第20話、最後の晩餐
アキラと呼ばれた男が、僕を紹介した。
「 叔父貴。 こちら、このアパートの住人の兄さん( 発音:あにさん )です 」
パンチパーマの男が、自分の座っていた座布団を裏返し、空いていたコタツのスペースに置きながら、僕に言った。
「 これは、これは・・! どうぞ、どうぞ。 座ってくんなせえ。 一緒に、テレビでも観ませんか? 」
・・・この、オッちゃんも、江戸前言葉だ。
頭のヘアーと人相は、どう見ても関西系の、そのスジの方のようにお見受けするのだが・・・?
「 あ、お構いなく・・ 」
僕は、手をかざし、遠慮した。
アキラ君が言った。
「 叔父貴・・! 今日のトコは、帰りませんか? 」
じろり、と血走った目でアキラ君を睨む、パンチのオッちゃん。
・・・こっ、怖えええ~~~・・・!
アキラ君は、例によって両足を、がに股に開き、再び注進した。
「 お帰りになってくんなまし、叔父貴・・! 」
「 やだっ! この番組を見てから、帰るんだいっ 」
・・・幼稚園児か? この、オッさん。 そのパンチ頭に、似合わんセリフ、ブキミだわ・・・!
おきぬさんが、ニコニコしながら言った。
「 アキラ君、とか・・ 言ったかい? あんたも、おこたに入りなよ。 みかん、食うかい? 」
そんな悠長な事態じゃないんだって、おきぬさん・・! もしかしたら、僕ら・・ 丸太抱えて、隅田川に浮くコトになるかもしんないんだよ・・・?
「 ギャハハハハハハっ! バカで~、コイツ! 」
バラエティーの司会者と、番組出演の回答者とのコントに、パンチ叔父貴が笑いころげる。
・・・僕らのコトは、お構いなしらしい。
アキラ君は、狭い部屋の隅っこに、丸太のような両足を揃え、窮屈そうに正座した。 両足のスボンは、張ち切れんばかりに張られ、柄の縦じまストライプが湾曲して見える。
やがてアキラ君は、無言のまま、ブッ太い指で、大人しくミカンの皮をむき始めた・・・
( この叔父貴は・・ どういう人格をしているんだ・・・? )
顔だけ見ていたら、銀座のクラブ辺りで羽振りを利かせ、路地裏でシャブの密売人から、金を『 徴収 』していそうな雰囲気、満載なのだが・・・ 今、目の前にいるのは、テレビ鑑賞に興じている、ただのオッさんだ。( しかも、帰りたくないと、ダダをこねていらっしゃる )
アキラ君の話しでは、おきぬさんを、脅しに来たハズだ・・・ まずは、仲良く、って寸法なのだろうか?
僕は、どうリアクションを取ったら良いのか、判断に困った。 しかし、今すぐ警察に通報しなくてはならない状態ではないようである。
僕は、手に握り締めていた携帯を、ポケットにしまった。
「 入らんかね? 真ちゃん。 ミカン、食えや 」
いつまでも、ドアを開けた戸口に立っている訳にもいかない。
僕は、傍らで、黙々とミカンを食べているアキラ君に、小声で尋ねた。
「 どうしたらいい・・・? 」
アキラ君は、ミカンをゴクリと飲み込みながら、言った。
「 ・・・これ、うめえっす・・・ 」
キミ・・ 日本語、理解出来る・・? 質問に答えんか。
仕方なく、ハンスと共に部屋に入り、ドアを閉めた。
窮屈そうに正座していたアキラ君が、ミカンを食べながら、更に、壁側に寄る。 その隣に並んで座る、僕とハンス。
おきぬさんから、パンチ叔父貴。
叔父貴からアキラ君。
アキラ君から渡って来たミカンを、1個づつもらう。
・・・とりあえず、みかん、食おう。 ナンで僕、ココにいるのかな・・・?
段々、ワケが分からなくなって来た。
「 見ろ、見ろ! あのツラ! ギャハハハハハ! グヒャハハハハハ! 」
テレビを指差し、相変わらず、豪快に笑い飛ばすパンチ叔父貴。 大変、楽しそうである。
アキラ君が、すっくと立ち上がった。
・・お? ナンだ? 何か、ヤルんか・・?
「 ミカン、もう1個下さい 」
「 ・・・・・ 」
もしかして、このまま和やかに、夜は更けていくのだろうか・・・?
しばらくは、バラエティー番組の笑い声と、パンチ親父の笑い声が8畳間に響いた。
やがて、パンチ叔父貴が、アキラ君に言った。
「 おう、アキラ。 腹減ったな。 笹川の女将に電話して、メシ、持って来させえ 」
「 へい 」
アキラ君は、ミカンの皮の汁が目に入ったのか、目を擦りながら答えた。
「 皆さんも、いかがです? 鍋焼き料亭ですが、おいしいですよ? お近付きに、御馳走させて下さいよ 」
ウキウキ顔の、パンチ叔父貴。
おきぬさんが言った。
「 いいのう~。 うまそうじゃのう~ 」
笹川って・・ 赤坂にある、あの有名料亭の事か・・? 政界のドンたちが、密会に使うトコじゃねえか・・!
ハンスが、手を上げて言った。
「 僕、頂きまぁ~す! 」
てめえは、どんなけ食ったら気が済むんだ。 ブラックホールみたいな胃、しとるな・・!
「 お、元気いいねえ~! 若モンは、そう来なくっちゃ! ・・ソッチの兄さんは? 」
「 ・・あ、僕は別に・・ 」
「 稲山会の新宿支部だが・・ 鍋焼き会席膳、出前5人前を頼む。 住所は・・ 」
勝手に、僕を人数に入れ、携帯で注文をするアキラ君。
・・・稲山会だと・・?! 広域指定暴力団じゃねえか・・!
そんなトコの方々に、おごってもらっちゃって・・ どうすんだよォ~・・・!
おきぬさんが、パンチ叔父貴に言った。
「 すまんのう~・・ ところで、お前さん方。 今日は、ワシに何の用じゃ? 」
来た・・・!
いよいよ、切り出すか? パンチ叔父貴よ・・・!
叔父貴は答えた。
「 ソレなんだがよ~・・? 何でココへ来たのか、分からんのですわ 」
・・・は?
おきぬさんが、ニコニコしながら言った。
「 ナンじゃ、そら? まだ若いのに、ボケてござるんかのう~? まあ、ミカン食えや 」
また、ミカンを差し出す、おきぬさん。
パンチ叔父貴は、ミカンを受け取り、皮をむきながら言った。
「 まあ、何でもいいわい。 しかし、この部屋は、落ち着くなぁ~・・ 気に入ったわ 」
「 せんべい、あるぞい? 食うか? 」
「 おう、イイね! 鍋が届くまでの間、つなぎにするか 」
・・・ハンスの仕業か・・・!
僕は、ハンスを見た。
先程のように、ウインクをしてみせる、ハンス。
・・・お前は・・ やっぱ、大したヤツだ・・・!
テレビのチャンネルを変えると、貧困にあえぐ、発展途上の国の子供たちの特集番組が放送されていた。
じ~っと、番組に見入るパンチ叔父貴。
やがて、涙を流しながら言った。
「 かわいそうだぁ~・・! かわいそう過ぎるうぅ~~~・・・! 見たか? アキラ。 あの子たちは、ノートや鉛筆を買う金も無いんだぞ・・? 信じられるか? 消しゴムだって買えないし・・ 毎日、水を汲む為に手桶を持って、片道2キロも歩くんだぞ・・! 」
皮をむいたミカンを握り締めつつ、嗚咽にむせび始めたパンチ叔父貴。 アキラ君も、鼻水を垂らしながら涙している。
パンチ叔父貴が言った。
「 よっしゃ、アキラ! この放送局に電話せえ! ワシが、寄付しちゃる。 あの子たちの村に、井戸を掘るんじゃあっ! 」
ユニセフに電話した方が、早いと思うんだが・・・?
その後、違うチャンネルのバラエティークイズ番組で散々、笑い転げたパンチ叔父貴。
やがて、料亭から料理が運ばれて来た。
先程、貧困にあえぐ姿には涙していたが、自分の空腹とは別意識らしい。 コタツテーブルに乗り切らない料理を床に並ばせ、ご満悦のようだ。 大学の『 世俗研究部 』で見かけた得体の知れない物体ではなく、見事な伊勢エビが、大皿に丸ごと乗っている・・・
「 さあ、皆さん、どんどん食ってくれ! がっはっはっはははははは! 」
パンチ叔父貴は愉快そうに、そう言った。
畳が、あちこち破れた8畳の居間で、超豪華な宴が繰り広げられていく・・・
料理を食べたパンチ叔父貴とアキラ君は、その後、おこたに入りながら、寝てしまった。
おきぬさんが、2人の背中に毛布を掛ける。
・・・どうやら、隅田川には、浮かなくても良くなったようだ・・・
僕は、腹一杯の満足感に浸りながら、ハンスと共に、2階の部屋に戻った。
「 しかし、お前は・・ 便利なヤツだなあ~・・! 無敵じゃないか 」
コーヒーを炒れながら言う僕に、ハンスは言った。
「 オレだって、無敵なワケじゃないぜ? 小汚い部屋だけど、泊めてくれた真一に、出来るまでのコトをしたまでさ 」
「 小汚いだけ、余分だ。 ・・ほら、飲め 」
炒れたてのコーヒーが入ったカップを、ハンスに渡す。
「 サンキュー。 ん~・・ いい香りだ 」
「 明日・・ 帰るのか? 」
ハンスの横に座り、コーヒーを飲みながら、僕は尋ねた。
「 ああ。 そのつもりだ 」
笑顔で答える、ハンス。
・・・もっといてくれても、いいんだけどな・・・
正直な気持ちである。 明日でお別れなんて、何か寂しい。
ハンスはカップを持ったまま、香り立つ湯気の向こうで、笑いながら言った。
「 楽しい2日間だったぜ。 お陰で、人間の生活も良く分かった 」
僕は、コーヒーを飲みながら答えた。
「 大学の連中の生活が、全てだとは思うなよ? あいつらの生活と性格は、特異だ 」
てか、無形文化財かもしれん・・・
カップをテーブルに置きながら、僕は続けた。
「 そう言えば、及川の映画はどうなるんだ? 途中、出演した役者が抜けたら、次のシーンで困るだろ? 」
「 だって、な~んも撮影してないぜ? 宴会になっただけだ 」
コーヒーを飲みながら、答えるハンス。
「 相変わらずだな、あいつら 」
・・・まあ、ストーリーの草稿どころか、脚本だって仕上がってはいないだろう。 役者がいなくなったぐらいの事で、大勢に影響が出るような映画だとは到底、思えない。 どうせ代役で、僕か、和弘が徴集されるに決まっている。 出演を承諾するか否かは、ヤツの脚本によるな・・・
僕は、両手を頭の後ろに組み、壁にもたれながら、呟くように言った。
「 ・・・天使って・・・ ホントに、いたんだなぁ・・・ 」
「 ナニを言ってんだよ、今更 」
飲み干したカップを、テーブルに置き、一笑するハンス。
「 いや、ほら・・ 天使っていったらさ~・・ エンゼルみたいな、小っちゃなハダカの子供で、頭に輪っかがあってさ・・ そんなイメージだったからよ 」
「 そりゃ、人間が勝手に描いた、想像に過ぎん。 現に、香住は、すんなりと受け入れてくれたぞ? 」
「 香住は、クリスチャンだからさ。 俺のような一般人は、みんな、そうイメージしてるぜ? 」
突然、ハンスが、僕の言ったような愛くるしい姿の子供になった。 頭の上に、輪っかも付いている・・・
「 ど~う? 」
小さな弓矢を抱かえて小首をかしげ、つぶらな大きな目をパチパチさせて見せるハンス。
「 ・・・元に戻れ。 声がそのままで、気色悪りィ~わ・・ 」
「 せっかく、化けてやったのに。 あ・・ じゃ、これはどうだ? 」
香住に化けた、ハンス・・! しかも、全裸・・! ナニも、着とらん・・!
僕は、ソッコーで、気を失いそうになった。
「 ねえぇ~~~、真一ぃ~~~・・? 」
や・・ やめ、やめ・・ やめんか、それ・・!
悪戯っぽい、上目使いで、人差し指を口にくわえ、くねくねと『 しな 』を作って、僕に擦り寄るハンス( 香住 )。
・・し、心臓が・・ 心臓が・・!
その時、突然、ドアが開いた。
「 センパ~イ、鍋、あります~? 」
( うがっ・・! この情況で、か・・? )
隣の部屋の、梶田だ。 てめえ、また鍋か? 人の部屋に入る時は、ノックぐらいしやがれ・・!
「 はううっ・・! しししし・・ し、失礼しましたぁ~・・っ! 」
完璧に、カン違いし、自分の部屋へと駆け戻る梶田。
しかし、情況を説明してもムダであろう。 天使が、香住に化けて、面白半分にからかって来た、なんて説明、誰が信じるものか。 このまま、ヤツの口を封じ、戒厳令を敷くしかあるまい。
・・・ごめんね? 香住・・ イケナイ女のイメージを、ヤツに植え付けちゃったみたい・・・
梶田が戻った自室からは、異常なほど、物音1つせず、静かだ。 おそらく、聞き耳を立てているのだろう。 壁に、耳を付けて・・・
僕は、梶田の部屋側の壁に近付くと、思いっきり、その壁を叩いた。
『 ドスン、ガラガラ、パリーン・・! 』
ヤツの部屋から、騒々しい物音が聞こえた・・・
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