第5話、チャーハンとカレーと生姜焼き定食と・・・

 講義が始まる。

 速攻、白い世界に踏破され、香住の想像通り、僕は爆睡状態に入った。

 ダメだな~・・ 情けなくなる。

 しかし、睡魔には勝てない。 おそらく生涯、勝てないのではないだろうか。


 こっそり、しかも堂々と、講義に参加しているハンス。

 よほど興味があったのか、熱心に講師の説明に聞き入っているようだ。


 講義が終わり、目が覚めた僕に聞いて来た。

「 なあ、真一。 さっきの先生の話しだけどさ、どうも腑に落ちないんだが・・・ 」

 あのな・・ 居眠りしていた人間に、講義内容を聞くな。 分かるワケないだろうが。

「 タマゴが先か、ニワトリが先か、なんだけどよ・・・ オレ的には、ニワトリが先のような気がするんだ。 お前、どう思う? 」


 ・・・ナンの話し?

 電子工学と、ど~ゆ~カンケーあるの? それ。


 ハンスは続けた。

「 それにさ・・ 名誉毀損って、民法第723条だよな? 」

 お前、全然カンケーないトコしか、聞いてないんじゃねえの?


 講義室から退席する生徒たちに混じって、後の方の席から久美がやって来た。

「 席の、最前列・・ しかも、ド真ん中で爆睡するとは、イイ度胸ね 」

 久美は、ノートを僕に渡しながら言った。

「 寝るつもりじゃなかったからこそ、ココに座ったんだ。 結果的には、寝ちまったが・・ いつも済まないな 」

 久美は、笑いながら答えた。

「 せめて、香住よりは、先に卒業すんのよ? 」

 ・・・金が、もたんわ。


 午後。

 学生食堂でランチを食べる。

 結局、ハンスの分も支払う事になってしまった。 ナンで俺がカレーなのに、ヤツは生姜焼き定食、食ってんだ? しかも、サラダ付き。 天使は、遠慮というモンを知らないらしい。


「 ここ、いいか? 」

 相席を聞いて来たのは、少々、太り気味の男子学生。

 映画研究部の及川だ。 同じゼミ仲間である彼とは、この大学からの付き合いである。

 高校時代、同人誌をやっていた彼は、大学で映画研究会に入った。 元々、映画好きであったらしいが、映画製作にのめり込み、私費( わずか、だが・・ )を投入して、この3年間、7本もの短編映画を撮っている。 就職希望は、もちろん映画会社か、配給会社。 もしくは、その関係企業だ。 ナニもなければ、バイトでも良いから、その道に行きたいらしい。

「 ああ、いいよ? 例の・・ 恋愛モノは、どうなった? お前の、改心の出来とか言ってたヤツ・・・ 」

 及川は、持っていた、チャーハンの乗ったトレイをテーブルに置きながら言った。

「 それなんだよ。 イイ、役者がいなくてさ。 ヒロイン役の女優だ 」

「 メインじゃないか。 恋愛モノなんだろ? 」

「 ああ。 あちこち、あたったんだが・・ 中々、オレの抱いているイメージにピッタリのヤツがいなくてな 」

 レンゲで、チャーハンを食べ始める及川。

 僕も時々、エキストラ役で、友情出演している。 久美や和弘も出演経験があるが、ハッキリ言って脚本が悪い・・・ 素人の僕が読んでも、これは無いだろう? と言う展開が多い。 思わず吹き出してしまうような歯の浮くセリフが多用されており、何度、テイクをやり直した事か・・・

 及川が、飯ツブの付いたレンゲで、僕を指しながら言った。

「 実はな・・ お前の知り合いで、オレの理想に、ピッッッッッッ・・ タリの役者がいるんだ・・! 」

 僕は、残ったカレーを、スプーンでかき寄せながら聞いた。

「 誰だ? すみれ荘の、おきぬさんか? 」

「 ・・・おい。 野生の王国や、動物奇想天外を撮ろうってんじゃ、ねえんだぞ・・・? まさお君みたいに、赤いスカーフ付けて、首輪でつなぐか? ドキュメンタリーとしては一興かもしれんが、心臓マヒで死ぬな 」

 ・・・ソレの、ドコがドキュメンタリーなんだ・・・?

 僕は言った。

「 失礼だな。 とりあえず、おきぬさんは人間だぞ? 賞味期限は、とっくに切れてるが・・ 昔は、えれ~キレーだったそうだ。 本人が言ってるだけなんで、信憑性は、全く無いがな 」

 及川が、テーブルに身を乗り出して言った。

「 お前の彼女・・ 何て言ったっけ・・ 桜ちゃん、だったっけ? 彼女を、オレの会心作に、主役としてオファーしたいんだ・・! 」

「 やだ 」

「 ナンでだっ! 」

 僕は、コップの水を飲み、答えた。

「 恋愛モノなんだろ・・? キスシーンがあるから、やだ。 お前の性格から言って、必ずあるハズだ。 違うか? 」

「 今回は、ねえ! 」

「 ウソこけ! 」

「 実は・・ キスシーンの代わりに、暴行シーンがある 」


 ・・叩っ殺すぞ、てめえっ・・!


「 その代わり、抱擁シーンは無いから、安心しろ 」

 そんなモン、安心出来る理由になるか! てめえのアタマん中じゃ、暴行の方が、抱擁より軽いんかっ? ナンちゅう、番付け理論じゃ、コラ・・・! しかも、抱擁シーンの無い恋愛モノって、どんなんじゃっ・・?

 僕は言った。

「 とにかく、香住はダメだ! 他をあたれ 」

「 往年の、ロマンポルノ復興に、先陣を切りたいんだがなあ・・・! 」

 ・・恋愛モノなんだろ? おい。 お前の目的は、ソコか?

 相手役の男優も、想像がつくぜ・・・ 映研の部室を、下宿のようにして自炊生活している、自称、撮影スタッフ連中のうちの、誰かだろ? 早く退学させて、就職させろ。 完全に、校内に住み着いているぞ? あいつらは・・・

 僕は言った。

「 なあ、及川・・ 初期の頃の作品は、まあ、イケてたぜ? 訴えるテーマもあったしよ・・ だから、オレらも協力した。 だけど、最近の脚本はダメだ。 映検に引っ掛かるモンばっかりじゃないか。 バイタリティーはあるのに、もったいないぜ? 」

 及川は答えた。

「 ・・やはり、そう思うか? オレも、絵コンテ、書いてて思うんだ。 こんなんじゃ、イカンな~・・、ってな 」

 絵コンテ以前の問題だっちゅうに・・! どうしてこう、俺の周りには・・ ネジが一個、どっかにブッ飛んだヤツばっかりなんだ?


 及川は、生姜焼き定食を、美味しそうに食べているハンスの方を見た。

 ・・また、あの長ったらしい紹介を始められると、かなわない。

 僕は先に回り、ハンスを紹介した。

「 ・・あ、コイツ、ハンスってんだ。 俺の知り合いだ。 今日は、キャンパス見学ってトコかな。 コイツ、男優にどうだ? 」

 ナプキンで、口を拭き、ハンスが言った。

「 こんにちは。 サミュエル・ハンス・クリューゲル・ハインリッヒ・ルフトハンザ・ジャン・フレデリック・ヒュッテル・ウィリアム・フロイツバーグ・フランシスコ・デ・ポンヌ・シュライバーⅢ世です。 混血のクォ-ターで、母親は、アイルランドとドイツのハーフ、父親は、コスタリカとキューバのハーフで、お爺さんは、フランス人。 ちなみに、母方のお爺さんは、インディアンで、お婆さんはエスキモーです 」


 ・・・俺の気遣い、完璧に把握してないな? お前・・・


 及川が、ぽか~んとした表情で言った。

「 もういっぺん・・ 言ってくれる? 」

「 サミュエル・ハンス・クリューゲル・ハインリッヒ・ルフトハンザ・ジャン・フレデリック・ヒュッテル・ウィリアム・フロイツバーグ・フランシスコ・デ・ポンヌ・シュライバーⅢ世です。 混血のクォ-ターで、母親は、アイルランドとドイツのハーフ、父親は、コスタリカとキューバのハーフで、お爺さんは、フランス人。 ちなみに、母方のお爺さんは、インディアンで、お婆さんはエスキモーです。 国籍は、アメリカです 」


 ・・・最後に、いっこ、増えやがった・・・ 学習機能が、付いてんのか?


 及川が、僕を見ながら言った。

「 カレ・・ いいキャラ、持ってんね・・! 何か、カレを使って・・ 1本、撮れそうな気がして来た・・・! 」

 コイツは、煮て食おうと、焼いて食おうと構わんぞ? 好きにせえ。 ただし、突然、消えるかもしれんから気を付けろよな? せっかく撮ったフィルム、パーになっちまう可能性が大だ。

 及川が、チャーハンをかき込みながら続けた。

「 設定は・・ うん、現代がいい。 はぐ、はぐ・・ 幼くして父親を亡くした、ハーフの彼が・・ モグ、モグ・・ ゴックン・・・ うん、小さい頃、生き別れた母親に会う為に、日本に来る・・・ うん、いいぞ・・・! あぐ、はぐ・・ ゴホッ・・! うぶ、うは・・ ゴホ、ゴホッ・・! 」

 食いながら、モノを喋るな。 ドッチかにせえ、お前・・! ムセとるだろうが?

 及川は、絶好調のようだ。 猛烈な勢いで、チャーハンをかき込みながら呟いている。

「 どっかに、サスペンスも欲しいな。 んぐ、んぐ、んぐ・・ ほし( よし )、エカをあほう( デカを出そう )。 ・・ゴックン。 お尋ねモンにして、高倉 健ばりの、シブいデカを・・! 」

 いきなり、お尋ねモンかよ・・ ナニして、そうなるの? 万引き? それに、高倉 健ばりの役者って、どっから引っ張って来るの? ・・もしかして、お前? 既に、ストーリー、支離滅裂なんだけど・・?

 更に、及川の快調は続く。

「 ヒロインは・・ そうだな、魔法を掛けられ、90歳の老婆にされた美少女・・・ うん! これだっ・・! キャスティングは、おきぬさん・・! イケるぞ、これは 」

 おきぬさんは、今年、80だ。 しかも、魔法ってナンだ? ファンタジーが撮りたいのか? ロマンポルノ復興の話しはドコ行ったんだ、お前。 それに・・ その、魔法って設定も、どっかで聞いたようなコトあるぞ? 二次創作は、著作権法違法だ。 分かってんのか? コラ。

 ハンスが、僕に聞いた。

「 真一。 ロマンポルノって、パチンコの事か? 」

 ・・お前もな~・・ どっから、そんな素っ頓狂な考えが、生まれて来るんだ?  今、一瞬、俺・・ 意識が、火星まで飛んで行ったぞ・・?


 額に手をやり、テーブルに向かってため息を尽く、僕。

 及川が、飯ツブを飛ばしながら言った。

「 イイね! その感覚・・! ストイックで、現代描写に、エッジが効いている! 」

 ・・意味分からんわ、お前もッ! その解説・・ 言ってて、言語、理解してんのかよ。 お前が、会話に使ってる言語は、C言語か?

 更に、及川は言った。

「 真一。 オレの、本当の目標はな・・ シュールな、リアリズムに富んだノンフィクションを撮る事にあるんだ 」

 ・・・火星までどころか、火星人と、会話までして来たような感覚に陥ったぜ・・・!

 シュールなリアリズムって、ナニ? 僕的には、チャーハン食いながらムセているお前の姿の方が、よっぽどリアルなんだけど? 他人に盗られないようにと、皿を腕で囲んで食ってるトコなんざ・・ 弱肉強食の非情な世界を垣間見るわ。 ココは、貧困にあえぐ、ドコかの国じゃねえ。 ダレも、食いかけのお前さんのチャーハンなんぞ盗らねから、もっとゆっくりして食えや。


 ・・・及川は、映画の事になると、性格が変わる・・・

 基本的にはアイデアマンなのだが、映画の事になると、現実を無視した豊かな創造性が、あらぬ方向へと暴走を始めるのだ。

 及川は、目を輝かせながら、僕に言った。

「 彼は・・ 僕の、映画集大成のキャスティングに相応しい。 是非、協力してもらいたい。 真一からも、彼に言ってくれないか? 」

 弱冠、22歳にして、もう、集大成かよ。 ヒット作、言ってみい。 ・・ねえだろうが? 勝手に、ハイウッド・オブ・ザ・キングを名乗るな。

 ・・しかし、今日は夕方、香住の手伝いに行かなくてはならない。 余計な荷物は、及川んトコの映研にブチ込んでおくのも一考だ・・・

 僕は、ハンスに言った。

「 どうする? 『 及川監督 』が、お前に、ゾッコンらしいが・・・? 」

 及川は、『 監督 』と言う響きに、酔いしれたらしい。 少々、テレながら言った。

「 はっはっはっは、真一。 キミにも、それなりの役を用意しとるよ。 心配しないでくれたまえ。 はっはっはっは! 」

 ・・・要らんわっ!

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