第25話

 ミルクパズル・プログラムの開発と震災孤児であることになんの関係性があるというのだろうか。答えはまったく見えてこない。五里霧中とはこのことを言うのだろう。

 ミルクパズル・プログラムについての疑問は深まるばかりだ。それに、ミルクパズル・プログラムの続きが何処へ向かえば良いのかも分からなくなってしまった。

 瑞浪あずさがここに居るとは思ってはいなかった。

 だが、三橋教授が言っていたフクシマにほんとうに彼女は居るのだろうか?

 また幻影がぼやけて私たちを何処へ誘うか踊っているだけに過ぎないのではないか?


「どうなさいましたか、信楽マキさん」


 言ってきたのは、国連のアムス・リーデッドだった。アムスは私の心情を理解しているのかしていないか分からないけれど、ハンカチを差し出してきた。


「何、このハンカチ」

「今使う場面かな、と思いまして」

「馬鹿にしないで。私はいつも通りよ。いつも通り。そう、いつも通りなんだから」

「なら、別に問題ないのですが」


 ハンカチを仕舞って、アムス・リーデッドは話を続ける。


「もしあなたの精神状況が悪くなっていくようなら、捜査を止めるように国際記憶機構の拝下堂マリアから言われているのですよ」

「どうせ自分で出てきやしないのに、そういうところだけはきちんとしているのね」

「日本という国は法律を遵守する国として有名ですからな。良くも悪くも」


 日本という法治国家は数十年前に、労働者の大量自死を経て、『最も健康な国』であることを目指した。その第一歩となるのが記憶の洗浄である。嫌な記憶があったらそれを洗い流してしまおうというプログラムで、それを受けることでストレスが五割から七割減少すると言われている。まあ、私からしてみればそんなことより人間が変わらないと何も意味が無いと思うのだが、そこまで強く言えないのもまた日本らしいと言われればそれまでの話だが。


「一度、私も記憶洗浄を受けたことがあるよ。あの気持ち悪い感覚は何度しようと忘れることが出来ないものなのだろうな。或いは脳が受け付けてくれやしないのかもしれない」

「……そうですか。私は一度も記憶洗浄を受けたことがありませんから、はっきりと見えてきませんが。出来ればその機会が訪れないことを祈るしかありませんね」


 こうして、三橋教授との会話は終わった。

 そして次の目的地も自ずと決まっていった。


「向かうわよ、アムス・リーデッド」

「どちらへ?」

「あなた、さっきの教授の話を聞いていなかったの? フクシマよ。超科学によって発展を遂げた世界随一の医療都市、フクシマへ」


 目的地が決まった。

 後はそこに瑞浪あずさの痕跡が残っているかどうか、だ。



 ◇◇◇



 十年前。

 瑞浪あずさが死んでいく姿を目の当たりにしたのが、私の最後に涙を流した時だと記憶している。

 もっとも、記憶は完全なものではない。誰かに植え付けられたものなのかもしれないし、忘れ去られたものからそのように自動的に解析されたものなのかもしれない。いずれにせよ、記憶として残っている私の最後の涙が、瑞浪あずさが自死した時だった。

 あれほど、自らの感情の堰を切ったのは珍しいと思う。

 あれほどに、自らの堰を取っ払ったのは初めてだと思う。

 だからこそ、私の記憶に残っているのかもしれない。

 彼女が死んでしまった時、そのときの記憶が。


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