第21話、急転直下
アイツが来て、3日目の朝を迎える。
久美・和弘にも会っておきたい、と言うハンスを連れ、僕は下宿を出た。
今朝も、昨日の朝のように、雨が降っている。 春先は、天気が変わり易い。 予報によると、午後からは、晴れて来るそうだが・・
( やっぱ、朝イチに、香住に会わないと、つまらないな )
また、香住の事を考えている僕。 う~ん・・ やっぱ、ベタ惚れしているのは、僕の方だな。
ハンスが、歩行者専用道路の道路標識を見て、僕に尋ねた。
「 これは、『 幼児誘拐注意 』の看板か? 」
・・・面白いじゃないか・・・ 見事に、世相を反映しているぞ? お前。
朝イチからのギャグも、明日からは聞けないのかと思うと、少々、寂しい気がする。
苦笑する僕。
ハンスも、ニコニコしていたが、急に表情が真顔になった。
「 どうした? 」
僕が尋ねる。
「 ・・・・・ 」
無言の、ハンス。 じっと、遠くを見つめているような目だ。 また何か、ギャグでも言おうとしているのか・・?
ハンスの顔から、血の気が引いて行く。 ・・どうやら、ただ事ではなさそうだ。
「 どうしたんだ・・・? 」
再び、尋ねる僕。
「 真一ッ! すぐ、病院へ行くぞっ! 大変だ・・! 」
「 え? び・・ 病院? ど、どうしたんだ? 腹でも痛いのか? 」
「 香住が、車にはねられたっ! 中央日赤って、ドコにある病院だっ? 」
「 なっ・・ なんだとッ・・? 」
香住を透視した、ハンス。 登校途中、大通りの横断歩道を渡って歩いていた香住が、居眠り運転のトラックにはねられたのだ・・!
「 とっさで、どうしようもなかった・・! はねられた時、香住が真一を想った・・ その念を感じて、気付いたんだ・・! 」
病院に向かうタクシーの中で、ハンスは言った。
これは、とんでもない展開になった。 想像すらしていなかった僕は、かなり動揺し、混乱した。
「 ・・だ・・ 大丈夫だ・・! 香住が死ぬワケない。 大丈夫だ・・! 」
自分に言い聞かせるように、僕は呟いた。
( あの香住が、僕を残して逝くハズなど無い・・! 後遺症だって、残らないさ。 かすりキズだ。 ベッドの上で舌を出し、『 ボ~っと歩いてたから、避けられなかったの 』なんて言うに決まってる・・! )
心臓が、ドキドキしている。
冷や汗が背中を伝い、僕の想像を覆す、最悪のシナリオが脳裏を過ぎった・・・!
「 事故ですかい? お客さん 」
タクシーの運転手が、バックミラーでこちらを見ながら聞いた。
「 ・・ええ 」
蚊の鳴くような声で答える、僕。
道は、渋滞していた。
( こんな時に限って・・・! )
急いでいる時に限り、なぜか、道は混むものだ。
「 ちょいと、乱暴になりますが・・ 」
そう言って、タクシーの運転手は横道に反れ、細い路地を、かなりのスピードで飛ばしてくれた。
香住・・! 香住・・! 今、行くからね・・・!
病院に到着し、タクシーを降りた僕らは、正面玄関を入った。 右側にあった、外来受付に取り付く。
「 事故で緊急搬送されて来た、桜 香住の知人です! 容態は・・? 」
受け付けの女性職員は、ボードに挟んである用紙をパラパラとめくり、答えた。
「 あ、集中治療室ですね。 B病棟3階の、2号室です。 重体ですね・・ 」
・・・重体・・・!
僕は、ハンマーで頭を叩かれたようなショックを受けた。 香住の容態は、想像より酷いらしい・・・
「 B病棟って、ドコですかっ・・? 」
「 突き当たりを右です 」
礼もそこそこに廊下を走り、右へ。 すぐに、エレベーターホールがあった。 ボタンを押すと、エレベーターは、6階で停止している。
「 階段だ! 」
すぐ横にあった階段を、駆け上がり、3階へ。
見ると、広く長い廊下があり、窓側に置かれた長ベンチ前で、2人の医師が立ち話しをしていた。
「 あの、すみません・・! 2号室って言うのは、どこでしょうか? 」
メガネを掛けた初老の医師が振り向き、すぐ前の部屋を指差し、答えた。
「 そこだが・・? キミは、クランケ( 患者:この場合、香住を指す )の身内かね? 」
「 家族です。 あの・・ 容態は・・ 」
正確な情報を得る為、僕は間柄を偽った。
初老の医師が、もう1人いた若い医師の顔を見る。
若い医師が、答えた。
「 非常に、危ない状態です・・! まだ、意識が回復していないし・・ 肋骨が折れ、右足大たい骨、右鎖骨を骨折した上、腰も強く打ったようです。 5個ある椎骨のうち、2個が損傷を受けています。 頭部も激しく打っているようですし、後遺症が残るかもしれません・・! 歩行マヒに、言語障害・・ 我々も、全力を尽くしますが、もしもの場合、覚悟をして頂いた方が・・・ 」
あとは、聞こえなかった。
・・・あの香住が、植物人間に・・・?
僕は、そのまま、長ベンチに座り込んでしまった。
初老の医師が、カルテを見ながら言った。
「 とにかく、意識が戻らないと・・ 外傷の方は、リハビリで何とかなる。 脳障害の方が心配だ 」
2人の医師は、僕に軽く礼をすると、集中治療室の中へと入って行った。
「 真一・・ 気をしっかり持て・・・! 」
ハンスが、僕の横に座り、放心状態の僕に言った。
うつろな目で、力無く答える僕。
「 ・・大丈夫だ・・ 植物人間になったって、香住は香住だ・・ 俺が、介護してやる。 だけど、死んじまったら・・ 死んじまったら、何もしてやれない・・! 」
「 ・・・・・ 」
無言の、ハンス。
僕は、ハンスに尋ねた。
「 香住は・・ 香住は、大丈夫だよな・・・? 」
「 ・・・・・ 」
「 医者は・・ 危ない、って言っただけだ・・ 死ぬはずなんか、無いよな? 」
「 ・・・・・ 」
更に、無言のハンスに、僕は言った。
「 死ぬってのかっ・・? そんなコトねえッ・・! あるワケねえよっ・・! 医者でもないお前に、何が分かるってんだッ・・! 」
ハンスは、静かに答えた。
「 ・・・オレは、天使だぜ・・・? 」
僕は、ハンスの頬を、思いっきり殴った。
廊下にひっくり返る、ハンス。
立ち上がって、僕は、叫んだ。
「 天使なら・・ 天使なら、香住を助けてくれっ・・! 何でも出来るんだろうが? お前っ・・! 」
ハンスは、殴られた頬を手の甲で拭いながら答えた。
「 ・・前にも言ったろ? オレは、万能じゃない。 人の生き死にを、決められる立場でもないんだ・・ 」
僕は、ワナワナと、両手を握り締めながらハンスを睨んだ。
続ける、ハンス。
「 人間には、我々、天界人にも予想出来ない、大いなる力がある。 今は、香住にそれを期待するしかないな・・ 」
僕は言った。
「 ・・お前には、『 重体 』って言う、言葉の意味が分からんらしいな・・ もう、香住の力だけでは、どうしようもないんだよ・・・! 」
ハンスは、キッとした表情で僕を見返し、叫んだ。
「 違うッ・・! 香住は、まだ努力出来る! 自分の力に気付いてないだけだっ! 本来なら、ここで生涯を終えるのだろうが・・ 未来は、自分で変えられる事に気付いていない! 努力すれば、少しだけでも先に行けれるんだ・・! 」
僕は、ハンスを見つめながら言った。
「 ・・お前は、いいよな・・ 何だって出来るんだから・・・ 」
「 ・・・・・ 」
無言の、ハンス。
僕は、恨めしい口調で続けた。
「 どうせ俺たち人間は・・ 弱い動物なのさ・・・ 」
弱音を吐いているのは、自分でも分かっていた。 だが・・
ハンスは、立ち上がり、捨てセリフのように言った。
「 ああ、ああ、分かったよッ・・! オレが、香住を助けりゃいいんだろ? 上等だよっ! 見てろ? ヘナチョコ野郎! 」
集中治療室のドアを、荒々しく開けるハンス。
おびただしい機械類に囲まれ、幾つもの、細いビニールパイプでつながれた香住が、ベッドに横たわっている。 体中に巻かれた包帯が、痛々しい・・!
数人の女性看護士と共に、先程の2人の医師らが、入り口を振り返った。
「 ・・な・・ 何だ、キミはッ? ここは、立ち入り禁止だ! 出て行きたまえっ! 」
若い医師が、ハンスに叫ぶ。 お構い無しに部屋に入り、ベッドに近付く、ハンス。
初老の医師も、言った。
「 気持ちは分かるが・・ 外で、待っていてくれんか? 」
ハンスは、更にベッドに取り付こうとし、近付いた。 数人の女性看護士と、若い医師が、ハンスを取り押さえる。
ハンスは、叫んだ。
「 香住ィッ! オレだ、ハンスだッ! 聞こえるかっ? 香住ッ! 」
若い医師が、ハンスを取り押さえながら叫ぶ。
「 やめたまえっ! 彼女は、今、話しが出来る状態などでは無いッ・・! 」
お構い無しに叫ぶ、ハンス。
「 香住いぃーッ! 目を覚ませええーッ! ハンスだ! 香住ィーッ! 」
その時、輸血パックを交換していた女性看護士が、わずかに開いた香住の目に気付いた。
「 ・・! 」
両手を、香住の頬に置き、顔を近付け、覗き込むようにして香住の目を見る彼女。
初老の医師の方を向くと、叫んだ。
「 き、気が付いたっ・・! せっ・・ 先生ェッ・・! この子・・ 意識が回復していますッ! 」
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