03 捕獲
─ あのまま寝てしまったか。
目を覚まして体を起こすと、部屋の中には窓から朝日が差し込んでいた。寝癖を直すように髪を軽く整えながらベッドを降りると、暫くせずに扉を叩く音が聞こえる。
「セオ様、おはようございます。ご気分は如何でしょうか?」
「問題ない、心配をかけたな。早速だが風呂の準備を頼む」
「いえ、当然のことにございます。では、すぐに」
そう言うとセバスは部屋へと入って、いつも通り寝具のシーツを整える。それを見ながら答えたセオは、ガウンを着て部屋を出た。
吹き抜けの天井のエントランスに、豪華な作りのシャンデリア。掃除の行き届いた螺旋階段には、塵ひとつなく真っ赤な絨毯が敷いてある。
気怠そうに降りれば、忙しなく行き交うメイド達がセオの姿を見て一斉に足を止めた。廊下の両側へと道を開くようにして整列し、挨拶をするのである。もはや、これは毎日の恒例行事と言ってもいいだろう。
「ご苦労。仕事に戻れ」
セオもまたいつも通りに言うと、少しずつメイド達が持ち場へ戻る。セオはそれを横目で確認しながら、風呂場へと向かった。
「セオ様、御準備できております。」
扉を開けると世話係の少年がセオに言う。返事を返すと、ぎこちない手つきでセオのガウンを脱がし始めた。見た目は人間の少年と変わらないだろう。違うとすれば頭に生えた"猫耳"だ。プラチナブロンドのふわりとした癖のある髪に、小さな同じ色の耳。左耳の先にはピアスのように鈴が付いていて、動く度に音を出す。未だにガウンの紐を解けず、下から伺うように見上げるエメラルドの瞳に、少し笑って頭を撫でる。
「自分で脱げる。それよりオセロット、最近風呂に入ったのはいつだ?臭うぞ」
「うっ…あ、はい、えっと………三日前です」
「わかった、一週間前だな。ほら、お前が脱げ」
「い、いや、俺はまだ仕事がありまし」
「命令だ。」
「はい…」
その後、逃げるオセロットを押さえて無理やり湯をかける。最初こそ暴れていたが、身体を洗う頃には諦めたのか静かになった。
─ あれは一体なんだったんだろうか
魂が抜けたような表情のオセロットを湯船に浸からせて、自身も入る。セオは昨日のことを思い出しながら、自身の心臓辺りに手を添えてみるが、やはり昨日の締め付けるような息苦しい感覚は無くなっていた。
ただ、あの"
「御湯加減、如何でしたでしょうか。」
「問題ない」
風呂を出ると、出口にはセバスが待ち構えていてオセロットを見ると大きなため息をはいた。セバスは使用人を呼ぶと、廃人のようなオセロットを任せる。
「甘やかしすぎるのも、問題かと思いますが」
セバスは呆れたようにセオに言って廊下を進む。エントランスへ出て、大広間へと入ると食事が用意されており、いつも通りに椅子に座って朝食をとる。終始数名のメイドは少し離れた場所で控えていて、セバスは隣でセオの食事を手伝う。
「…御気に召しませんでしたか」
一向に食べる気配のないセオをセバスは伺うように言った。腹は減っているが、全く箸がすすまない。頬杖をついて、皿に置かれたパンを指でつつきながら答えた。
「何故か全く食欲がないんだ、すまないな。今日は少し散歩へ行くとする、護衛はいらん」
そう言ってセオは立ち上り自室に戻ると、オセロットが掃除をしていたので声をかける。
「あまりそう怒るな、ちゃんと風呂には毎日入れよ」
「……お風呂、キライです」
「ダメだ。今日は外に出るから服を用意してくれるか?余り派手でないもので頼む」
少ししょんぼりとして、オセロットはクローゼットへと向かう。言われた通りに派手すぎない黒目の服を持ってセオの前へと立った。着替えを手伝い、姿鏡を用意する。
「これでいい。ありがとう」
セオはかるく襟を整えてオセロットの頭を撫でると、照れたのか耳についた鈴が小刻みに2回なった。その姿を見て、セオは笑って部屋を出て階段を降りる。
「何をそこまで急がれているのかは存じませんが、くれぐれもお気をつけ下さいませ。あまり遅くはならぬように、」
玄関にはセバスが立っていて、扉を開けながら言った。護衛をつけないのが腑に落ちないようで、眉間にはいつも以上にシワがある。長居をするとまた小言がつつくので、セオは急ぎ外へと出た。
「わかったわかった。セバス、あとは頼んだぞ」
そう言うとセバスの眼鏡越しに睨まれたような気がしたが、気付かないふりをした。
出ると外は快晴で、かといって暑い程ではなく心地よい風が背中を押すように吹いた。庭に植えられた花々はそれにあわせて揺れて、香りがはじける。
浮かれているのか、セオの足取りは軽くあっという間に瘴気の森をぬけた。そして、昨日少女と出会った川へと向かう。
─ そう簡単には見つからないか
やはり少女の姿はなく落ち込むセオだが、足下に痕跡を見付けて口角を上げた。神とやらはこっちの味方をしているようだ。セオは痕跡を見失わないように歩くと、古びた建物が見えてくる。
「こんなところに教会があったとはな」
きっと長い間使われていないのだろう。外壁には幾つものヒビがはしり、そこらじゅうをツタがびっしりと覆っていた。周りも手付かずのようで、枯れ葉が大量に散らばっている。だがそんな所でも痕跡は続いていて、辿ると少し空いた扉の中へと消える。
─ み、見つけた
隙間から中を覗くと、祭壇へ祈りを捧げる少女の背中。セオは気配を消しながら中へ入り、柱の影に隠れて見る。天井のステンドガラスの窓からは、光が射し込み少女を淡く照らす。その姿はまるで天使のように美しく儚げで、周りに漂う埃もキラキラとひかって見えた。
長い時間瞬きも忘れて少女に魅入っていたセオは、近付く気配に気付くのが遅れて慌てて隠れる。
「洗濯から帰ってくるのが遅いと思ったら…へー、こんな場所に教会がね」
「っ!す、すいませんでした、すぐに戻ります」
男が入ってきたのを見た瞬間、少女は怯えたように顔を青くした。急いで洗濯物の入った籠を持つと立ち上がる。すると男は見慣れない服を見て掴んだ。
「おい、この服どっから持ってきた?こりゃ、高値で売れるぞ」
「こ、これは…、離してください!返さなくてならないのです!、っ!!」
男から奪い返したセオのローブを守るように抱き締める少女に、容赦なく男の蹴りが入る。それでもローブを離さない少女に腹を立てたのか、馬乗りになって首へ両手をかけた。
「うるせぇ!口答えすんじゃねぇよ!…本当にお前を拾ったのは失敗だわ。言うことが聞けねぇなら死ねよ 」
「お前が死ね」
刹那、頭を捕まれた男は動かなくなった。たちまち身体は干からびたようになり、粉塵となって消えた。状況を理解できずに混乱している少女の腕をつかんで、立ち上がらせる。
「やっと、捕まえた」
神々しい程の眩しい銀の髪が、射し込む光でキラキラと輝いてなびく。セオは深紅の瞳を細め笑って言ったのであった。
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