第32話
「遠藤ユリ監査官からあなたがフクシマに行ったという情報を耳にしてね。それから? 情報は入手出来たのかしら。少しでも進展があることを期待しているのだけれど」
「残念ながら。それは、遠藤ユリ監査官から聞いた情報とほぼ変わらないと思いますが」
「……いずれにせよ、我々は早急に犯行グループの身柄を確保しなければなりません。分かりますね?」
「ええ。それは重々承知しております。ですが、現にその人間が何処に居るのか分かったものではないのです。分からないのならば、探索しようがありません。そうではありませんか? 拝下堂マリア議長」
「貴方の言いたいことが、はっきりと見えてきませんが。きちんと真実を伝えてください」
「私は最初から真実を伝えているつもりですが? 拝下堂マリア議長」
「あなたは何をしたいの? 国際記憶機構からも、記憶科学ワーキンググループからも外れた行動を取ろうとしているのではなくて?」
「どうしてそういう判断に至るのですか?」
「あなたが何を考えているのか、今の私にはさっぱり理解できません。けれど、あなたが何をしようとしているのかはうっすらと見えてきています。あなた、過去に『友人』が関わっている可能性があるという話をしましたね? 遠藤ユリ監査官から話は上がっています。あなたは、それを確認したがっているのではないですか? あなたはいったい何を考えているのですか?」
「私は……確かに彼女を捕まえて、実際に聞きたいと思っています。どうして、そんなことをするのか。どうしてそんなことをしでかすのか。どうしてそんなことをしなくてはいけないぐらい、彼女の精神は歪んでしまったのか」
「しかしそれは、国際記憶機構の判断とは異なります! 良いですか、信楽マキ監査官、あなたにはきちんと命令を遂行する義務があります。ですから、それを違反すると言うことは何を意味するか分かっているのですね?」
「別に私は違反しているつもりはありませんよ。私は私の意思に沿って行動しているだけに過ぎません。……ミルクパズル・プログラム、それが人間の意識を消失させる悪魔のプログラムならば、それを止めなくてはいけないのは人間の定めと言えることだと思っています」
「待ちなさい! 今、あなた、何を……」
「失礼します。これ以上話をしても無駄だと思いますので」
そう言って、私は電話を切った。
疲れてしまっていたのかもしれない。
本来なら、こちらが話の主導権を握る必要性はなかったのだが、実際の所、私としてはさっさと眠りに就いて明日に備えたかった、というのが本心だ。
早く眠りに就きたい。そんなことを考えながら、私はスマートフォンを机の上に置いて横になる。意外にも拝下堂マリアからの着信はなかった。もう一度怒りに満ちた彼女からの苦言を聞く羽目になるかと思っていたが、それは無いようだった。あったらあったで面倒なことになるのは間違い無いのだが。
そう思いつつ、私は徐々に眠りに就いていく――。
◇◇◇
「信楽マキさん、あなたはどう思う?」
夢の中で、彼女に出逢った。
明晰夢、という奴らしい。
「どう思う、って。何が……?」
「この世界のこと。人間の世界のこと。人間の意識のこと」
「私は……別になんとも思わないよ。この世界がどうなろうったって、私はわたしから逃げ出すことは出来ないんだもの」
「うん。それも立派な『回答』だよね。けれど、私は違うな」
彼女は私の肌に触れた。
触れるその手は、どこか温かい。
「私はこの世界を壊したいと考えているんだよ、信楽マキさん?」
「この世界を……壊したい?」
「この世界は穢れている世界だよ。誰がなんと言おうと、誰がどう発言しようと。世界は世界。穢れゆく世界を見捨てる訳にはいかない。私はこの世界を破壊する。いいや、正確に言えば、この世界を破壊していく『病原体』を殲滅することで世界の平穏が保たれる」
「それを……あなたはその病原体を、人間であると言いたいの?」
「そう。そうだよ。その通りだよ。信楽マキさん」
彼女は微笑みながら、私の周囲を歩いていく。
「でも、世界の人間が全員悪者だとは限らないし……」
「そうね。その人達には申し訳ないことをするのかもしれない。けれど、私は違う。人間の罪は、既に知恵の木の実を手に入れた時から存在していた。『原罪』とでも言えば良いのかな。それのことを差すのだけれど」
私は分からない。
彼女がどうしてそこまでして、人間を悪者扱いするのだ、と。
「私は断罪されるべきだと思っているんだよ。人間について」
「人間のことを、断罪するべきだと思っている? その意味が、まったくもって分からないよ」
「人間は、裁かれるべき存在なんだ。そして、私はそれを救済するべき立ち位置に居ると考えているんだよ。人間は裁かれるべきで、そのやり方が『ミルクパズル・プログラム』の実行なんだ」
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