第37話

 瑞浪あずさの呪縛。

 それはずっと続いていた。あの出来事が起きるまで、ずっと隠匿され続けていた。

 瑞浪あずさはつまり、それ程のカリスマを持ったリーダーであったということ。

 彼女の呪縛から解き放つこと。それが私に課せられた新たな任務だった。


「瑞浪あずさは、常日頃から『フクシマ』という場所を好んでいた。もしかしたら、フクシマに彼女の原点があるのかもしれない」


 拝下堂マリアとの会話をリフレインする。


「フクシマに、瑞浪あずさの痕跡が? でも、彼女の情報に沿って進んできた『住良木アリス』という人間は何も情報を持ち合わせてはいませんでした」

「彼女は何も情報を流出させなかった。しかし、フクシマで研究をし続けていたというのは事実よ。ということは、そこに執着させる何かがあるはず」


 同時に思い出すのは、十年前の瑞浪あずさの行動だ。

 彼女はいつも図書館で昔の日本の写真を眺めていた。昔、と言っても私たちが生まれる数年前の歴史。日本が大きな震災で被害を受ける前の話だ。その地図をずっと眺めながら、彼女はずっと笑みを浮かべていた。


「ねえ、その地図の何処が面白いの?」


 私は質問をしたことがある。

 しかし、瑞浪あずさは具体的な答えを私に提示してはくれなかった。


「世界は日々変わっていく。人間の行動によって大きく変化を遂げてしまうことだってある。それっておかしな話だと思わない……? 信楽マキさん」

「言っている意味が分からないよ、あずさ。あなたはいったい何がしたいの?」

「神様は、人間に罪を負わせたんだ。何故だか知ってる?」


 宗教学の授業で学んだことがあるから、それくらい覚えている。

 ええと、確か蛇に唆されて知恵の木の実を食べてしまったからだった――はずだ。


「そう。知恵の木の実。人間はそれを食べてしまったから、神様に罪を押しつけられたんだ。いわゆる『原罪』という奴。それをどうにかしないと。人間は永遠にこの世界に留まったまま」

「……どういうこと?」

「私はね、信楽マキさん、人間を別の世界に運ぶ役割を担いたいと考えているんだよ」

「別の世界に?」

「原罪を洗い流せば、人間は別の世界に遷移することが出来る。とどのつまり、神の空間に移動することが出来る。神の空間は、どんな空間なのでしょうね? 想像するだけでワクワクしてきちゃう」

「そんなこと、宗教学の増田先生に聞かれたら、たまったものじゃないと思うよ」

「どうして? 言論の統制なんて行っていないんだから、別に何を話したって私の問題。別に悪い話でも何でもないじゃない。寧ろ、それを楽観視しなくちゃ」

「楽観……視?」

「良い? 信楽マキさん。神から与えられた罪はたった一つ。それは肉体に紐付いているから、肉体を排除しなくてはならない。精神だけの世界に向かわないといけないの。ずっとそれは不可能だと思われていた。けれど、それを可能とする装置が生み出された。何だと思う?」

「ええと…………BMI?」

「そう。BMI。あれを使えば人間の意識を電子化して一つにまとめ上げることが出来る。精神の世界の誕生だよ。素晴らしいことだとは思わない? 信楽マキさん」



 ◇◇◇



「思い出した……!」


 瑞浪あずさは、確かに言っていた。

 十年前に、この事件の全てを。

 そして、どうしてそれを行うのかと言うことについて。

 となれば、向かう場所はたった一つだ。

 私は目的地へと急いだ。

 最終目的地になるであろう、その場所へと。


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