第6話、キャンパス探検隊

 午後の講義終了後、僕はハンスを連れて、及川の映研部室へと向かった。


 途中、5号館の前を通り掛かる。

 和弘が、正面玄関ロビーの階段を下りて来た。

 僕の歩いて行く方角に気付き、和弘は言った。

「 ・・ん? お前、7号館へ行くのか? 法学部なんぞに、知り合いがいたとはな 」

 持っていたテニスラケットを、クルクルと廻している。 最近、テニス部にも所属した久美の相手を、これからするらしい。 和弘は高校時代、テニスをしていて、インターハイにも出場している腕だ。 唯一、久美に勝てる分野である。

 僕は言った。

「 違うよ、及川んトコだ 」

「 何だ? また、出演を頼まれたのか? やめとけって。 最近、ヤツの脚本は、更に怪しげだぞ? ヘンな連中とタッグ組まされて、病気うつされても知らないからな 」


 ・・・どんな脚本だよ。 ロマンポルノの域を越えてるな・・・!


 僕は言った。

「 監督が、ハンスに興味を持ってな。 これから預けに行くんだ。 俺は、関知しないよ。 関わりたくないし 」

 和弘は、ハンスの顔を、しげしげと眺めながら言った。

「 ・・なるほど、外人がらみか。 国際問題に、発展しなきゃいいが・・・ 」

「 脅かすなよォ~! 紹介者として、躊躇しちまうだろうが 」

 ハンスが、僕に尋ねた。

「 真一。 国際問題って・・ たこ焼きにソースをかけるか、醤油をかけるか、って話しか? 」

「 ・・・・・ 」


 そんな話し・・ いつした? コラ。 勝手に、会話ログを創作するんじゃねえ!


 じっと、見つめる僕に、ハンスは、笑いながら言った。

「 ははは! そうか。 真一は、たこ焼き、食べた事ないもんなあ~! ごめん、ごめん! 」

 あるわっ! ナメとんのか、てめえ~! 金が無くて、メインディッシュになる時もあるわっ! ・・威張れんか・・ ちなみに僕は、ソース派である。

「 そうなのか・・? 真一・・・ 」

 和弘が、宇宙人を見るような目で、僕を見つめる。

「 ンなワケ、無いだろっ? コイツ、日本語の意味が良く分かってないんだよ。 真に受けるな 」

 ハンスが言った。

「 そう言えば、真一は・・ カップ麺以外の焼きソバも食べた事無い、ってホントか? 」

 ・・・てンめぇ~・・! さも、知ったかのように、いけしゃあしゃあと言うじゃねえか・・・? どっからそんなネタ、拾って来た? もう一回、気絶したいのか? コラ・・!

 和弘が言った。

「 オレも、そう言えば・・ 最近、食ってないな・・・ 」

 ・・・お互い、苦学生は辛いね・・・


 法学部がある、7号館。 歩いている学生たちも、どことなく知性を感じる。

 皆、行く末は弁護士か、裁判官にでもなるのだろうか・・・

 まあ、全く違う分野に進む学生もいるが、現在は、法律を勉強している者たちには違いない。 僕なんかでは、足元にすら及ばないくらい高いIQの持ち主たちばかりなのだろう。


 とりあえず7号館には入るが、目的は、校舎裏側にあるクラブハウスである。

 正式名称、3号館・・・

 20年以上前からある古い2階建ての建物で、現在は、講義には使用されていない。 もっぱら、倉庫とクラブハウス用だ。

 極小規模の部まで入れると、数え切れないくらいの文科系の部が大学内には存在し、そのうち、半数以上の部の部室が、この建物の中にある。 一部、部屋を複数の部が使用している所もあり、中には、ひと部屋を4分割している部屋もある。 まるでカプセルホテルのようだ。 従って、雑種多用な学生たちが出入りし、内装状態・設備状況などは、講義に使っている校舎より、かなり悪い。

 ハッキリ言って、汚い・・・


 入り口の、鉄製の押し扉を開けて、中に入る。 ロビーの壁には、各クラブからの連絡事項や、部員募集の手書きポスターが所狭しと貼られている。

 ロビーの隅には、破れたソファーが3脚。 シートの色が違う長いソファーには、学生が1人、あお向けになって寝ていた。 胸の上で、呼吸と共に上下している彼の右手・・ その指先には、火の消えたタバコの吸殻( フィルターのみ )が挟まったままだ。

 ・・・ドコの部員か、分からん・・・

 奥の、暗い廊下の部屋からは、AMラジオの音が、ガンガンと聴こえている。

 ハンスが言った。

「 ・・・ココは、廃墟か? 」

「 表現的には、似たようなモンかもしれん。 まあ、コンクリート製だから、俺の下宿よりかは丈夫だろう 」


 砂だらけの廊下を進むと、ドアを開けっ放しにしている部室があった。

 ドアの横を通り過ぎる。

 室内からは、数人の気配が感じられた。

 ふと見ると、6畳くらいの狭い部屋に、うず高く詰まれた書類が乗った机が4つ見える

 ・・ 確か、ここは経済研究会の部室だ。 いわゆる、新聞部みたいな活動をしているハズだが・・・?

 全ての机の上に、山と詰まれた書類・・・ 壁には、頭が当たるのではないかと思われるくらい沢山の棚があったが、それらにも全て、書類が積まれていた。 書類なのか参考物件なのか分からないが、多分、全部不要なモノばかりなのではないだろうか・・・? 何とはなしに、そう思った。

 所々、書類の間にコーヒーカップやら、何かの盾( おそらく、ホコリまみれ )、変色したパンダの縫いぐるみ等があり、まさに、それらに囲まれた形で、数人の部員らしき学生が、マンガの単行本を読んでいた。


 隣は、鉄道研究会である。

 ここも、ドアが開けっ放しだ。 通りすがりに、チラッと中をのぞく。

 経済研究会と似たような状態だ・・・

 炊飯器が見えたが、ナゼ、3つもあるのだろう・・・? 校内にて、炊飯器の存在も疑問だが、その個数には、更なる疑問が感じられる。 奥に見えた寝袋には、ヒトが実際に入っているようだ。 ワケ分からん・・・


 2階に上がる階段の所に来たが、確か、階段は通行止めになっていた記憶が・・・

 ・・・やはり・・・!

 天井が抜け落ちそうになっていて危険な為、ロープが張ってある。 階段脇には、学園祭で使用したと思われる廃材が、山と詰まれていた。

 横の、露天になっている非常階段へのドアを開け、外へ出る。

 錆びて、真っ赤に腐食した手摺。 僕は、その階段を登りながら、後に続くハンスに言った。

「 結構、スゲ~所だろ? いつ来ても、誰かいるんだぜ? 完全に、住んでいる連中がいるんだ 」

 ・・・返事が無い。

「 ? 」

 振り返ると・・ って、いねえじゃん! ドコ行った? アイツは・・!

 慌てて階段を降り、廊下を見ると、ハンスは一番手前の部室の中を、ドアを少し開けてのぞいていた。

 僕は、ハンスの後襟口を掴み、非常口へ引きずり出して言った。

「 勝手に、行動するな! この辺のヤツラは、俺にも、よう分からん連中なんだ。 ヘンな言い掛かりつけられて来ても、俺は、お前を置いて逃げるからな? 完璧に! 」

 ハンスが聞いて来た。

「 なあ、真一。 今の部屋・・ 応援団の部屋なのに、何で部室に、ジャン卓があるんだ? 」

「 知らないよ。 好きにさせとけ 」

「 ビニール製の、女性の人形があったけど、ナニ? 口が、ヤケにデカくて、真ん丸だったケド・・・? 」

「 お前が、知らんでも良い事だ。 忘れろ! 」


 非常階段を登って2階へ行く。

 鉄製のドアは、蝶番が外れ、立てかけてあるだけだ。 そのまま錆びて朽ちている。 おそらく10年以上、このドアは、このままの状態であると推察される・・・

 2階に入る。

 途端、味噌煮込みのニオイが鼻を突く。 ビミョーに、海鮮風味。 一番手前の部室から匂って来ているらしいが、ドアが開けっ放し・・ じゃなくて、無い。 代わりに、すだれが掛けてある。

 通りすがりに室内を見ると、部室の中で、土鍋にて食事中の学生が2人。


 ・・・ここは、定食屋か?


 どうやら、ポータブルガスコンロで、うどんを煮込んでいるようだ。 長髪の部員が、マグカップでうどんをすすっている。 器用な食べ方をするモンだ・・・

 もう1人のスポーツ刈り頭の部員が、缶ビールを飲んでいる。( ○グナムドライ ) 大きな、黒いフチのロイドメガネに、無精ヒゲ・・・ 擦り切れたようなジーンズを履き、フードの付いたトレーナーを着ている。

 彼は無言のまま、横にあった、古雑誌の山の上に缶ビールを置くと、土鍋の中に箸を入れ、煮込んでいる物体をかき回し始めた。

 その物体が、ナンであるかは分からない・・ カニのようでもあるし、ロブスターの胴体のようでもある・・・

 部室の入り口には、『 世俗研究部 』とあったが、一体、何の研究をしているのだろう・・?

 部と言うからには、それなりの部員がいるハズである。 この、ムサ苦しそうな2人以外に、どんなアバンギャルドな部員がいるのだろう・・・?


 廊下を進む。

 『 バードカービング同好会 』という、表札のある部室があった。

 ここも、ドアが無い。代わりに、網戸が付いている。

 中を透かして見ると、鳥かごや飼育ゲージが、ぎっしりと置いてあった。 まるで飼育小屋だ。 ナゼか、首輪を付け、ヒモで消火器( 使用期限切れ )に結ばれたニワトリが、コッ、コッと、鳴きながら床をついばんでいた。

 ・・・コイツ、太ったら・・ クリッと首を捻り、鍋で煮るのだろうか・・・?


 やっと、映研の部室に辿り付く。 ここまで来るのに、摩訶不思議な光景を目の当たりにするのは、いつもの事だが・・ 毎回、生活という観点において、学生ほど、その順応性に優れた人種はいないものだと痛感させられる。


 ・・・さて、問題は、この部室の中だ・・・


 しっかり、ドアが閉まっているトコが、余計に、ブキミさを感じさせる。

 以前、ドアを開けた瞬間、頭上からヤカンが落下して来て、頭頂部を殴打された事がある。 ドッキリカメラのパロディー版と、及川は言っていたが、単なるイタズラとしか思えないし、無性に腹が立つ。

 余計なフラストレーション感覚を覚えさせるのは、ヤメて欲しいものだ・・・

「 ・・さて、入るか 」


 僕は、後ろにいるハンスを振り返って目配せをすると、ドアをノックし、部室に入った・・・!

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