第29話
「BMIを埋め込んでいない……? ここに居る人たちは、BMIを埋め込んでいないというのですか」
「あなたは、きっと科学者か医者かその類いの人間なのでしょう。ならば、気づくはずでしょう。BMIを埋め込むにもお金がかかるということ、そしてBMIを埋め込むというのは、神から与えられし肉体に傷をつけるということ。それだけは絶対にあってはならないことなのです」
「でも、それじゃ、ミルクパズル症候群が発症した時の予防策をとることが出来ません! つまり、あなたたちは静かに死を待つということに」
「ええ。そうですよ」
にっこりと笑みを浮かべるシスター。
「それの何処がおかしい話でしょうか?」
「おかしい話、ですよ! だって、自ら死を望んでいるのと変わらない! それじゃ、命を分け与えられた意味が」
「無いというのですか? それは、有り得ませんね」
「どうして!?」
「ここは教会です。静かにお願いします」
周りを見渡すと、賛美歌も止まって、静かな空間が広がっていた。私とシスターとの会話に目もくれず、祈りを捧げ続ける人も居る。その中の殆どの人間、いや、全員がBMIを埋め込んでいない、というのだ。そんなことが、
「有り得ない、とでも言いたいのですね?」
シスターの言葉を聞いて、再び彼女の顔を見る。
「安全に絶対は有り得ないのですよ。それはフクシマに原子力発電所が設置された時もそうでした。あのときは、未だ日本に『安全神話』という言葉があった頃でした。日本の製品は安全である、だから問題無いと。その結果、何が生まれましたか? 震災が原因であるとはいえ、生まれたのは、死の大地ではありませんか。その後、世界によって医療が急激に発達し、今や世界の医療都市とも呼ばれるようになりました。フクシマのあの事件を忘れていく子供達も居ます。けれど、絶対に忘れてはならない。フクシマのあの出来事は、絶対に忘れてはならないのですよ」
諭すように。
子供をあやすように。
しかし、時に怒りを。
彼女は、私に感情をぶつけてくる。
それは怒りだった。
それは驕りだった。
それは憎しみだった。
「……すいません。少しだけ感情が入りすぎました。けれど、忘れないでください。BMIは安全であるのか、ということについて。確かにあなたたちは安全であるというでしょう。けれど、フクシマの人間は未だにあの出来事を忘れられない。日本の安全神話が崩壊した、あの出来事のことを」
◇◇◇
また、街を歩いて行く。
気づけば夕方になっていた。
近くのファミリーレストランに入って、休息を取ることにした。
「いらっしゃいませ、お客様、一名様でしょうか?」
「ええ」
「それではカウンター席へどうぞ」
カウンター席へ案内された私は、メニューを眺める。
パスタにピラフ、ハンバーグと様々なメニューが並ぶ。フクシマに来たんだからそういう郷土料理でも食べれば良いんだけれど。って、あれ? そういえばフクシマの郷土料理って何になるんだっけ? まあ、いいや。今度調べておくことにしよう。別にフクシマには何度だって行くことが出来るんだ。そう思ってハンバーグ定食を注文した。
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