 早く帰らないと、ポセイドンのヤツが、待ってんだよ。 新しく、竿を手に入れたらしくてよ 」

 そんなモン、道具を変えたぐらいで、変化なんぞ無いわ!

 僕は、宙に浮くハンスの右足を捕まえたまま、言った。

「 も、もうちい~と、待たせとけ・・! な? な? いいだろ? 」

 このまま、帰らせたくない。

 香住にも会わないで帰るなんて、あまりにも、急過ぎるじゃないか・・!

 ハンスが、腕組みしながら答えた。

「 う~ん・・ ミカエル様と、ポーカーの約束もあるんだよな~・・ 」

 ・・お前ら、賭けもすんのか? レートは、幾つだ? 後学の為にも、教えんか。

 ハンスは、背中の羽をゆっくり羽ばたかせながら言った。

「 真一・・ 情が、移るだけだ。 楽しい3日間だったぜ? 色々、世話になったな・・ 」


 ・・どうやら、ハンスを引き止めておくのは無理な事のようだ。

 ハンスが言う通り、僕は既に、情が移っているのだろう。

 香住が目を覚ましても、また何らかの理由を付け、ハンスの帰りを引き伸ばすに違いない・・・


 ハンスの足を捕まえたまま、無言になって下を向いている僕に、ハンスは静かに、諭すように言った。

「 真一・・ 香住を、大切にするんだぞ? 」

 しばらく、間を置き、僕は答えた。

「 ・・分かってらい、そのくらい・・! 」

 ハンスが微笑む。

 僕は、顔を上げ、言った。

「 香住が治ったら・・ 俺、教会に行くよ! そうすりゃ、お前に会えるよな? 話し、出来んだろ? 」

 ハンスは答えた。

「 クソガキ共を、陥れた事を懺悔したらな 」


 ・・・見てやがったのか・・・?


「 分かった、分かった。 ちゃんと、懺悔するよ 」

 僕が言うと、ハンスは、笑いながら言った。

「 ははは。 アレは、エンゼルたちが、お前を試してたのさ。 純粋な香住に、相応しいかどうかをな 」

 ・・ひねくれた、エンゼルじゃねえか。 あの時は、マジ本気で、せっかんしたくなってたぞ・・?

 サッシ窓のロックを外し、外へ出ようとするハンス。 さすがに、もう足を放さなくては、僕も、宙ぶらになってしまう。

 手を放すとハンスは、3階の窓から外へ、ふわりと出た。


 ・・・これで、本当にお別れなのか・・・?


 ハンスは、窓越しに親指を立て、僕に言った。

「 香住に、宜しく! 」

 上空へ登って行こうとするハンスに、僕は、叫んだ。

「 待て、ハンス・・・! 」

 こちらを振り返ったハンスは、再び、ウインクしながら、僕に、親指を立てて見せた。

「 ・・ちゃうわっ! ナニ、カッコ付けとんじゃ、アホウっ! 俺の服とズボン、返さんかっ・・! く・・ クツと、靴下もな! 」

「 セコイなあ~・・ これくらい、土産にくれたってイイじゃないか~ 」

「 ナニが、土産だ、コラ! 大事な、俺の財産なんだぞ、てめえ~っ! どうせ、それ・・ ポセイドン君あたりに、高く売るつもりなんだろうが 」

「 ・・やっぱ、分かった? えへへっ・・! 」

「 えへへ、じゃねえっ! てめえ、ホントにそんなんで・・ 天使が、よう務まるなっ? 香住が聞いたら、泣くぞ 」

「 じゃ、代わりにコーヒーくれ! 」

「 下さい、と言わんか! 敬語くらい、覚えて帰りやがれ、てめえっ! 」

 3階の窓越しに、フツーに口喧嘩している僕とハンス。

 通り掛かった年配の女性看護士が、目を点にして、窓の外に浮いているハンスを見ていた・・・



                 〔 空から来た、あいつ! / 完 〕



あとがき


*最後までお読み頂き、有難うございます☆

 『 苦しい時の神頼み 』とは、昔からの言葉ですが、何か苦境に立った時、

 誰しも神仏にすがるものではないでしょうか?

 ある意味、現実的・具体的な『 神頼み 』が、『 愛 』であると、私は信じます。


                 夏川 俊


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空から来たアイツ! 夏川 俊 @natukawa

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