第26話
フクシマは二〇一一年に起きた東日本大震災、同時に福島第一原子力発電所の爆発により、甚大な被害を受けた。今でさえ、殆どの人間が家を持つことが許され、土壌の汚染も少なくなってきていたが、地震が起きたばかりの頃というのは、ほんとうに復旧出来るのかという疑問すら浮かべてしまうほどの被害だった。
「久しぶりに来たけれど、ここが十数年前に震災が起きた場所だとは思えない……」
「それ程に、科学の進歩は進んでいるということですよ。信楽マキ監査官」
声をかけられて、そちらを振り返ると、白髪の眼鏡をかけた女性と目が合った。
「あなたが、この研究施設のリーダーを務めている、住良木アリスさんですか?」
「アリス、とお呼びください。これでも年齢はあなたとそう離れていないはずですから」
「そう、ですか。ではアリスさん、早速議題に入らせていただきたいのですが」
「それよりも先に、あなたは知らなくてはならないことが幾つかあります」
「……幾つか?」
「先ず、脳科学記憶定着組織ワーキンググループはどうして誕生したか、についてです。これはあなたも知らなかったのでは無いでしょうか? 突然、脳科学記憶定着組織ワーキンググループという名前が出されたけれど、やっている内容は寧ろその逆の行為を行っている。それについて何か疑問を抱かなかったのでしょうか」
「疑問を抱かなかった、と言われれば嘘になります。確かに疑問は抱いていました。どうしてそのような名前のワーキンググループが、ミルクパズル・プログラムの開発に手をつけることになってしまったのか?」
「何処からの意思が働いているのではないか、なんてことも考えたのではありませんか?」
くすり、と笑みを浮かべた彼女の表情はまるで悪魔か何かだった。
彼女の話は続く。
「ご安心ください。この施設は国が原子力を無力化させるために開発した機構であり、脳科学記憶定着組織ワーキンググループとはまったくの別物。私はこの機構で働いている一研究員に過ぎないのですから」
「ならば、どうしてあなたは脳科学記憶定着組織ワーキンググループに所属することになったのですか?」
「……ワクワクするものがそこにあったから、とでも言えば良いでしょうかしらね」
「何ですって?」
「そんなことを言ってしまえば、人間への冒涜に繋がるのは間違い無い。それは私も知っていますし、理解しています。けれど、それはどうしても耐えられるものではなかった。私にとって、ミルクパズル・プログラムは悪魔の証明であることを理解しておきながらも、証明しておきたかったプログラムなのですよ」
「全人類の記憶を消し去ることになったとしても……ですか!?」
「ええ。全人類の記憶を消し去ることになっても、そこから生まれる副作用が魅力的でした」
「副作用?」
「人間を思うがままに操ることの出来る機能。そして、人間の『意識』を個ではなくまとめておいておくことの出来る意味。あなたなら、そこまで言えば何の意味か理解できるのではないでしょうか?」
「人間を……人間を、ロボットと変わらない価値観に持って行くつもりで居たというの!? 瑞浪あずさは!」
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