第7話、禁断の部屋、『 映研 』

 ・・・ドアが、途中までしか開かない。


 見ると、床に置いた( 散らかした )ダンボール箱が、ドアに引っ掛かっている。

 ダンボール箱の中には、粉洗剤やトイレットペーパーなどと一緒に、大吟醸のポン酒が入っていた。 洗剤の箱は裂け、中身が箱の中に流出。 湿気で固まっているようだ・・・

 足先でダンボール箱を押しのけ、ドアを開ける。


 また引っ掛かった・・・


 頭を部室の中に入れて覗き込むと、ドアの内側にカーテン生地や衣服が、山のように積まれているのが見える。 撮影衣装のようだ。 洋服あり、着物あり、コック服あり・・・ ナゼか、セーラー服まである。

 お構い無しに、ギュッとドアを押し開ける。

「 押すな、真一! 大切な衣装なんだぞ! 集めるのに苦労したんだ 」

 部室の奥から、及川が言った。

「 大切なモンなら、もっと大事に保管しておけよ。 まるで、廃品のような扱いじゃねえか 」

「 なにせ、狭いからよ 」

 部室奥にある机に向かい、コンテを描きながら、及川は答えた。

「 ハンス、入って来い・・・ 及川。 連れて来たぞ? 」

 ハンスが、辺りをキョロキョロ見渡しながら、部室に入って来る。

 扉が、ベコベコにヘコんだ事務ロッカーを指差し、尋ねた。

「 真一。 コレ・・ 仏壇? 」


 ・・・違うわ。

 開けるなよ? 死体が入ってるかもしれん。


 及川が、コンテ帳を閉じ、立ち上がると言った。

「 もうすぐ、今回の作品の、主演女優が来る。 新人だ。 渋谷のハチ公前で、スカウトしたんだ。 お互い、顔合わせしてくれ 」

 ・・・家出少女を言いくるめて、拉致って来たんじゃないだろうな・・・?

 心配顔の、僕の心情を察したのか、及川は言った。

「 大ぁ~い丈夫だって・・! 群馬から来た、女子高生だ。 心配ない 」

 平日の真っ昼間に、ナンで群馬くんだりから、女子高生が来んだよ! ソレ、間違い無く、家出少女じゃねえか・・・! てめえ、ナンの映画、撮るつもりなんだ?

 僕は言った。

「 身元を確認した方がいいぞ? ナンか、アヤシゲじゃねえか? 家出少女のような気が・・・ 」

「 心配すんなって! 」

 一笑する、及川。

「 でも、親には、言っておいた方がいいぞ? 未成年なんだからよ 」

「 事情があって、言えないそうだ 」

 それみろ! やっぱ、家出少女じゃねえか! フツー、気が付かんか? それくらい・・・!

「 狭いトコ~ 」

 後から、声がした。

 振り向くと、1人の少女が立っている。 どうやら、及川がスカウトした女の子らしい。

 ジーンズにトレーナー、金髪に染めた髪。 白いダウンを着ている。 しかも、ガングロ・・・! 絶滅したんじゃ、なかったのか・・・?

 両手をダウンのポケットに突っ込み、入り口の壁にもたれながら、フーセンガムを膨らませている。 ・・思わず、ビンタを張りたくなる態度だ。

 彼女の顔を見たハンスが言った。

「 キミ、どうしたの? その顔。 ・・もしかして、蒸気機関車のボイラーマン? 」

 彼女は、ハンスを流し目で見ると、ガムをクチャクチャさせながら言った。

「 ナニそれ? アンタ、外人? 」

 及川が言った。

「 やああ~! よく来たね、サエコ君! ささ、入って入って。 散らかってるけど、ゴメンネ 」

 ・・・確かに、散らかっとる。 てゆ~か、爆撃されたようだわ。

 いっその事、ホントに噴き飛ばした方がスッキリしないか・・? ココ。


 サエコと言う少女は、及川の出したパイプイスに座った。 イキナリ足を組み、腕組みをする。( ガムを噛みながら )

 彼女は言った。

「 てゆ~かさ~、あたし、泊まるトコ、無いんだよね。 ココ、泊めてもらっていい? 」

 及川は、ニコニコしながら答えた。

「 モチロンさ。 スキに使ってもらっていいよ? 」


 ・・・おい。


 及川は、ハンスを指差しながら言った。

「 あ、カレが、助演男優のハンスね。 隣は、やり手プロデューサーの真一 」

 ・・・勝手に、俺を巻き込むなっ! お前の、クソ映画をプロデュースする気は無いっ! しかも、やり手って、ナンだ・・・?

 サエコは、僕らの方は振り向きもせず、右手を上げると指先でピースを作り、言った。

「 よろしぃ~くうぅ~~~? 」


 ・・・はよ、コイツ、宇宙帰せ。 多分、台本の字、読めんぞ・・・?


 及川が、コンテ帳を手にしながら言った。

「 コンテ、進んでるからね! 早速、明日からクランクインだ。 今日は、まず、台本合わせをしよう。 ・・あ、真一。 お茶、出してくれるか? 」


 こ・・ この野郎おォ~~~・・ 調子に乗りやがって・・・! さっきは、やり手プロデューサーで、今度は、お茶汲みかよ・・・!

 茶だけ出して、サッサと帰るか。 こんな、イケイケ女が主演では、先が知れてる。


 僕は、傍らにあった冷蔵庫( ワンドア:中古 )から、誰が飲んだのか知らない( いつからあるのかも知らない )ペットボトルの緑茶を出した。

 そこいらにコロがっていたコップを拾い、付いていたホコリを、フッと息を掛けて払う。 そして、及川の机の上に、そのまま両方、ドカっと置いた。

 及川が、僕に言った。

「 なあ、真一。 ココんトコなんだけど・・ やっぱ、相手役の男が、叫んだ方がいいかな? 寡黙なイメージで行きたいのは、あるけど・・ あ、サエコ君、カレね、演出家でもあるんだ 」

 ・・・また、いっこ、役職を付けおって・・・! 読んでもいない台本の演出が、分かるか。 しかも、今、見てるの・・ それ、台本か? 直しまくって、真っ黒けじゃねえか。 読めんわ! 宮沢賢治も、ソコまでは原稿の手直し、せんぞ?

 僕は、テキトーかました。

「 気が狂ったように叫んだら? その方が臨場感がある 」

「 なるほど。 うん、うん・・ そうだな。 さすが脚本家だ。 レクチャーがタイムリーだね 」


 ・・・いつのまにか、脚本家になっとる。 しかも3秒で。


 ハンスが言った。

「 こんなん、出て来たよ? 」

 勝手に、事務ロッカーを開け、中から、可愛らしいアヒルの首が付いた、おまるを出すハンス。 0歳児用の便器だ。 ナンで、そんなモンが事務ロッカーの中に・・・?

 僕は、ハンスの手から、おまるを取り上げると、事務ロッカーの中に戻しながら言った。

「 勝手に触るなって・・! 死体が出て来たら、どうすんだ? 」

 及川が言った。

「 ああ、そんなトコにあったんか。 前に、撮影小道具で使ってな・・ ココ、トイレが遠いんで、腹の調子が悪かった時に使おうと思って探したんだが、見つからなかったんだ 」


 小道具だと・・・? ナンの映画、撮ってんだ? てめえ・・!


 事務ロッカーに、おまるを戻す。

 ふと、ロッカー内の棚の上に、位牌があるのに気付いた。


 ・・・ホンモノじゃねえだろうな? コレ・・・


 更に、その隣に鎮座している骨壷には、法名らしき名前がある。 あくまでも撮影用で、架空氏名であると言う事を祈ろう・・・

 骨壷の隣には、使用済みで、ロウの垂れている大きなロウソクがあった。 上部からブラ下がっている浣腸用の巨大注射器も、何だか、えれ~気になる・・・! 入手経路と、使用実績を追求したら、及川は、何と答えるのだろう?

「 こんなん、出ました! 」

 今度は、本棚の上から、良く出来たゴム製らしきゾンビマスクを手に取り、嬉しそうに報告するハンス。


 ・・・触るなって・・・! ソレ・・ 行方不明になってる、部員かもしれんぞ・・・?


 サエコ君が、ダウンの内ポケットからタバコ( マルボロライト・メンソール )を出しながら、及川に言った。

「 灰皿、ある? 」

「 え~と・・ ちょっと待ってね? 来客用の、キレイなやつが確か・・・ 」

 やめいっ、高校生に、灰皿を出すな・・!

 及川が、机の横の引出しを開けながら呟いた。

「 ドコだっけな~・・ え~と 」

 3段ある、一番下の引出しを開けると、及川の表情が変わった。

「 ・・イカン、イカン・・! ココは、ダメだ 」

 慌てて、引出しを閉める及川。

 ・・・おい。 今、ナニがあったんだ・・・? 言えよ、お前。 聞きたくないし、見たくもない気もするが、気になるじゃねえか・・・!

「 コレか? 」

 またハンスが、勝手に、そこいらのモノに手を触れ、言った。 ハンスの手には、真っ赤に錆びたカマが握り締められていた。

 ・・・ナンで、そんなモンが、ここにある? 映研は、校内の草刈もしてるのか・・・?

 それにお前、今、傍らに置いてあった数珠をポケットに入れたろ・・・? 数珠の存在もビミョーだが、それをパクる、おまえもお前だ。 数珠を万引きして補導されたヤツなんて、聞いたコトないぞ?

 及川が、机の上にあった缶ビールの缶をチャプチャプ振り、サエコ君の前に置きながら言った。

「 ゴメン。 見当たらないや。 コレで我慢してね 」

 サエコ君が、タバコの灰を、缶ビールの中に落としながら言った。

「 ナンか、飲みたくなっちゃったな、アタシ。 あとで、どっかで買ってこようっと 」

 ・・・それで、大人っぽいセリフのつもりか? お前。

 その、缶の中のビールでも飲めや。 遠慮せずに、ぐっとイってくれ。 大丈夫だ。キミになら、出来る。 多分・・

 及川が、僕に言った。

「 今回の殺陣( たて )は、アジア拳法研究会の市川に頼んでおいた。 カレなら、迫力あるシーンを演出してくれるだろう 」

 ふ~ん、良かったね。 俺、カンケーないから、どうでもいいわ。

 及川が続けた。

「 もう、部室でシミュレーションしているハズだ。 みんなで行こう。 サエコ君も、どうだ? 」

 ・・・市川か・・・

 カンフーにハマっている、自称、格闘家だ。

 ブルース・リーを神と仰ぎ、サモ・ハン・キンポーを師匠としていると豪語する、いわゆるオタクである。 夢の中で、スティーブン・セガールに師事したとも、ほざいているらしい。

 及川は、市川の事を、無二の親友だと言っているが、やはり、類は友を呼ぶのだろう。

 しかし・・ 恋愛モノに、殺陣が必要なほどのアクションシーンが、はたして必要なのだろうか?

 ハンスが言った。

「 オレ、剣道やフェンシングは出来ないけど、フィッシングなら負けないぜ? 」

 ・・・お前は、黙っとれ、っちゅうに。 てゆ~か、フェンシングとフィッシィング・・全然カンケー無いぞ? ソレ。 シャレのつもりか? ノンキで良いな、お前さんは。 でも、天国で・・ どうやって釣りなんぞするんだ・・・?

 無言で、じっとハンスを見つめる僕。

 ハンスが、笑いながら言った。

「 ポセイドンのヤツ、すぐ、エサ取られちまってさ。 意外と、ヘタクソなんだぜ? アイツ 」

 ・・・ギリシャ神話の海神と、天使が、並んで魚釣りかよ・・・

 教会の壁画に、そんなんがあったら、威厳もナニもあったモンじゃないな。

 ねえ・・ひとつ、聞いていい? その時のエサって、ナニ・・?


 僕とハンス、及川は、2つ隣にある市川の部室へ行く事になったが、サエコ君は拳法に興味が無いらしく、「 寝る 」 とか言って、パイプイスに座ったまま、寝てしまった。


 ・・・この『 主演女優 』と、及川の脚本である。

 多分、今回も、究極のクズ映画製作となる事だろう・・・

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