第10話、『 余興 』

 トイレから出て来ると、リハーサルを終えたらしい数人の部員たちが、ロビーで受け付けの準備をしていた。 父兄だろうか、何人かの来場者が、既に来ている。

「 開演は、5時からで~す! しばらく、このロビーでお待ち下さ~い 」

 先程の宮野ちゃんが、声を上げている。 詩織ちゃんも、その傍らで、プログラムの仕分けをしていた。

 みんな、頑張ってるね。 今日のコンサートもおそらく、大成功だろうね・・・!

 ニコニコしながら、しばらく、その開演準備に追われている部員たちの姿を見ていた僕。

 後から声がした。

「 真一、ちょっといい・・・? 」

 香住だ。

「 おう、どうした? 」

「 ちょっと、コッチ来て・・・! 」

 ロビーの隅に、僕の腕を引っ張り、連れて行く。


 ・・・ナンか、様子がおかしい。 ヤな予感が・・・


 香住は、ロビー脇にあった自販機の陰に、僕を引っ張って行くと、辺りを見渡し、腕組みをして僕を見つめた。


 ・・・更に、ヤな予感・・・


「 どうしたんだ? 緊急事態か? 」

 僕が尋ねると、香住は、じっと僕の目を見ながら言った。

「 ・・・そうね。 緊急事態かも 」

「 何だよ。 早く言えよ・・・! 」

 じっと、僕を見つめる、香住の目。

 ・・・ニガテだ。

 僕は、香住の・・ この表情の目が、ニガテだ。

 意味もなく、恐縮してしまう。 香住が腕組みをして、この目をした時は、特にヤバイのだ。 今までの経験から言って、僕に非がある場合の時が多い。 ・・てゆ~か、完全に、僕が悪い時だ。

 香住が言った。

「 ハンスが来てるわ・・・ 」

「 ハンス? 大学で、及川監督と遊んでいるハズだけどな・・ 帰って来たのかな? 」

 香住は、僕の目を見つめたままだ。


 ・・・お願いです。 その目、ヤメて下さい。 怖いっス・・・!


 香住は言った。

「 姿を消して、来てるの。 さっきのリハの時、あたしの横にいたのよ。 色々、報告をしてくれたわ・・・ 」

「 何を・・? 」

 言っておくが、ヤツの報告は、信憑性が無いぞ? ナニを報告されたんだ・・・?

「 真一・・・ 秋元先生の胸、柔らかかった? 」

「 ・・・はう? 」

「 はう? じゃないの。 ハンスから聞いたわよ? 真一・・ 秋元先生の股間も、のぞいたんでしょ・・! 」


 ・・なっ・・! ちっ、ちょっと待てえェ~っ!

 あ~ンの野郎ォォ~~・・! 俺に、破滅をもたらす気かっ・・?


 僕は、慌てて言った。

「 ち、ちょっと待て・・! その報告には、かなりの個人的主観が・・ 」

「 見たんでしょ? 」

「 見てないって! 正確には・・ 見えたのか見えなかったのか、分からんくらいだよっ・・! 」

 必死に弁明する、僕。

 香住は、腕組みをしたまま、じっと僕を睨んでいる。

 ああ・・ 怒った顔も可愛いね、香住・・・! って、ノンキな事、言っている場合ではない。

 確かに、見えたような気もするが、僕の意思じゃない。

 調整室の時だって、偶然、秋元先生の胸が、触れただけだ。 決して、望んだシチュエーションではない。 嬉しかったのは、事実だけど・・・ まあ、ついでに、トキメキを覚えた事については懺悔するが・・・

 香住は言った。

「 そりゃ、秋元先生は美人よ? 大人だし・・ だけど、のぞくなんて・・! 」

「 のぞいてないっちゅうに! 偶然、見えそうになっただけだよ・・! 」

「 でも、ワクワクしたんでしょ? 」

 はい。 違う~~~っ・・・!

 僕は言った。

「 綺麗なモノ・・ 魅力的なモノを見たら、ワクワクすんのは、人間の摂理だ! 俺は、香住を見る度、毎日、ワクワクしてんだぞ? 今回は、たまたまだ・・! 情状酌量の余地をくれたって、いいじゃないか 」

 僕は、少し開き直って弁解した。

「 ・・・・・ 」

 じっと、僕を見つめる香住。 やがて、言った。

「 真一の方から、のぞいたんじゃないのね・・? 」

「 当ったり前だろ? 偶然、そういう位置に、いただけだよ・・・! 」

 ・・・何とか、収まりそうだ。

 僕は、追伸した。

「 俺は、香住オンリーだよ。 じゃなきゃ、毎回毎回、手伝いに来るもんか 」

 香住は右手の指で、僕の左のほっぺたをギュ~っと、つねった。

「 ・・・ヘンな、顔 」

 勝手に、ヒトの顔を変形させておいて、文句言うなよ・・・

 香住は、僕のほっぺたを、つねったまま言った。

「 真一を信じて・・ 許してあげる。 公園の向こうにマック、あるよね? ナンか、小腹が空いちゃったな~、あたし 」

「 ・・はっほふ( 早速 )、ご用意致ひはふ( 致します )、ひへ( 姫 ) 」

「 よろしい 」


 ・・・ハンス。 てめえは、今晩、廊下で寝ろ・・・!


 香住から開放され、公園の向こう側にあるマックへパシリさせられた後、調整室に戻ってみる。

 コントロールパネルのイスには、ハンスが座っていた。

「 よっ、真一! 」

 ・・よっ、じゃねえっ! ロクでもない事、香住に吹き込みやがって・・! てめえは、ユダか。

 僕は、傍らにあったマイクシールドを手にすると、それを両手首に巻き付け、ビンビンと張りながら言った。

「 ・・要らん事、香住にチクってくれたな? テメー・・! ああ? 」

「 ちょっと、からかってみただけだよ。 気にするな 」

 一笑しながら、答えるハンス。

「 ナニが、気にするな、だ! 言葉の使い方、理解してねえな? お前 」

「 多少は、スリルあったか? 」

 ・・・メッチャ、あったわ。 一時は、どうなるかと思ったぜ・・・!

 僕は、マイクシールドをハンスの首に巻き付けながら答えた。

「 ど~もお前は、心配だ・・ 大人しく、ココにいろ 」

 首輪のように結び、デッキラックの取っ手に縛る。 しかし、次の瞬間、ハンスは僕の横に立っていた。 ・・イスに絡まっている、マイクシールド。

「 ・・・・・ 」

 やはり、お前はイリュージョン役者か・・・?

 ハンスが言った。

「 たまにはスパイス、効かさないとな。 お前らの間に、更なる信頼が生まれたってワケだ。 礼を言って欲しいくらいだね 」

「 ヘタしたら、破滅への序章だったんだぞ、コラ! 続いて、俺の許可無く、続編の第一章なんぞ創作したら、着実に殺すかんなっ? 」

「 意外と嫉妬深いんだな、香住は 」

「 違う! 純情なんだよっ、香住は。 てめえが思っているより、純粋なんだよっ! 」

「 ふ~ん・・ 真一は、そこんトコにホレた、ってワケか? 」

「 イカンのか! 香住は、俺の宝なんだからな! すんげ~、いい子なんだぞ! あんな、純で可憐な子・・ そうは、いないんだっ! もし、別れるコトになったら、てめえ~・・ ブッ殺してやるかんな! 覚えとけっ! 」

 会場から、キャーキャーと騒ぎ声がする。

「 ? 」

 調整室の窓から見ると、開演前に備えて、会場内の手荷物などを整理していた生徒たちがこちらを指差し、笑っている。 ステージ上で、ヒナ段の最終調整をしていた香住は、他の部員たちに、肩を突付かれたりしているようだ。 恥ずかしそうに真っ赤な顔をし、下を向いている。

「 ・・・・・? 」

 ニヤついている、ハンス。

 僕は、ハッと気付き、コントロールパネルの、マイク切り替えスイッチを確認した。


 ・・・スイッチは、調整室オンになっている・・・!


( げえええっっ・・! )

 ハンスとの会話は、会場中に流れていたらしい。

 ・・最悪だ。 穴があったら、入りたい・・! 無かったら、掘ってでも入りたい・・!

「 香住ィ~? お幸せに~♪ 」

 そう言うと、ハンスは、マイクスイッチを切った。

 ・・・てぇ~ンめえぇぇ~~~~・・! ○ラギノール、鼻から全部、注入してやるうぅ~~~・・・!

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