第二話 ミス警視庁は突然に 2
『彼は第二次世界大戦と朝鮮戦争の英雄よ。名誉勲章四回、他にもブロンズスターとシルバースターをそれぞれ四回受勲してるわ。退役時の階級は大佐ね。』
運ばれてきたブルーマウンテンの香り高い湯気を嗅ぎながら、俺は思わずうなった。
『歴戦の勇士じゃないか?』
彼女は頷いて、女学生が暗記した数式を
『事件が起きたのは丁度3年前の9月15日の夜。場所はロサンジェルス郊外の高級住宅地で、主に退役軍人ばかりが集まって暮らしている一角よ。ロスといっても、その辺は昔ほど治安が悪くなくってね。強盗や空き巣狙いだって起こっていなかったの。ましてや殺人なんて10年以上無縁だったわ。そんな街で人が、それも動機らしい動機がない人間が殺されたんですもの。当時は随分な騒ぎだったそうよ』
俺は黙ってコーヒーを口に運び、改めて男の死に顔を見た。
確かに射殺されたには違いないのだが、男の顔が何となく安らかに見えたのは気のせいだったのだろうか。
『ん、まあいい。先を続けてくれ』
『ホワイトは退役後、飛行学校の教官に就任。後にはそこの校長になって、70歳を過ぎるまで現役で操縦桿を握っていたらしいの。家族は20年前妻に死に別れてから一人暮らし。子供は息子が3人、娘が一人。長男はニューヨークで内科医、次男はボストンの大学で数学の教授、長女はシアトルで名門ハイスクールの校長。三男は軍人』
『軍人?』
『そう、日本の横田基地でMPをやっているそうよ。階級は少尉ですって』
『他には?』
『ええと・・・・人柄は物静かで温厚。厳格な面もあったけれど、軍人にありがちな武張ったところはあまりなかったそうよ。奥さんを亡くしてからは外出も殆どせず、もっぱら家に引きこもって暮らしていたらしいの。だから特別な場合を除いて、それほど近所づきあいもしていなかったらしいわ』
死体を最初に発見したのは、通いのメイドだったという。
月曜の午前9時、いつものように自宅を訪れると、玄関のドアが開いており、入り口のすぐのところに、ホワイト氏が倒れていたので、警察に第一報を入れた。
駆け付けた地元の市警察は、
二階のベッドルームにあったクローゼットの奥の隠し戸棚には、亡妻の遺品だった時価三千ドルの宝石類があり、これも手付かずだった。
後に確認したところによれば、事件後ガイ者の銀行口座から、預金が引き出された形跡もゼロ。小切手もカードも不正に使用されてはいない。この時点で強盗の線は消えた。
後は人間関係だが、軍隊時代の上官、同僚、部下、誰もが尊敬と信頼の言葉しか口にしない。
退役後に勤めていた飛行学校でも同じことだった。厳しくはあったが、悪く言う者はいなかった。
家族関係も良好、死別した妻とも夫婦仲は睦まじく、息子や娘たちも離れて暮らしてはいるが、月に一度は誰かしらが家に訪ねてきたり、しょっちゅう電話やメールのやり取りをしていて、父親としても申し分のない人物だったという。
『写真を見ての通り、直接の死因は眉間への一撃だけど、その前に六発撃たれてるわ。両膝、両肩、そして眉間・・・・一発は外れててね。後ろの壁にめり込んでたそうよ。』
『つまり殺すまでに五発も撃たれていた訳だな。なぶり殺しにしたわけだ。怨恨以外ありえないな』
『そうなのよ。でも前にも言った通り、ガイ者は人から恨みを買うような形跡は皆無・・・・だから困ってるの』
犯行時刻は恐らく午前零時から2時迄の間・・・・ただでさえ犯罪の少ない土地柄で、おまけに当日両隣の家は共に留守をしていて目撃者もないという。
俺はポケットからシガレットケースを出し、シナモンスティックを咥えた。
『しかしだぜ、もしそうだとして、何故君ら警視庁の外事課が手を突っ込む?そんなものは米国の警察だか、FBIだかに任せておけばいいだろうが』
『さっき見せたでしょ。拳銃』
『九四式か?』
『ええ、それが凶器と断定されたわ』
『しかしあちらさんはこっち以上の銃器天国だぜ?世界中の飛び道具があるんだ。日本製の拳銃があったって、別に不思議じゃないだろう?』
『その通り、でもその凶器が日本に持ち込まれているとしたら?』
俺は別に驚かなかった。
『それがどうした?この節、充分に考えられるさ。でもだったら尚のこと、俺なんかお呼びでないだろう。』
彼女はため息をつき、グラスの底に残った野菜ジュースを当たりの視線も構わずに音を立ててすすり上げた。
『拳銃の持ち主が、外交官でなけりゃね』
苦い顔で真理は言った。
『外交官?日本のか?』
『違うわ、差し障りがあるから名前は出せないけど、米国と友好関係にある中東の某国の一等書記官氏が所有者だったのよ。その人、今度人事異動があってね。日本の大使館に赴任することになったって訳・・・・アメリカの捜査当局も歯噛みをしたけど「外交官特権」があるでしょ。調べようにも調べられないわ。何しろその国は米国だけじゃなく、日本とも何かと関係があるのよ。』
中東か、なるほどね。
『石油だな。日本は産油国のご機嫌を窺っておきたい。米国は米国でこれ以上中東でもめ事は起こしたくないから、友好国の面子を潰すような真似はしたくない。そんなところかね?』
『流石名探偵ね』
『だからどちらも公僕は手出しができない。そこで探偵の俺に泣きついた。探偵なら民間人だから、もめ事が起こったって外交問題にはならないだろう‥‥どうだい?』
『ますますお見事だわ。ホームズさん』
『俺は揺り椅子に座ってパイプを咥える趣味なんかないし、コカイン中毒でもないぜ』
俺がまぜっかえすと、彼女はくすりと笑った。
『今度の依頼もね。実はFBIにいる私の友人から泣きつかれたものなの。これが全てよ。ウソはいってないわ』
俺は10秒ほど考えた。
『OK、まあいいだろう。引き受けようじゃないか。その代わりギャラははずんで貰うぜ。俺だってそのくらいの無茶を言う権利はある筈だ』
『勿論よ。私だって色気と食い気だけで貴方にこれだけの頼み事をしやしないわよ』
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