第一関門 名前

 今でこそ実体験と虚構のバランスという細かなことまで考えるようになったが、初めは根本的な問題に苦しめられていた。


 まずは登場人物の名前。どのような名にするべきか、納得のいく形を見つけるまで時間が掛かった。


 早く小説を書きたい気持ちが、名前の決定を急がせた。解決策として、ネーミング辞典を駆使したり芸能人の名前などを参考にしたりすることを選択した。

 それが諸刃の剣だと気付いたのは高校二年の夏だった。ライトノベルの熱が和らいだころ、一つの真理に辿り着いた。初見で読めない漢字ばかり使えば、読みづらさも倍増するということに。

 画数を気にする余裕もなければ、作風に合った名前を考えることもなかった。冷静に自作を読み返して、大きな失敗に気付いた。


 一作目の学園ものは、遅刻常習犯の中学生が主人公だった。彼女の名は白銀しろがね凛、その友人は蒼然そうぜんさつきと磯本小春だ。

 その二年後に書いたものは屋敷で働く召し使いの話だ。あづま忠義、青蓮風斗せいれんふうと、柏木紫苑の三人が主人の危機を救うコミカルな物語に仕上がっていた。


 なぜだろう。両方とも、主人公よりもわき役の一人だけが目立ちすぎている。


 それもそのはず、蒼然は古色蒼然から、青蓮は青蓮院流から抜き出した架空の名字だ。一人一人の名を響きや字面で決めていたことで、全体的に見ると違和感が拭えないというデメリットが浮き彫りになった。

 主人公を目立たせたいのか、わき役を目立たせたいのか。はっきりさせるべきだった。結果的に物語内容よりも名前だけが悪目立ちすることになり、世界観に適したものを採用しなかったことが悔やまれた。


 だが、悪いことばかりではなかった。名前が作品の優劣に少なからず影響することに気付いたおかげで、私は執筆のスタイルを変えることを思いついた。以前は冒頭から書いていたが、書きたい場面から書いていくようになった。

 冒頭と結末のイメージができてから名前を考える。この方法で完結できる確率は上昇した。話の筋を固める作業を先にすれば、世界観の矛盾を早めに予知できる。その上、必要な人数を把握して名前を考えることは、格段に時間と労力を節約させた。


 小さな工夫が、のちに駄作を生んでいた運命を変えた。それはまた別の機会に語ることにする。


 いい名前を付ける近道は、自分の分身と思って愛情をかけることだ。多少キラキラな名前になっていても、思い入れが深ければ物語の中で修正できる。特別な力が秘められていることやコンプレックスに感じていることなどを書けば、違和感が薄くなるだろう。


 たかが名前、されど名前。


 虚構の世界とはいえ、人生が凝縮された一要素であることは揺るぎない。妥協せずに選ぶことで、読者の心に深く刻まれるものになる。


 名前が世界観に適したものになれば第一関門は突破できる。だが、第二関門も中々シビアだ。ネタの選択がどれほど恐ろしいか、執筆の経験がある人は分かってくれるはずだ。

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