第33話

「ミルクパズル・プログラムを実行すれば、人間の意識が消失する……それがあなたの狙い?」

「そう。それが私の狙い。意識を消失させてしまえば、誰もこの世界に悪さをする人間が居なくなるでしょう? 勿論、BMIを埋め込んでいない人間は救済には含まれない存在になる訳だけれど」

「救済には含まれない? あなたはこれを救済だと言いたい訳?」

「救済よ。原罪を清めるために、人間が受けるための罰。それでいて、それは人間そのものを救うためでもある」

「……随分とキリスト教を良い物だと思って居るみたいだけれど」

「逆にあなたは、キリスト教を信用していないの? あの宗教は素晴らしいものだと思う訳だよ。神様は、私たちに救いを求めるチャンスを与えてくれたんだ。神様は、私たちが救われても良いとまだ思っているんだ。それはとても素晴らしいことだと思うし、有難いことだと思うんだよ。信楽マキさん、あなたはそう思わないの?」

「私は……」


 はっきりと言い返せなかった。

 それは間違っている。それは間違っていて、そのことについては否定せねばならない、ということについて。

 たとえどれだけ御託を並べようと、人が死んでいることを肯定してはならない、と。


「間違っているよ、あずさ」


 だけれど、私は。

 私ははっきりと彼女に向かって言い放ったのだ。


「……何が?」

「救済だとか、原罪だとか、そういう細かい話は分からないけれど……それでも、人を殺して良い理由にはならない。人を殺して良い理由にはならないんだよ」

「いいや。あなたは未だ分かっていない。あなたは未だ理解していない。何度言わせれば気が済むの。この世界は腐りきっている。権力と金によって支配されている。私は、人間のそんな意識を、そんな汚れたしがらみから解き放とうとしているんだよ。それの何処が間違っているというの?」

「間違っているよ! そんなこと、そんなこと……」


 彼女はそれ以上言えなかった。

 それ以上言わなかった、というのが正しいのかもしれない。

 いずれにせよ、その言葉は私の中で噛み砕いていく言葉であることには間違いなかった。

 瑞浪あずさの話は続く。


「あなたは間違っているよ。信楽マキさん。そしてきっと永遠にその考えが交わる事は無いのだろうね。いつか、また会える時がやってきたとしても、きっと私たちは和平を結ぶことはない。そう、思っているよ」

「だろうね。何でだろうね。昔はあんなに仲が良かったのに」

「あなたが、私の考えに気づいてくれなかったからじゃないかな? 信楽マキさん」


 そして、意識は徐々に遠のいていく。

 瑞浪あずさの影も徐々に白んでいき、やがて消えていった。



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