第36話
「なら、今瑞浪あずさの計画には関係ないということですね?」
こくり、と拝下堂マリアは頷いた。
このとき、きっと彼女は嘘を吐いていないのだろう。確信をついた訳ではないが、恐らくそうだろうという疑心でしかないが、いずれにせよそこまで考えないと話が先に進まない。
拝下堂マリアの話は続く。
「私たちは、脳科学記憶定着組織ワーキンググループから離れ、新たなワーキンググループを発足することはしませんでした。そもそも、私自体が記憶科学ワーキンググループに所属している以上、複数のワーキンググループに所属することは難しいことだと判断した為です。別に珍しい問題ではないでしょう?」
「あなたぐらいの人間ならワーキンググループの掛け持ちなど容易に出来たはずでしょう。何故、それをどうして」
「瑞浪あずさの研究を表沙汰にする訳にはいかなかった、というのが一つでしょうか」
「?」
「瑞浪あずさの研究を、表にコンバートしていく。それが私たちの役割でした。つまり、私たちがずっとそのワーキンググループに所属していれば、もっと早くあの作戦は実行されるはずだった。けれど、作戦は実行されなかった。その意味が分かりますか?」
「実行部隊が誰一人として存在しなかったから、そもそもやることが出来なかった……?」
こくり。再び拝下堂マリアは頷いた。
拝下堂マリアの表情が徐々に歪んでいく。そもそもこの表示されているのが、生身の映像ではなくてホログラムという形で表示されているため、僅かにホログラムでは表示しきれない限界というものが存在する。それが、今現れているとでも言えば良いだろうか。
「瑞浪あずさは困ったのでしょうね。実行部隊が誰一人消えてしまったのですから。忽然、とね。けれど、同時に私たちはそれを発言出来ないことに気づきました。発言したくても、仮に発言したところで馬鹿馬鹿しいと思われるに過ぎないと至ってしまったのですよ」
「貴方ほどの地位があれば、一言宣言すれば気づいてしまうのでは?」
「BMIは完璧だった、と発言した私の口から、BMIの欠陥について述べろ、と?」
「それは……」
「出来ないでしょう。出来るはずがない。それを狙っていたのですよ、瑞浪あずさは。だから私たちがワーキンググループから脱出しても、意味が無いと判断した。別に問題無いと判断した。それ以上のことは片付けなくても良いと判断した。だって、誰もそのことについて語るメリットがないのだから」
「そんなことって……」
私は絶句していた。
だってそれってつまり組織がらみの隠蔽と変わりない。
そんなことをしでかしていたなんてことを、私の組織でやっていたことを、気づけなかったということについて。
私は、絶句せざるを得なかった。
「……あなたは、きっとそう思っているのでしょうね。何故そんなことをせざるを得なかったのか、と? 答えは単純明快です。皆、自分の地位が奪われることを嫌っていたのですよ。自分の地位が奪われてしまうことを、嫌っていた。だから何も言わなかった。目の前にあるパンデミックを見捨てた。パンデミックが起きる可能性を見ないふりをした。それがいくら罪に問われることであっても仕方ない。だって、それを信用してくれる人がどれだけ居たというのですか。私が言ったとしても、ほかの議員が言ったとしても、きっと誰も信用してくれはしなかったでしょう。瑞浪あずさはそれを狙ったのですよ」
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