第14話、愛と人間と、欲望
午後からの講義を待つ間、僕は、学生ホールの自販機でコーラと緑茶を買い、時間を潰していた。
朝からの雨が上がり、青空が見えて来ている。 ホールの大きな窓から差し込む、春の日差しが心地良い。
「 ・・なあ、ハンスって、何でも出せるんか? 」
僕は、コーラをひと口、飲みながら尋ねた。
「 まあ、たいていのモンは、ね 」
同じように、緑茶を飲みながら答えるハンス。
「 空も飛べるし・・ 便利なヤツだな 」
僕は、コーラを飲み干しながら言った。
「 真一が、欲しいと思ってるモンを、出してやろうか? 」
「 何だよ、分かるんか? そんなん 」
「 フッ・・ オレは、天使だぜ? ・・・コレだろ? 」
イキナリ、目の前に札束が現れた・・!
しかも、数百万単位ではない。 優に、大きめのダンボール箱、2つ分はある。 数億円は、あるだろう。 しかも、札束の一番上に、女性用の下着が置いてある。
・・・ナンで?
てめえ、俺をコケにしてるのか?
金が欲しいのは、その通りだが・・ パンツの意味はナンだ? ビミョーに、当たっている気がするトコが、悔しいが・・・
「 ・・こっ・・ コレは・・! ホンモノかよ? おい! 」
見た事が無いような札束を前に、僕は驚愕した。 よく見ると、女性用のパンツの方は、今朝見た、香住のパンツに酷似している。
僕が、目を奪われて( パンツの方に )いると、札束とパンツは消えた。
「 ・・・・・ 」
ハンスは言った。
「 ホンモノだぜ? 香住のパンツの方もな・・・! 」
・・てめえ、殺されたいのかっ・・? どうやって脱がせたっ・・?
詳しく、レポート用紙10枚以上にまとめて、提出せんか。
僕が、突き詰めるような表情で見つめていると、ハンスは言った。
「 物欲は、ある意味、必要悪だ。 何も欲しがらなければ、人間は堕落してしまう。 だが、本当に崇高なのは、欲しいモノを手に入れる為に、努力するコトなんだぞ? 」
「 そんなこと、分かってるよ・・・ 」
僕は、空になったコーラ缶を、回収箱に入れながら言った。 そして、続ける。
「 だけどな・・ 人には、限界ってモンがある。 いくら頑張っても、越えられない壁みたいなモンがあるのさ 」
「 誰が、そんな壁、創った? 」
緑茶を飲みながら、ハンスは言った。
「 知るかよ、そんなん。 お前らの仕える、神様ってのが創ったんだろ。 人が、みんな天才だったら、天才がいなくなっちまうからよ。 多少に、アホや、ヘンなのがいるから、天才が存在するのさ 」
ハンスが、笑いながら答えた。
「 ははは。 そりゃ、違うな。 神は、人に差を付けて、お創りにはならなかった 」
「 だって、現に、差があるじゃないか! 俺と香住にだって、学力の差があるぞ? ・・そりゃ、多少、俺の方の努力が足りないのは、認めるが・・・ 」
この大学校内にだって、差はある。 どうあがいても僕は、7号館へは行けないだろう。
ハンスは言った。
「 神が、人間に等しく与えたもうたのは、愛だ。 真一・・ お前は、見解を間違えている。人の価値観は、知能じゃない 」
・・・いつになく、真面目に語るハンス。
何だか、妙な展開だ。 コレに似た経験が、前にあったぞ? ドコで、だっけ・・・
ハンスの声が、誰もいない学生ホールに、静かに響く。
「 真一だけ、じゃないな・・ 皆、本質に気付いていない。 まあ、それに気付かずとも、普通の生活には、何の支障もないからな。 気付かずに、一生を終えて逝く人間も多いさ 」
「 ・・・・・ 」
「 愛があるから、平和なんだ。 平和だからこそ、自分のしたい事が出来る。 何に気兼ね無く、努力出来るんだ。 ・・さっき、限界の差があるって言ったな。 勉強が出来なくたって、絵がウマイヤツだっている。 両方出来なくたって、運動神経バツグンのヤツだっている・・ 何も出来ないが、お喋りが得意なヤツ。 料理が上手なヤツ。 楽器が弾けるヤツ、ひょうきんなヤツ・・・ それぞれに、得手があるから、人間は面白いのさ。 ソイツを活かせば、いい。 知能の差など、簡単に埋める事が出来るのさ 」
・・何だか、僕にも、希望の光が見えて来たような気がして来たが・・ 現実は、そうは甘くはないだろう。
ハンスが言っているのは、理想だ。 しかも、彼には、何でも出来る力がある。 特別な、覇者にこそ言わしめたる、訓戒のような気がしてならない。
ハンスは笑った。
「 ははは。 やっぱり、真一も、そう思うか? 」
・・くそう、心を読んでやがるな。 やり難くてかなわん。
ハンスは、空になった緑茶缶を回収箱に入れながら言った。
「 まあ、人間の本質を、無理に悟る必要は無いさ。 お前には、宝物の、香住がいるしな。 それで充分、幸せだろ? 」
「 ・・ま、まあな 」
「 でも、考えてみろ。 何で、香住は、お前のコト、好きなんだ? バスケットの雄姿が、カッコ良かったからか? まあ、確かに、最初は、そうだったかもしれん。 だが、中身はチャランポランで、アタマの出来は悪いし、朝はフヌケだし・・・ 」
お前・・ メッチャクチャ言うね? いっぺん、真剣にボコしたろか?
ハンスの言葉に、しばらく考え込む僕。
・・だが、確かにそうだ。
何となく不思議に思っていたのだが、何で香住は、僕と付き合ってくれているのだろう?
時々、ふと考えていた事でもある。 香住ほどのルックスなら、もっと、イケ面の彼氏だって出来るハズだ。 誰が見ても可愛いし、品があるし・・・
ハンスは言った。
「 香住は、恋愛の中に、やすらぎを求めているのさ・・ 燃えるような情熱より、一緒にいてホッとする、ちょっと1つ、抜けた所があるようなヤツの方がいいのさ 」
それ・・ 誉めてんのか? お前に言われると、ビニョーに、ムカつんだけど・・・?
ハンスは続けた。
「 限界は・・ 自分で創った、勝手な壁だ。 人より、劣っていると思う所に、越えなきゃならない壁を作るから、限界を感じるんだ。 それより・・ 人より、優れている部分を探求しなよ。 その方が、よっぽど建設的だ。 そうしている人間は、自分に正直だし、自分に最も相応しい相手や、夢を手に入れられる。 第一・・ 他人を、うらやむ事も、しなくていいだろ? お互いが、皆、自分の足りない所を『 支えあって 』生きる・・ それが、一番、幸せな人間社会ってモンだ 」
・・お前・・ 知り合ってから初めて、天界人らしいコト、言うじゃないか。
「 つまり・・ 何も、取り得が無い者にも、愛がある・・ って言いたいのか? 」
僕の問いに、ハンスは嬉しそうに答えた。
「 そうさ。 愛は、全てに勝るんだからな。 香住は、ある意味、人間の本質を、恋愛の面から正確に捉えている。 自分が希望する恋愛に合った相手を、背伸びせずに、自然に受け入れているんだ。 モデルのような美男子の彼氏を求めるのではなく、視覚的より・・ もっとメンタルな要素を重視しているのさ。 だから壁など無く、楽しく生活していられるんだ 」
僕が、香住の最適なパートナーだとは思わないが・・
香住が、それで満足しているのであれば、こんな嬉しい事はない。
少々、頼りないかもしれないが、僕は、香住オンリーのつもりだ。 僕の方から、香住から離れていく事は、天地に誓って無いだろう。
ハンスは続けた。
「 別に、これといった取り得も無いヤツなのに、存在しているだけで愛しくなるヤツ、いるだろ? 」
・・・存在そのものが、うっとおしいのもいるが・・・?
「 香住にとって、まさに真一が、そういった存在なのさ。 多少、おつむが悪くても、フヌケでもな 」
「 なるほど。 ・・って、おいっ! 余計なお世話だ、この野郎! 」
・・・悔しいが、ビミョーに、当たっている気がする。
『 真一と一緒にいると、ホント楽しいのよね 』
香住は、よく、そう言う。
まあ、こんな僕でも、満足してくれているのならば幸せだ。今度、バイト代が入ったら、何か買ってやろうかな・・・
学生ホールに1人、誰かが入って来た。
・・飯島だ。
コイツにも、愛はあるのだろうか? 愛国心は、充分過ぎるほど、ありそうなのだが・・・
「 よう、真一。 先程は、失敬したな。 どうも最近、幻想が見えるようになって来て困る。ナンと、某国大統領のそっくりさんが、目の前に現れてね・・・ 」
・・それ、ホンモノなんだと。 良かったね?
今度は、中国の国家主席と、老酒でも飲むか?
「 いやあぁ~、参った、参った・・! 」
そこへ、あのユンファ君が、及川・市川と共に、ドカドカと現れた。
どうやらユンファ君は、一晩、交番で過ごしたらしい。 別に、器物を破損させたワケでもないので、無罪放免となったのだろう。 昨晩と同じジャージに、Tシャツを着ている。
及川が言った。
「 よっ、真一! ユンファが、出所して来たぜ。 コイツも、いっぱしの男になった。 貫禄が付いたと思わないか? 」
ユンファ君は、ホールのイスに、ドッカと腰掛け、片膝をついている。
貫禄と言うか・・ その歳でもう、既に人生の機微に翻弄され、哀愁すら感じるぞ?
ユンファ君は言った。
「 ま・・ 何かあったら、相談に乗りますよ? 任しておいて下さい 」
・・泥酔して、交番に収容されただけじゃねえか。 ナニ威張っとるんだ、お前は。
飯島が、傍らにあった自販機に、小銭を入れながら言った
「 昨日、世俗研究部の長谷川が、急性アルコール中毒で、救急車で運ばれて行ったぞ? お前ら、あいつらと、飲んでなかったか? 」
市川が答える。
「 記憶に無いな。 バイト先の小料理屋からもらって来た、伊勢エビのガラが、腐っていたんじゃないのか? 」
・・記憶、あるじゃねえか、お前。 昨日、鍋で煮ていたのは、伊勢エビの頭か・・・
ガコン、と出て来た、ミネラルウォーターのキャップを開けながら、飯島が言った。
「 よく分からんが・・ 救急車で運ばれて行く時、映研のヤツラが持ち込んだ酒が、どうのこうのって、言っていたぞ? 」
「 ・・・・・ 」
顔を見合わせる、市川と及川。
・・お前ら、部室にコロがっていた、いつからあるのか分からない、ヘンな酒を手土産に合流しおったな・・? 確かに、昨晩のお前らの酔い方は、尋常じゃなかったしな・・!
飯島は、ミネラルウォーターをラッパ飲みしながら続けた。
「 学生課の主任が、お前らを探していたぞ? 覚悟しておいた方がいいな 」
再び、顔を見合わせる、及川と市川。
及川が言った。
「 撤収するぞ、フンファ! 」
・・お前ら、いつも撤収してないか・・?
慌しく、学生ホールを出て行った及川たち。
飯島は、僕に言った。
「 真一。 もう、あいつらとつるむのは、ヤメておけ。 何のメリットにもならん 」
小さなため息を尽きながら、ミネラルウォーターのキャップを締める、飯島。
確かに、そうかもしれんが・・ どことなく、憎めないんだよな、アイツら。 アホな事ばっかりやってるケド、さっきのハンスの話しの通り、アイツらにだって、僕には無い『 何か 』を感じるんだよな・・
今のところ、その『 何か 』を表現する手段を、見出せていないだけのような気がするわ。 ・・てゆ~か、遊び心が優先し、異常な所ばかりを、誇張させているような気も・・
僕は言った。
「 天才は、バカと紙一重だ、って言うぜ? 」
飯島は、鼻で笑いながら答えた。
「 確かに、そうかもしれんが・・ ほとんどの場合、まずカンペキに、バカばっかりだぜ? 」
・・・おっしゃる通りです・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます