なりたい自分
小説家になるという衝動が、長編小説を書いていくうちに生まれたといえば嘘になる。小学生のころからネタ帳のようなものを作っていた。既成の話と比べた出来の悪さにがっかりした私は、執筆に必要な知識を蓄えるための情報収集を始めていく。
小学校のときの心境は、私宛に届いた一通の手紙に記されていた。
未来の自分へ
小学6年生の私の夢は、作家さんになることです。いつも何かに責任を持つ私なので、この仕事にやりがいを持って働いていると思います。べつの仕事についても、たくさん働いて信らいされるでしょうね。性格はたぶん変わっていないと思います。少なくても
原文は、小学六年生のどこかの授業で書いた「二十歳の自分に宛てた手紙」だ。成人式を迎える数ヶ月前に届いた。
未来に託した思いの大きさにそぐわない、拙い自分の文字を見てふっと笑みがこぼれた。
鉛筆を握りしめていた内気な少女に、これほどまで力強い言葉を紡ぐ力があったとは。
聞き手役に回るものの、自分の意見はきちんと持つ。そんな性格が昔から一貫していたことにも驚かされたが、幼い心に宿った熱意を忘れずにいたことにほっとした。
なぜなら、将来の夢について大学の新入生代表挨拶の中でも話していたからだ。
今、私が「なりたい自分」として描く将来像は、小説家になり、読む人の心を震わせることです。登場人物の揺れ動く心情や物語の風景を巧みに表現することで、失望している人を励ましたり、悲しみを乗り越える勇気を与えたりできる仕事だと思っています。そのためにも本学の建学の精神である「(中略)精進する」という言葉通り、励んでいきたいと考えています。
小学生のときの自分よ。きみの思いは未来にしっかりと届いている。
文芸部の仲間と切磋琢磨して、念願だった自分の文体を確立させたこと。自信のある小説を世に送り出すことができつつあること。サークルとカクヨムで感想と批評をもらえるようになったこと。何より、書くことが楽しいと思えること。
そんな喜びの声の中で、一つだけ思わぬ収穫があることに驚くだろう。それは創作の講義がある大学に進学して、日本近現代文学の研究を執筆以上に楽しむようになったことだ。
書き手だからこそ浮かぶ疑問の魅力に取り憑かれた。
なぜ詳しく書かなかったのか、なぜ省略しなかったのか。突き詰めて考える時間が愛おしいと思えるようになったのは、それだけ小説が好きな気持ちが強いからかもしれない。
文学研究と創作。方向性が異なる作業に思えるが、言葉と真摯に向き合う姿勢は同じだ。
分析が執筆のための新たな武器になるかどうか分からない。それでも理屈らしいことを述べて自分を納得させたのは、何としてでも好きなことを両立させたい性分が原因だろう。
曲げられない意志の強さは相変わらずなようだ。
まずは短編賞入賞を目標に、優しさと希望を持って突き進もうとしようか。
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