第三話 スーサイド・スペシャル 1

 九四式自動拳銃・・・・1934年(昭和9年)、日本軍の士官用として製造された。

 全長180ミリメートル。

 重量800グラム。

 口径8ミリ。

 装弾数6発。

 使用弾8×22ミリ南部弾。

製造年によって、前期型、中期型、後期型の3タイプに分かれている。

当然後期型は大戦末期に製造されたもので、デザインもかなり変更されている。

部品の点数も少なく、分解掃除もしやすく、決して悪い銃ではないのかもしれないが、何故か現在では評判はあまりよろしくない。

 この銃、外に露出した側面の部品を押すと、トリガーを引かなくても弾丸が発射されてしまうという、致命的な設計ミスを放置したまま製造された。

 そのため、終戦後日本にやってきた米軍の将校に付けられたあだ名が、

『スーサイド・スペシャル』

又は、

『スーサイド・ナンブ』

 要は、

『自殺拳銃』というわけである。

 実際問題これを日本軍の軍人が自殺に用いたというケースは皆無だったにも関わらず、である・・・・云々。


 俺はねぐらに置いてあった昔の『銃器百科』の『九四式拳銃』の項を読んでいた。

 しかし『自殺拳銃』だなんて、妙な誤解をしたもんだな。

 恐らく『カミカゼ』だの『バンザイ・アタック』なんてところからつけられたものなんだろうが、その癖この拳銃、鹵獲して故国に持ち帰った米兵がやたらに多く、今ではあちらのコレクターの間で、結構高値で取引されているという。

ま、そんなことはどうでもいい。

 問題はこの拳銃を使って、アメリカで一人の元英雄が殺害されたこと、俺はそれをつきとめねばならない。それだけだ。

雲をつかむような話だが、まんざら手繰り寄せる糸が皆無というわけじゃない。

 まず二人の人間に逢うこと。

 それが先決だ。

 まず、俺は横田基地に電話をかけた。

 幸い、今横田は空自と米軍の共同使用になっていて、空自の基地司令が昔の知り合いだった。

 元自衛官だというのが、こんなところで役に立つとは思わなかったな。

 割合に物の分かる人物だったので、俺の頼みを快く引き受けてくれ、米軍側に渡りをつけてくれた。

 しかし、殺された父親のことだ。

 最初はかなり渋っていたようだったが、向こうは『個人的な問題だけに留めるならば』という条件はつけられたものの、一応納得して俺との面会に応じてくれた。

 横田基地の正面ゲートから、道を挟んですぐのところにあるコーヒーショップ、そこが彼こと、米空軍横田基地所属のMP(憲兵隊)所属、ロジャー・フランシス・ホワイト少尉との待ち合わせ場所だった。

 彼の年齢は今年35歳。

 俺が店に入ってゆくと、彼はもう既に席に座って待っていた。

 こっちが待ち合わせより10分は前に来た筈なのに、ということは彼は30分は前に来ていたことになる。

 英語で話した方がいいか?

 俺が訊ねると、彼は笑いながら、

『いや、日本語で構いません』と流ちょうに返した。

 何でも今日は休暇だということで、軍服は着ておらず、チェックのシャツにジーンズというラフな服装だった。

 このままだととても軍人には見えない。

『休暇で外出する時はなるべく私服にしろと、上からのお達しなんですよ』

 彼は苦笑した。どうやら何とかいう市民団体が度々ねじ込んでくるのでそうしているらしい。

『早速ですが、お父さんのことについて伺いたいんですがね』

 こう俺が切り出すと、ホワイト少尉はちょっとばかり顔を曇らせたが、公務に関わりのないことだから出来る限りは答えましょう。そう言ってくれた。

『もう調べておられるとは思いますが、普段の父はなんていうことのない。どこにでもいる典型的なアメリカ人でしたね。家でも軍人の顔なんて見せたことなんかありません。多少厳格で口数が少なくはありましたが』

 彼はぽつり、ぽつりと記憶を手繰るように話し始めた。

『私の家は、私以外軍に入った人間はいないでしょう?父が強硬に反対していたからなんです。』 




 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る