第38話

 フクシマ・アシッド・パーク。

 旧福島第一原子力発電所跡地に建てられた公園だ。

 技術が進んだとはいえ、まだまだ土地の中心に入るには許可が要る。私は国際記憶機構の力をフルに利用して、どうにか中に入ることが出来た。狭苦しい防護服を身に纏いながら、私は中へと足を踏み入れる。

 汚染水が溜まるタンク、原子力による突然変異したは虫類の数々。

 そんなものを見ながら、やがて中庭に出た。

 その瞬間、拍手が起きた。

 いったい何が起きたのかと思い、携行していた銃を構える。


「銃を構える必要なんて無いんだよ、信楽マキさん」


 あの声だ。

 あの声がするということは、近くに居るのは――。


「瑞浪あずさ……!」


 中庭の向こうに、瑞浪あずさの姿があった。

 白いドレスに身を包んだ彼女は、防護服を着てはいなかった。ならばどうやってこの空間に入り込むことが出来たのだろうか。常に監視されている、この旧福島第一原子力発電所跡地に。


「どうやって入り込んだのか、みたいな表情を浮かべているね?」


 瑞浪あずさの言葉に、私は何も答えられなかった。

 それを無視して、彼女はさらに話を続ける。


「簡単なことだよ。監視カメラの画像を『だまし続けている』んだ。だから今、監視カメラにはあなたしか写っていない。安心して良いんだよ、信楽マキさん」

「どうして、秋葉めぐみを殺したの」

「あれは残念だったね。偶然だったから、私たちにも操作しようがない。言ってしまえば……お気の毒様、と言うしか言い様がないね」


 ドン! と銃を撃つ音が響き渡る。放たれた銃弾は彼女の顔を少し掠め、コンクリートの壁に跳弾する。


「お気の毒様、ですって?」


 一息。


「私にとっては、いいや、あなたにとっても! 大事な友達だったはず! それを、あなたが行った計画によって死んでしまった彼女を『仕方ない』と済ませることが出来る訳がないでしょう!? それは、あなたが一番良く理解しているはずだと思っていたのに……」

「絶対と、安全は、共存しないんだよ」

「何を……?」

「数十年前、ここに原子力発電所が設置された。そのとき、多くの人間が反対した。しかしながら、国家は安全神話を念頭に置いて交渉をし続けた。それにより、ここに設置されることになった。……けれど、その安全神話は僅か数十年で砕かれることになった」

「あれは、十メートル以上の高波がやってきたことにより安全装置がすべて壊れてしまったものだと、そういう公式の見解も出ていたはず! それはまったく関係の……」

「でも、それによって多くの人間が土地を失い、多くの人々が亡くなった」


 瑞浪あずさの話は続く。

 冷たく、それでいて、長く。


「多くの人間が土地を奪われ、土地を失い、人を失い、家族を失い、学校へ行けなくなり、様々な被害を生んだ。それは神が与えたもうた試練そのものだという考えが正しいと思わない?」

「……何ですって? つまりあなたはあの震災も、あの被害も、すべて神様が与えたものだと言いたい訳!?」

「そう。これは全て、神様の理論によって起こされていることに過ぎない。神様の双六場の上で私たちは回されているだけに過ぎない。それもこれも全て、」

「原罪を背負っているから?」


 こくり、と瑞浪あずさは頷いた。


「人間の原罪を洗い流すことは出来ない。それは肉体という器を持っている人間が、その肉体に染みついているものだから。では、その肉体を捨て去れば? 神から与えられた原罪を消し去ることが出来るのではないかしら」

「だからミルクパズル・プログラムを実行しようとしている訳!? 副作用の、精神が一つに集中されるという重大な副作用を敢えて利用する為に!!」


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