鋼の亡霊
冷門 風之助
第一話 ミス警視庁は突然に 1
『今から
受話器の向こうから真理の声が囁くように俺の耳を
『
『え?』
『探偵になったばかりの頃、先輩によく言われたものさ』
電話の向こうで彼女が笑った。
『とにかく、逢って欲しいの。今日の午後、日本橋の「マツバヤ」って店に席をとったわ。』
『マツバヤ』といえば、店構えは小さいが、
値段は少々お高いが、絶品のビーフシチューを喰わせるので知られている。
『食べ物で吊ろうってのか?俺も舐められたもんだな。』
『馬鹿ね。貴方をそんなに安くは考えてないわ。とにかく来て頂戴。全部私のおごりよ』
幾ら美人だからって、相手は警察官、それも外事課特殊捜査班のエリート警視、五十嵐真理殿と来ている。
(ついでにいえばミス警視庁?なんて二つ名もあるそうだ)用心するに越したことはないが、このところ俺もロクなものを腹に入れてない。
まあ、たまにはあのこってりしてるが味わいの深いビーフシチューを腹に入れるのも悪くはあるまい。
『じゃ、時間は正午かっきりだ。しかし、とりあえず話を聞くだけだぜ。』
俺が言うと、
『構わないわよ。でも、当てにしてるわ』 電話の向こうのキスの音が、俺の耳に届く。
男ってのは、どうしてこう女と食い物に弱いのかねぇ・・・・。
俺がテーブルにつき、ウェイトレスが運んできたビーフシチューに手を付けようとした時、向かいに座ったマリーは俺の前に一枚の写真を突き出した。
『九四式だな・・・・』俺は写真を片手で受け取り、しげしげと眺めながら、スプーンでジャガイモと肉の塊をすくって口に入れた。
さすがに隠れた名店の味だ。
良く煮込まれて、適当な柔らかさで、解けるような歯ごたえが堪えられない。
『グリップが縦長の木製で、全体の仕上げも粗い。とするとこいつは後期型か・・・・』
俺はスプーンを止めずに、ビーフシチューをかっ込みながら答える。
『良く御存じね。
『この拳銃を探して欲しいのよ。貴方にね。』
俺は口いっぱいに頬張っていた肉とジャガイモの塊で、思わず喉を詰まらせそうになった。
『冗談はよしてくれ。今は昔の日本とは違う。それでなくても拳銃の所持がなし崩しで自由化されちまってるんだ。80年近く前の遺物を、広い日本列島から見つけろってのは、ガラクタの山の中から一かけらのダイヤモンドを見つけ出すより難し
いぜ?
『それが出来るくらいならね・・・・』
彼女はため息をつき、もう一枚別の写真を見せた。
あまり見たくない絵面だった。
俺は残りのビーフシチューを急いでかっこみ、コップの水を一気飲みし、ついでにブルーマウンテンのブレンドをオーダーした。
死体の写真である。
日本ではない。
恐らく、いや間違いなく米国だろう。
白髪頭の白人、90を当に過ぎていると思われる。
右頬の大きな傷跡が印象的だ。
パジャマの上からガウンを羽織っているところを見ると、寝起きを襲われたに違いない。
両肩と眉間に、はっきりと弾痕が確認できた。
『今から2年前の写真よ。場所は米国はロサンジェルス郊外の高級住宅地。殺されているのはジェイムス・ホワイト。元アメリカ海軍の名パイロット・・・・当時93歳だったかしらね』
彼女は自分の前に置かれていた料理をいつの間にか平らげ、傍らの野菜ジュースをストローで吸い上げてから言った。
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