第13話、朝イチから・・・

 アイツが、僕の部屋に居候し始めて、2日目の朝を迎えた。

 今日は、朝から雨だ。 窓の外から、雨水をハネ上げて往来する車の音が聞こえる。 香住は、来ないだろう。 ・・・従って、二度寝が出来る。

 僕は、一度、携帯の時計を確認すると、再び布団に潜り込んだ。 しかし、ガバッと布団をハネ上げ、『 あるモノ 』を凝視した。


 ・・・ハンスが、羽を出し、宙に浮いている・・・!


「 よう、真一! 少し、飛べるようになったぞ♪ 」

 畳敷きの6畳間に浮きながら、にこやかに言う、ハンス。

 僕は答えた。

「 う~む・・ 信じてはいるが・・ やはり、信じられない・・・! 」

 ハンスは、部屋の中を、スイ~っと周回して見せた。


 ・・・お前・・ それでメシを食っていく気は、ないか? なんだったら、プロデュースさせてもらってもイイぞ・・・?


 ハンスは、羽をしまい、畳の上に降りると言った。

「 完全に飛べるようになるまでには、もう少し時間が掛かるな。 さあ、学校、行こうぜ! 」

 僕は、布団を頭から被り、答えた。

「 まだ早い・・ あと3時間15分と、26秒は、寝られる 」

「 ウソつけ! 1時間目の講義は、9時からだろうが? 補講、受けなきゃいけないんだろ? 」


 ・・・チェック、細かいな、お前・・・! いつの間に、そんなコト調べたんだ?


 聞こえなかったフリをして、何も答えない僕。

 ハンスが言った。

「 香住・・ 呼んじゃうぞ? 」

 今日は雨だから、来んわ、バカめが・・・

 僕は、布団を被ったまま言った。

「 雨の日は、お袋さんが、車で駅まで送って行くんだよ。 香住ンち、駅から遠いからよ。 残念だったな・・! 」

 布団を少し開け、ハンスに向かって舌を出し、からかう僕。

 突然、香住が、ポンッと僕の前に現れた・・・!

「 ・・・・・ 」

 前に、小さなリボンが付いた、可愛い白いパンツ。 同じく、胸元に同じような、小さなリボンが付いた白いブラを、後ろ手で、はめている。

「 ・・・え・・・? 」

 辺りを見渡す、香住。

 全裸ではないが、ソレに近いモノがある。 足には、校章の刺繍が入った白いソックスを履いているだけだ。 めっちゃ、エロい・・・!

 僕は、布団の中から言った。

「 ・・・やあ・・ 元気・・・? 」

 香住と、目が合った。 じっと、僕を見ていたが、突然、すみれ荘に響き渡るような金切り声を上げた。

「 きゃああああああああああああああああああああ~~~~~~~っ! イヤああああああああああ~~~~~~~~っ!」

 隣の、梶田の部屋から、ドスンという物音が聞こえた。 1階の方からは、パリーンと言う、茶碗が割れるような音。 更に、やはり、1階のドコかの部屋からは、ガランガラン! と言う、鍋が落下したような音が聞こえた。

 両手で自分の両腕を抱え、内股になって言う香住。

「 なっ・・ ナンなのっ・・? ナンなのぉぉ~? コレ! ナンで、あたし・・ 真一の部屋に、いるのおぉぉ~っ? 」

 僕は、フトンの中から、寝たまま言った。

「 あ~・・ 香住? あ、あのね・・ 落ち着きなさい。 コレにはね、深ぁ~~いワケが・・ 無いか 」

「 し・・ 真一が・・ ハンスを、そそのかしたのねっ・・? 今頃は、着替えている頃だ~、とか何とか言って・・! 」

「 ばっ・・! ち、違うよっ! 俺は、ただ・・ 」

 弁解をする為に、起きようとした僕。

「 イヤあああああああああああ~~~~~~、見ないでええええええええ~~~っ! 」

 次の瞬間、香住の、足の裏のソックスの感触が、僕の顔面に確認出来た。 洗剤の香りと共に、鈍い衝撃が、僕の脳髄を揺さぶる。 一瞬、香住の秘密の股間が、まぶたに映ったような、違うような・・・ 脳裏に、圧縮・冷凍ファイルされていた秋元先生の股間CG映像が、瞬時に、解凍ツールによりフラッシュバックする。


 ・・・香住の方が、イイ・・・ かな?


 少し、満足気に微笑みながら、僕は、暗黒の世界へと落ちて行った・・・


 ・・・目が覚める。

 ナニやら、側で誰かが叫んでいる。

「 だめよ! ちゃんと講義を受けなきゃ! 真一、タダでさえ単位、足りないんだから 」

 香住の声だ。 誰かと話しをしているらしい。

 僕は、ぼんやりと映る、目の前の白い物体を眺めていた。 ・・ナンだ? コレは。

 段々と、ピントが合って来る。 可愛いレースが付いた、白い布だ。

「 ・・・・・? 」

 僕は、情況が把握出来ないながらも、この『 物体 』が、とてつもなく魅惑なアイテムである事を確証した。

 目の前にある、この『 物体 』・・ どうやら2つあるが、それが僕の顔に押し付けられており、暖かく軟らかい『 部分 』で鼻が押さえ付けられ、息が充分に出来ない。 ほんのりと、良い匂いがし、夢心地で大変良いのだが・・・ 段々と、息苦しくなって来た。

 手足をバタつかせる、僕。

「 あっ・・ 真一っ! 気が付いた? 良かった・・! ごめんね? 蹴っ飛ばしちゃって・・! 」

 『 物体 』が、僕の顔から離され、呼吸が楽になった。

「 ぶはっ・・! ハア、ハアっ・・! 」

 僕は、香住に、抱き締められていたのだ。 やはり、その『 物体 』は、愛しい香住の胸だった。 しかも、ナマ。( やらしい表現 )

 香住は、バサッと、布団を僕の頭に被せると言った。

「 見ちゃ、だめっ! 真一、ソコに座って! 」

 大人しく、命令に従う僕。 頭から布団を被ったまま、香住の前の畳に正座する。

 香住が言った。

「 聞いたわよ? 真一・・ 講義、サボろうとしたでしょ? 」

「 ・・はい、ごめんなさい 」

 布団を被ったまま、僕は、素直に答えた。

「 ホンっト、朝が弱いのよねえ~? 真一って 」

「 ごもっともで・・・ 」

「 早く寝ても、朝は、一緒なのよね~・・・ 」

「 いちいち、ごもっともです。 ・・ナンとかして下さい、ホント 」

「 でも、今日は、もう目が覚めてるわよね? 」

「 はい。 そりゃもう、バッチリで。 1回、寝ましたが、もう大丈夫っス。 バリバリ、学校行きますわ 」

「 よろしい。 向こう向きになって、布団を取りなさい 」

「 はは~~~ 」

 うやうやしく返事をし、向こう向きになって布団を取る。 香住は、僕の後から両手を伸ばし、その両手で、僕の両ほっぺたを、ギュ~っとつねりながら言った。

「 見られちゃったケド・・ 真一だから、許してあげる。 でも・・ もう、こんなのナシよ? いい? 」

「 ・・はい。 きほに( 肝に )めいひておいまふ( 命じておきます )、ひへ( 姫 )」

「 よろしい 」


 やがて、しばらくの沈黙・・・


 ハンスが言った。

「 香住、ウチに送り帰したぞ? もういいから、コッチ向けよ 」

 ・・僕は、ゆら~りと、向き直った。 憎悪の目で、ハンスを睨む。

 ハンスが言った。

「 お・・? ナンだ? その目。 香住のハダカを見れて、良かったじゃねえか。 感謝してほしいねえ~ 」

「 ・・・てめえも、見やがったな・・・? 」

「 フッ・・ 次元が違うぜ。 ナンなら、アイドルを、すっぽんぽんで出してやろうか? 誰がいい? AKBか? 欅坂か? 」

 ・・ある意味、お前は、ホントに天使だな。 もし、及川と組んだら、世界が破滅するわ・・! そのポテンシャルを確証していなかったとは言え、とんでもないヤツを及川に紹介しちまったぜ。 今後、ヤツには、近付けさせないようにしなくては・・・



 雨の大学。

 芽吹いた新緑が、水玉に光っている・・・

 校内の歩道に落ちる、小さな雨粒。

 所々に出来た水溜りには、幾重にも広がる波紋が、音もなく輪を描いている。

 静かな、優しい雨だ・・・


 電磁波の講義。

 僕は、いつになく、マジメに受けた。

 朝イチの、香住の、あられもない姿・・・

 世界で、イチバン美しいものを見た、今日の僕の脳は、絶好調だ。

 ルンルン気分で、僕は、講師のレクチャーをノートに書き写した。


 次は、半導体の講義だ。

 これも踏破。 今日は、イケる。


 更に、絶縁体とシリコンの特性について。

 へっ・・! シリコンなんぞ・・ 香住の、ナマ胸に勝るモンは、無いわ。

 ナンでも、来んかいっ!


 意味不明な啓発思想に駆られ、僕は、張り切って頑張った。 これも、香住のお陰だね。 ありがとう・・!

 隣に座っていた久美が、感心したように言った。

「 どうしたの? 真一。 急に、真面目に講義を受け出しちゃって・・ 」

 黒板と、ノートを交互に見ながら、僕は答えた。

「 やっぱ、カンフルは必要だね・・! プライスレスなモンは、尚更、良く効く 」

「 ? 」

 久美は、良く分からない、と言ったような表情をし、不思議そうに僕を見ていた。


 昼食時間。

 例によって、僕は、カレー。 ハンスは、ヒレカツ定食だ。 ・・ナンで?

 とりあえず、たくあんを見つけたので、それは没収しておいた。


「 やあ、真一。 相席、いいかい? 」

 ・・・飯島だ。

 ヤだな。 メシくらい、大人しく食わせて欲しいものだ。

 しかし、邪険にするのも変なので、僕は言った。

「 ああ、いいよ。 だけど、演劇の勧誘はお断りするぜ? 俺には、合わん 」

 飯島は、カツカレーの乗ったトレイをテーブルに置きながら答えた。

「 ははは。 ホントは、入りたいクセに 」


 ・・ナンで、断定するんだよ。


 飯島は続けた。

「 ま、千島列島の問題も、捨て置けんがな 」

「 ・・・・・ 」


 会話のキャッチボール、しないか・・? なあ?


 飯島は、スプーンの先で、カツをズカッと突き刺しながら言った。

「 大体、ロシアは、戦後半世紀以上経つってのに、島の1つくらい返せ、ってんだよ! 戦利品だと? 戯言をほざくな・・! 条約を無視しての参戦だ。 強奪と認識されてもおかしくない! 」

 学生食堂のテーブルで、カツ相手に怒っていても、仕方無いだろ? 講演なら、許可をもらって、学生ホールでやれっての・・!

 カツを1つ、口に放り込と、それを噛みつつ、僕を上目で見ながら飯島は言った。

「 南鳥島は、島ではなく、『 岩 』だと? ・・フザケんな・・・! 」

 ・・僕に怒るなよ。

 今度は、ソッチ、行ったのか? 北から南へ、忙しいヤツだな。

「 排他的水域を無視し、大陸棚をタテに、国際上、認められている国境までも無視する自己中心的国家など、地球上に存在してはイカンのだ! 」

 大きく、出たな。 相変わらず、クレームが入りそうな思想、思いっきりブチ撒けているぞ、お前。 ウチの大学にも、中国の留学生がいるんだ。 呼んで来てやろうか? 彼ら相手に、言ってくれないか・・?

 ルーを絡ませたご飯を食べながら、飯島は続けた。

「 政府開発援助を受けながら、その支援国を名指しで批判するなど、もってのほかだ! ベトナムだって、日本の国連理事国入りには、賛成しなかった・・ 何十年も、日本からの支援を受けてるのにだぞ? ナメとるとしか思えんっ・・・! 」

 ODAの文句は、与党に言え。

 ハンスが、ヒレカツを食べながら、僕に言った。

「 なあ、真一。 今日、帰りにゲーセン、連れてってくれ♪ 」

 お前な~・・・ よくもまあ、この情況で、この会話に全くカンケーないコト、スカッと言えるな?

 ・・ほれほれ、飯島の目、見ろよ。 すっげ~、怖い目、してんじゃねえかよぉ~・・!

 飯島が、ハンスを睨みつけながら言った。

「 世界の警察気取りでいる某国は、そのうちに、痛い目に遭うぞ・・・? いつまでも、日本が、ポチでいるとは限らないからな・・・! もし、オレが大統領に会う事が出来たら、ガツンと言ってやる 」

 瞬間、飯島の横の席に、1人の男性が現れた。 濃紺のスーツを着て、ネクタイをしている。 どうやら、外人だ。 右足を組み、両手を膝の上に組んでいる。

 ・・・どっかの大統領に、似とるが・・ もしや・・・?

「 ン? 」

 青い目の男は、辺りを見渡した。

 飯島も、彼に気付いたが、トレイに目を移す。 途端、びっくりしたように、もう一度、男を見た。

「 What・・・? 」

 互いに、目を合わす、飯島と男。

「 ・・・・・ 」

 スプーンを握り締めたまま、唖然とした表情の飯島。

 ハンスが言った。

「 どうした? 早く、ガツンと言ってやれよ 」

「 ・・・・・ 」

 左手で、目を擦る飯島。 再び見ると、男の姿は消えていた。

「 ・・どうやら、オレは、疲れているらしい。 失礼する・・ 」

 トレイを持って、飯島は席を立ち、そのまま、どこかへと姿を消した。

 僕は言った。

「 ・・なあ。 今の・・ お前が出したの? ホンモノ・・? 」

「 決まってんじゃねえか。 国防総省の中で、国務長官とナニやら話してたから、借りて来た 」

 あっけらかんと答える、ハンス。


 ・・・すげえモン、見させてもらったわ・・・!

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