第22話、世界で一番、強いモノ

 香住が、意識を取り戻した・・!

 僕も、ベッドに取り付こうとしたが、気が付いた女性看護士数名に両腕を掴まれ、入り口の方へと押しやられてしまった。 僕と同じように、ハンスも、入り口の方へと引きずられていく。

 ハンスは、顔の前辺りにあった若い医師の腕をどけ、叫んだ。

「 香住ッ! 頑張れッ! オレの力で、助けてやるっ! 」

 香住が、少し、ハンスの声の方へ顔を向ける。 苦しそうに、香住は言った。

「 ・・・ハン・・ ス・・・ 真一は・・ どこ・・・? 」

「 ここだっ! ここにいるぞ! 頑張れ、香住・・! 」

 入り口のフチに手を掛け、外へ押し出されまいと奮闘しながら、答える僕。

 ハンスが言った。

「 オレの力を信じろっ! だけど、オレだけでは足りない! 香住の協力が必要なんだ・・・! 」

 女性看護士が、初老の医師に言った。

「 心拍が、弱まって行きます・・・! 」

「 強心剤、投与! 輸血の確保をしろ! 正念場だ 」

荒い息の中で、香住がうめいた。

「 こ・・ 怖い・・・ 怖いよ・・ 真一・・・! 」

 再び、ハンスが叫ぶ。

「 これからいくらでも、真一とデート出来るんだぞっ! ケガが治りゃ、そんなモン、毎日だって出来るんだっ! 真一を想え、香住ッ! その力が、オレの力にプラスされる! 助かるんだぞっ! 」

「 真一と・・・ 真・・ 一・・と・・ 」

「 そうだっ! 真一と、デート出来るんだぞっ! これからずっと・・ 永遠にだ・・! 」

「 やめたまえッ! いい加減にしないかっ! 」

 若い医師が言ったが、ハンスは、構う事無く叫んだ。

「 真一とのデートを想像しろっ! いいな? 考えるのを止めるな! 想い続けろッ! 想い続けるんだ、香住っ・・!」


『 バターン! 』


 扉が閉められ、僕とハンスは、遂に、外へ退室させられてしまった。


 ・・・閉まった扉を睨みつけ、無言のハンス。 その後に立ち、半ば呆然としている、僕・・・


 ハンスが、ゆっくりと僕の方を向き直った。

 一度、ちらりと僕を見たが、すぐに目を伏せる。

 僕と無言で、すれ違いながら窓側に行き、長ベンチに腰を下ろした。


 僕も、しばらく、追い出されたドアを見つめていた。

 『 面会謝絶 』のプレートが、忌々しい・・ 中に、香住がいるのに・・ 1人で、頑張っているのに・・ 僕は、何もしてやれない。 無力だ・・・

 ハンスが言った。

「 ・・・コッチに来て、座れよ 」

 足を引きずるように出しながら、ゆっくりと長ベンチの方へ歩み寄り、ハンスの隣に腰を下ろす。

「 ・・・さっきは、殴ったりして悪かったな・・・ 」

 ぼそっと、僕は言った。

「 香住は、頑張るハズだ。 真一と言う、カンフルがあるからな・・・ 」

 僕の謝罪には応えず、ハンスは、そう呟いた。


 しばらくの、沈黙・・・


「 ・・なあ、ハンス。 さっき、言っていた、人間にある『 大いなる力 』って、何だ・・? 」

 じっと、ドアを見つめるハンスに、僕は尋ねた。

 ハンスは、視線を反らさず答えた。


「 愛さ・・ 」


 ・・・神が、人間に平等に与え給うた、『 愛 』。

 だが、今の僕には『 絵に描いた餅 』だ。 もっと具体性が欲しい・・! すがりつけるに相応しい、現実の『 何か 』が・・・

 あまりに薄っぺらな希望に、僕はますます消沈した。

 だが今は、その奇跡と、ハンスの力にすがる以外、道は無いようだ・・・


 2時間が経った。

 香住のお母さんがやって来たが、面会謝絶ではどうしようもない。

 お父さんも、会社を早退し、血相を変えて駆け付けて来たが、僕らと同じく、長ベンチに座って、待つしかなかった。


 医師から知らされた容態を告げると、お母さんは泣き出してしまった。

 お父さんは、そっとお母さんの肩を抱き、ドアを見つめている。


 時折り、ドアが開き、女性看護士が医療用器具や薬品を持って出入りする。 その都度、お父さんは、香住の容態を聞いていた。 依然、重体で危篤状態らしい。 何箇所も骨折している為、処置手術が終了するまで、まだ相当な時間が掛かるようだ・・・


「 飲まんかね・・・? 」

 時計の針が、午後3時を廻った頃、お父さんが缶入り緑茶を買って来てくれた。

「 有難うございます。 頂きます・・・ 」

 昼食を取っていないはずなのに、全く空腹感が無い。 僕は、プルトップを開け、お茶を一口飲んだ。

 ハンスも、飲む。

 お父さんは、僕らの横に腰掛けると、自分も、買って来た緑茶を飲み始めた。


 少し、白髪の多い頭・・ 年齢にしては、キリッとした眉に、輝きのある眼。 向こうで、泣き疲れて眠っているお母さんも、品があり、美人だ。

 容姿端麗な香住有り、このご両親有り、である。


「 いつも、何かと済まないね、真一君・・ 香住も、随分と、お世話になっていたようだ 」

「 いえ、そんな・・・ 」

「 以前は、全く喋らない子でね・・ 真一君と、お付き合いを始めるようになって、見違えるように明るくなった。 君のお陰だよ 」

「 ・・・・・ 」

 僕は、無言で少し笑い、会釈した。


 ・・・イヤだ。 この情況・・ こんな話し・・・!

 まるで、香住が助からないかのようじゃないか・・・!


 僕は言った。

「 これからも、宜しくお願い致します。 僕は、まだ学生ですが、香住さんとは真剣に、真面目にお付き合いさせて頂いてます。 彼女には、言ってませんが・・ 将来、結婚を前提としたお付き合いを、させてもらっているつもりです・・・! 」


 こんな大それた発言・・ 正直、僕も、そこまで考えた事は無かった。


 真面目に付き合っているのは、確かだし、今までだって、真剣に付き合って来たつもりだ。 本心・・ と言うより、僕の『 希望 』かもしれないが、情況がそれに加味し、発言を後押しした。

 お父さんは、笑い、そして答えた。

「 この前、香住も同じような事を言ってね・・ 子供だ、子供だと思っていたのに・・ いつの間にか、いっぱしの大人のセリフを言いよったよ。 正直、ビックリしたが、ある意味、嬉しかったな。 今、君から全く同じ事を言われ、尚更、実感した・・ 意中の人が現れると、こうも、人は変われるんだな・・ ってね 」

 お父さんの言葉には、『 良かった、良かった。 これで香住も、良い経験をして逝けた 』みたいなニュアンスが感じられた。


 イヤだッ・・!

 香住は、まだ死んでいない。 いや、死ぬハズなど無い。

 絶対に、無いんだ・・!


 僕は、香住の精神力と、ハンスが起こす奇跡の瞬間を待っていた。


 日が西に傾き、外灯がつき始めた頃、ドアが開かれ、初老の医師が出て来た。

「 ・・・・! 」


 疲れた表情、大きなため息・・・

 まさか・・・ まさか・・・!


 僕の、最悪の想像を覆すかのように、初老の医師は、微笑みながら言った。

「 大した精神力だ・・ もう、大丈夫です。 峠は、越えたようですな。 心拍も安定しているし、ショック症状も無い。 ただ、重体には変わりありません。 しばらくは、絶対安静です 」


 ・・・やった! そうなるとは、信じていた! ハンス・・ 有難う!


 安心したように、安堵の表情を見せる、お父さん。

 僕も、ハンスを振り返った。 親指を立てて見せる、ハンス。

 ・・やっぱり、お前は、大したヤツだ・・!

 初老の医師は、続けた。

「 相当な、リハビリが必要ですな。 歩行訓練には、かなりの日数が掛かると思われます。 でも、彼女の精神力なら、大丈夫でしょう 」

 若い医師も出て来て、僕に言った。

「 シンイチ君・・ と言うのは、君の事か? 彼女は、うわ言のように、何度も君の名前を呼んでいたぞ? 麻酔から覚めたら、真っ先に会ってあげなさい 」


 ・・・かくして、香住の危機は去った・・・

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