第4話、学校にて

「 ・・ナンか、知らないが・・ 黒いモンが、顔に飛んで来たんだ・・! あとの事は、覚えてないなあ~・・ 」

 乗り換え駅のプラットホームのベンチで、少し赤く腫れた左眼の下を擦りながら、ハンスは言った。

「 電車の中では、静かにしているモンだ。 ムカついた横のオヤジが、殴って来たのかも知れんな 」

 僕は、そう言ってゴマかした。


 ・・・天使を殴ったのは、人類の創成期以来、多分、僕が初めてだろう。 天使も気絶するとは、知らなんだ・・・


 学校の正門をくぐる。

 広い敷地内に、沢山の木立がある。 木々を縫うように歩道が作られており、一瞬、広い公園かと思わせるようなキャンパスだ。 何人かの学生たちが、各々の教室がある棟へと歩いていた。

「 へええ~・・ 結構、広いんだな。 緑もあって、なかなか良いトコじゃないか 」

 ハンスが、辺りを見渡しながら言った。

「 歴史は、古いんだ。 まあ、レベルは、たいしたコト無いけどね 」

 後から、自転車の近付く気配。

「 真一、おはよう! どうしたの? 今日は、ヤケに早いじゃない 」

 マウンテンバイクに乗った女子学生が言った。 同じゼミ仲間の、久美だ。 学年も、僕と同じである。

 白いダウンベストに、タイトジーンズ。 淡いブルーのニットを着ている。 髪は、茶髪のポニーテール。 活発な印象だ。 実際、彼女はヨット部に所属し、スキー同好会・女子ワンゲル・自転車・空手・テコンドー・・・ ついでに、ヨガクラブ・水泳・アロマテラピー教室にも通っている活動派である。

「 おう、たまにゃ~早く来て、真面目に勉学に勤しまねえと、単位がヤバイからよ 」

 僕が言うと、久美は、ウインクしながら答えた。

「 もう、手遅れなんじゃない? ・・良かったわね、来年、香住と一緒に、学生が出来て 」

 ちなみに、久美は香住の従姉妹にあたり、僕の学校生活態度は、久美によって香住に筒抜けである。

 久美は、ハンスに気付いたようだ。

「 ・・あ、久美。 コイツ・・ ハンスだ。 オレの、連れの友人でさ。 昨日、オレの下宿に泊まったんだ 」

 とっさに、テキトーかます、僕。

 ハンスは、ニコニコ顔で言った。

「 どうも! 僕、サミュエル・ハンス・クリューゲル・ハインリッヒ・ルフトハンザ・ジャン・フレデリック・ヒュッテル・ウィリアム・フロイツバーグ・フランシスコ・デ・ポンヌ・シュライバーⅢ世です。 宜しくっ! 」


 ・・・出た。


 自転車に乗ったまま、唖然とした表情の久美。

「 ・・え、え~と・・ ドコの人? 」

「 天ご・・ 」

「 アメリカだよ、アメリカ! 混血のクォ-ターでさ。 アイルランドとドイツのハーフの母親と、コスタリカとキューバのハーフの父親なんだ。 ちなみに、お爺さんは、フランス人らしい。 スゲーだろ? ワケ分かんねえし! 」

 天国・・ と言おうとしたハンスを遮り、僕は、更なるテキトーをかました。

 ますます困惑した表情の久美。

「 ・・う~ん・・ それで・・ 国籍は、アメリカなの? 」

 また更に、テキトーをかます僕。

「 母方のお爺さんは、インディアンで、お婆さんはエスキモーなんだって 」

 ・・・もう、メッチャクチャだ。 知らん!

 もう一人、今度は、通り掛かった男子学生が声を掛けて来た。

「 よう、真一! こないだ借りたCD、まだいいか? 」

 久美の彼氏の、和弘だ。

 久美が言った。

「 ねえ、和弘。 この人、真一の知り合いらしいんだケド・・ スゴイわよ? 」

 ハンスが挨拶した。

「 初めまして。 サミュエル・ハンス・クリューゲル・ハインリッヒ・ルフトハンザ・ジャン・フレデリック・ヒュッテル・ウィリアム・フロイツバーグ・フランシスコ・デ・ポンヌ・シュライバーⅢ世です。 混血のクォ-ターで、母親は、アイルランドとドイツのハーフ、父親は、コスタリカとキューバのハーフで、お爺さんは、フランス人。 ちなみに、母方のお爺さんは、インディアンで、お婆さんはエスキモーです。 宜しくっ! 」


 ・・・お前は、ボイスレコーダーか。


 和弘は、ハンスを指差しながら、久美に言った。

「 ・・・芸人? この人・・・ 」


 講義まで、優に2時間はある。

 する事がないので、僕はハンスと共に、1号館1階の学生ロビーにある自販機でコーラとコーヒーを買い、それを飲みながら時間を潰していた。


「 やあ、今日は随分と早いんだな 」


 声を掛けられ、振り向くと、長身の男が立っている。

 ・・・飯島だ。 高校時代の同級生である。

「 まあね 」

 そっけなく答える僕。

 実は・・ 僕は、コイツが苦手だ。

 まあ、いいヤツだとは思うんだが、高校時代から演劇部に所属し、現在も大学校内にある2つの演劇サークルに所属している為、やたら喋り方がセリフっぽく、哲学的だ。 それだけならまだいいが、国際政治に興味があるらしく、とにかくウンチクが多い。

 飯島は言った。

「 昨日、新しいバイト先の面接に行って来たよ 」

「 例の、ニートでポップな仕事、ってヤツのか? 」

 コーラを、一口飲みながら言う僕。

「 ああ。 でも、辞退した 」

「 ナンで? 」

「 店長が、アホだからだ 」

「 ・・・・・ 」

 喫茶店の調理スタッフが、何で、ニートでポップな仕事なのか分からんが、辞退の理由も、イマイチ分からん。

 飯島は言った。

「 尖閣諸島問題は、日本の領有権を左右する重要な課題だ。 中国外交を牽制するとは言え、主張はすべきだろう? 中国共産党は、その指導力を既に失いつつある。 他に、自国侵略の危機をあおり、国民の視線を引き付けているだけに過ぎない。 大陸棚開発もしかり、だ。 ナニも言わないから、ナメられるんだ 」


 ・・・お前・・ 店長と、何を話して来たの?


 ぽかんとした表情の僕に、飯島は、更にアツく語った。

「 いいか? 中国はな・・ 沖縄南部海域から、東シナ海へ出るルートが必要なんだ。 台湾を刺激すると、アメリカが出て来る。 第7艦隊を要撃するには、是が非でも必要なんだ・・・! 」


 ・・・だから、どうしろと? 僕、アッチ行ってて、いい・・・?


 飯島は、快調に続けた。

「 いずれ、北の問題も自衛隊派遣問題も・・ 決着をつける時が来るだろう・・・! 次代が訪れれば、ゴリ押しの判断も、その正当性を賛美されるのだ! 200○年○月、日本国民の6~7割りが、サマワからの自衛隊撤退を支持していたが、治安が悪くなったからから撤退をしろ、と言う当時の安易な考えには、ヘドが出る。 日本国民のほとんどが、国際情勢に興味が無いか、全く理解していない証だ! 」

 その発言・・ クレームが入るぞ?

 飯島は、右手を強く握り、遠くを見るような目で言った。

「 法律上、自分の身の安全を充分に守れない情況だから撤退しろ、と言うのならまだしも・・ ただ単に危険だから、という幼稚な理由で撤退して、海外諸国が納得するとでも思っていたのか? 根っからの島国根性には、吐き気すら覚える・・! 日米安全保障条約も然りだ。 日米安保は、日本だけの問題ではなく、アジア全土に波及する、未来志向に則った条約に、改正されるべきであろう・・・! 」

 パチパチパチ~・・! もう、気が済んだか? 早く、アッチ行け。 僕は、右寄り思考でも、左寄り思考でもない。 演説なら、許可を取って、学生会館でやれ。

 ハンスが言った。

「 中東は、どうなる? 」

 おま・・ 余計な質問を・・!

 飯島は、ニヤリと笑って答えた。

「 論点に相応しい、いい質問だ。 泥沼のパレスチナ問題は、アメリカにとって、もはや、お荷物でしかない。 クリントン政権時、PLOとの和平協議がなされたが、アラファトの死去で、その和平崩落のスピードは加速した・・! ま、イスラエルより、アフガンだろう。 とりあえずイラクを押さえ、パイプラインを通したいのだ。 アルカイダに代表されるイスラム原理主義派などの邪魔者は、いずれ根絶やしにされる事だろう。 武力的・秘密裏の内に、確実に、だ・・! ビン・ラディンの結末が良い例だ。 見え見えの茶番だな・・・! 」

 ・・・ナニ言ってんのか、ワケ分かんないし。

 飯島は続けた。

「 真一。 お前、演劇部に入れ 」

「 はあ・・? 」

「 演劇で、世界情勢を訴えるのだ! 」

 更に、意味分かんねえし。

 だいたい・・ 何で、お前の大志に、俺が答えなきゃイカンのだ・・・?

 飯島は、自分の発言に酔いしれているようだ。 こうなったら、誰にも止めるコトは出来ない。 困った・・・

 飯島は言った。

「 大衆に訴えるモノは、芸術しかないのだ。 特に演劇は、ヒトが演ずる。 ダイレクトに、その主張を誇示出来るのだ・・・! 」

 ・・なあ・・ それよか、面白れ~コト、教えてやろうか? 俺の横にいるヤツ、天使よ・・・? どうよ。 凄げ~だろ? 羽、ピロ~ンって出すんだよ?

 両手を広げ、更に力説をカマす飯島。

「 未来を創造するのだ、若人よ! その汚れ無き眼で、全ての愛と・・ 自由を創生するのだっ! おお、限り無き、無限の英知よ! 」

 他のモンたちが、見てるだろうが・・! 大声で叫ぶな。

 他人を装い、自分の足元を凝視している僕。 ハンスは、ニコニコして飯島を見ている。 ・・お前、コイツがナニ言ってんのか、分かってんの?


 やがて飯島は、ブツブツ言いながら2号館の方へ歩き去って行った。

 ホッとする、僕。

ハンスが言った。

「 なあ、真一。 あいつが、芸人ってヤツか? 」

 ・・・ある意味、合っているかもしれん。

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