第3話、いつもの朝・・・?

「 おはよう~! 」


 ・・・香住の声だ。


 天気の良い日の朝は、いつも香住が、登校前に下宿に来る。 例え、僕が徹夜でパソコンと格闘していても、ゼミのレポートと奮闘していても、お構いなしである。

 僕は、朝が弱い。

 特に昨日の夜は、○ラギノールを、どうやって患部に注入するか、遅くまでハンスと『 死闘 』をしていたのだ。


 ・・・おぞましい絵になっていたのは、言うまでも無い。 気が狂いそうだった。

 とても香住には、話せるモノではない。


「 さあ、さあ! 起きて、起きて、真一! 大学、遅れるわよ? 」

 今日の講義は、10時からだ。 もう少し、寝かせてくれ~・・・! 多分、次に目覚めるのは、昼頃だろうけど・・・

 ドアには、鍵なんぞ付いてないから、ズンズンと香住は入って来る。

 ハンスは、ガバッと、フトンから起き上がると、香住に挨拶した。

「 おはよう、香住! 今日も、元気だね 」


 ・・何で、お前は眠たくないんだ? アホは、朝に強いと聞いた事があるが、その域か?


「 おはよう、ハンス・・・! 」

 うやうやしく、畳に跪き、十字を切る香住。

 次に、僕の敷きフトンの隅を両手で掴み、掛け声と共に、思いっきりハネ上げた。

「 とうっ! 」


 とうっ、じゃない。 やめんかっ・・!


 フトンの中からハネ出され、戸棚までコロがる、僕。

『 ゴスッ! 』

「 うがっ・・! 」

 背中を戸棚のフチに、したたか打ち付け、悶える。

「 ふ~ん・・ 人間界では、こうやって起こすのか。 上手に、コロがり出せるモンだな 」

 ハンスが、感心したように言った。


 違うわっ・・! 間違った知識を吸収すんじゃねえよ。


 僕のフトンをたたみながら、香住が言った。

「 ねえ、真一。 夕方のチャリティー・コーラス・・ 5時からに、変更になったの。 来れる? 」

 敬虔な、クリスチャンである香住が通う学校は、ミッション系の有名私学だ。 香住は、コーラス部に所属していた。 いわゆる合唱部であるが、その活動は賛美歌、もしくは、それに付随した歌を歌う事にある。 もちろん、その他の合唱曲も歌うが、時々、近くの養護施設などでミニコンサートを開いているのだ。 知的障害者や、体の不自由な人の為のボランティアで、いわゆる『 奉仕 』である。

 今日は夕方に、そのコンサートがある。 ヒマな僕は、時々、それらの準備に借り出されるワケだ。 香住は部長だし、何かと忙しい。 スタッフ係りは、もっぱら、僕がしていた。

「 ん~・・ 多分、大丈夫だよ? 3時半には、講義が終わるから 」

 僕は、背中を擦りながら答えた。 ついでに、胸の辺りをボリボリかき、大あくびをする。

 ハンスが言った。

「 真一、オレも大学、連れてってくれ♪ 」

 僕は、真顔になり、答えた。

「 ・・な・・ ナニする気だ・・・? 」

「 何もしないよ。 ガッコウって、どんなトコか、見てみたいのさ 」

 香住が、壁に掛けた鏡に自分を映し、制服のスカーフの乱れを直しながら言った。

「 ハンス・・ 真一を、よ~く見張ってててね? すぐ、居眠りするらしいから 」


 下宿を出ると、香住は、バス停のある左側へ。 僕とハンスは、中央線の駅がある右側へと分かれる。

 手を振って、バス停の方に向かう香住。 僕も、手を振って見送る。 いつもの朝の光景だ。

 ハンスが言った。

「 ・・いい子だな・・・ お前さんにゃ、もったいないんじゃないか? これも、奉仕か? 」

「 失礼だな。 明日から、板の間の廊下で寝るか? お前 」

 駅に向かって歩き出す。

「 そもそもの出会いは、何だ? 教えろよ、イロ男 」

 ハンスが、ニヤニヤしながら聞いた。

「 出会いか~・・ 俺が、高校の3年の時だなあ・・・ 俺、バスケやっててよ? 県大会の時・・ 残り時間8秒で、逆転の3ポイントシュート打ってさ・・・! ミラクルショットってヤツよ。 会場、騒然でさ。 奇跡の大逆転をやってのけた時があったんだ 」

 ハンスが言った。

「 お前が、バスケット? 似合わないな~ 」

「 ほっとけ! ・・で、一躍有名になってな。 その時、香住は、バスケをやってる友達に連れられて、試合を観に来ていたらしい。 『 感動しました。 凄いです 』とか、何度か手紙を、部活宛てにもらってな・・ そのうち、個人的に文通を始めたんだ 」

「 文通だと? この、メール全盛時代にか? 天然記念物モンだな、お前ら・・・! 無形文化財に、指定してもらった方がいいぞ? 」


 ・・・お前、本当に天使か?


 路地を曲がり、タバコ屋の角にある自販機でタバコを買う。

 ハンスが、自分の着ている服を見ながら言った。

「 コレが、洋服ってヤツか・・・ 初めて着たぜ。 動き易くて、イイな 」

「 汚すなよ? 俺のヤツなんだからな。 破いたら、自分で縫えよ? 裁縫セット、持ってないケド・・・ 」

 ハンスは、こうして並んでいると、僕との年齢の差は、あまり感じられない。 一見、大学生風だ。 ちょっと、髪は金髪でヤンキーっぽいが、巷には、もっとケバイのが闊歩している。 歩いていても、問題は無さそうだ。

 顔立ちは、外人のように目鼻立ちがハッキリしており、身長は、175の僕より、少し高い。 目は茶色だが、ハーフのような印象を受ける。

 僕は言った。

「 これから電車に乗るが・・ 電車賃は、オレが出すのか? 」

「 ま、そうなるな。 お布施だと思えよ。 後できっと、イイ事があるぜ? 」

「 昼の学食代は、出さんからな 」

 サイフの中を確認して、僕は言った。

「 ケチだな~! 香住に、嫌われるぞ? 」

「 香住への投資は、未来への投資だ。 お前に投資しても、見返りが無い。 数日後には、天国へ帰るんだろ? 」

「 飛べるようになるには、何日かかるか分からん。 ミカエル様も、人間界を視察する良い機会だとおっしゃってくれたんだ。 そう、邪険にするなよ 」

「 ミカエルって・・ お前、大天使と話しが出来るの? ・・スゲエな。 でも、ホントは、もう帰ってくるな、と言われたんじゃないのか? 問題児っぽいしよ 」

「 ナメんなよ? イエス様と、チェスした事だってあるんだぞ? 」


  ・・・その話し、すっげ~ウソっぽい。


 タバコ屋のバアさんが老眼鏡をズリ下げ、僕らの話を不思議そうに聞いている。

 ハンスが、自慢気に言った。

「 天国大運動会の縄跳び走競争で、優勝した事だってあるんだぞ? 2位は、ジャンヌ・ダルクだったな 」

「 ・・・・・ 」

 あまり、この男とは、喋らない方が良いのかもしれない。 じっと、コッチを見ているタバコ屋のバアさんだって、しまいにゃ、精神病院に通報するかもな・・・

 僕は、駅の方に歩き出した。


 相変わらず、朝の電車は、混雑していた。

 ぎゅう詰めの車内で、車内の天井に下げられた中吊り広告を、無表情に見つめる目、目、目・・・

 ハンスが言った。

「 こんなにして、みんな・・ ドコへ行くんだ? 」

 訝しげな表情で、ハンスの横にいた中年男性が、チラリとこちらを向いた。

「 ・・黙っていろ・・・! 」

 小声で、ハンスを制する、僕。

「 真一、見ろ見ろっ! この女、チチ、丸出しだぞっ! 」

 週間雑誌の中吊り広告を見て、掲載されていたポルノ女優の写真を、指差しながら叫ぶハンス。 車内に、一斉にして、引く気配が・・・

( 知らん・・! オレは、コイツとは、知人じゃないぞ・・! 無視しよう )

 心に決める、僕。

 やがて、車内のアチコチから、クスクス笑う声。

 笑い声に気付いたハンスが言った。

「 面白い? ねえ、面白い? 僕ね、サミュエル・ハンス・クリューゲル・ハインリッヒ・ルフトハンザ・ジャン・フレデリック・ヒュッテル・ウィリアム・フロイツバーグ・フランシスコ・デ・ポンヌ・シュライバーⅢ世って言うんだ 」


 ・・・ヤメてくれ、頼むから。


 ハンスの横にいた若い女性が、一緒にいた友人らしき女性と、クスクス笑っている。

 ハンスが、ヨボヨボのお爺さんの風体だったら、笑いをこらえ、無視していた事であろう。 まがりなりにも、イケ面的な雰囲気なので、笑っていると思われる。 つまり、少しは相手をしているワケだ・・・

 ハンスは続けた。

「 そこにいる真一と、一緒に住んでんだよ? 」


 ・・・やめいっ、指をさすな、指を・・・!


「 しっかし、まあ~・・ これが、モっつぁいアパートでさぁ~ 時代錯誤に陥りそうなくらい、ボロいんだぜ? 」

 この野郎ォ~・・! 勝手に居候を決め込んだクセに、文句言いやがって・・・!

 僕は、ハンスを、即死させたくなるくらいの衝動に駆られた。

 とにかく、ヤツの口は封じておいた方が良さそうだ・・・! 要らん事を、ベラベラと口走りそうで、コワイ。

 ガタンッ! と電車が揺れた。

「 ・・あっと、すいません・・・! 」

 揺れた拍子に、僕は、ハンスの顔面にストレートを打ち込んだ。 すっげ~、ワザとらしいが、仕方あるまい。

 ハンスは、白目をむき、周りのスシ詰め乗客に支えられた形で、立ったまま気絶した・・・

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