第22話
東京大学にやってきたのは、初めてのことだ。赤門を潜ると、何処か神聖な雰囲気を纏わせてくれるような、そんな感じに包まれた。
東京大学なんて滅多に来るような場所じゃないしな、と私は考えながら総務課がある場所へと向かう。正直言って、学生以外の人間が入っているのは目立つ。一応電話連絡で事前に学校に入る旨は伝えているけれど、この雰囲気が気持ち悪い。さっさと正式な許可を得ておきたいところだ。
総務課に到着して、私は国際記憶機構の調査に来たと伝えると直ぐに三橋教授の部屋へと案内してくれた。
「失礼します」
ドアをノックして、中に入る。
中は書類やら本やらが山積みになっていて、一種のゴミ屋敷と化していた。足のやり場もないくらいだ。いったいどうやってここで活動しているのか――などと考えていたのだが、
「初めまして、と言うべきかな。信楽さん」
部屋の奥にある椅子に腰掛けていたのは、白髪の男性だった。白衣を着用していて、何処か清潔な風貌に見える。しかしこの部屋にそのような風貌で居ると逆に浮いているような気がして、どこかおかしかった。
「どうかしましたかな。この服装に何か問題でも?」
「いえ、何でもありません。それよりもお聞きしたい事があるのですが」
「瑞浪あずささんのことですね?」
「……ええ。ご存知でしたか」
「国際記憶機構の人間がやってくる、という時点でなんとなく察しはついていましたよ。ああ、私にもついにやってきたのだな、と」
「ということは、悪事を働いていた自覚があるのですね?」
「あれを悪事だと思わないで、何が悪だ。もっとも、それに協力してしまっていた時点で何も言い様がないのだがね」
「教えてください。あなたはいったい、何をしていたのですか」
「……三年前。我々東京大学、ペイタックス・ジャパン、オレンジ社、そして脳科学記憶定着組織ワーキンググループの四者は共同研究を開始した。理由は、人間の記憶を自由に消すことが出来るプログラム、ミルクパズル・プログラムの研究だ」
「それは知っています。でも、結局はそれは未完成に終わってしまった、と」
「終わってしまったのではない。終わらざるを得なかったのだ。だから、結果的に研究も未完成のまま終わってしまったのだ」
「ミルクパズル・プログラムが未完成に終わってしまった、その理由をあなたは知っているのですか?」
「知っているとも。何せ、ミルクパズル・プログラムを終了するよう提言したのは私なのだからね」
「……何ですって?」
「ミルクパズル・プログラムは、ただの人間の冒涜だ。いいや、それだけでは済まない。それだけでは済まされない! あれには非常に彼らに益のある副作用があったのだ」
「副作用?」
「ミルクパズル・プログラムを適用した人間の脳は空っぽになる。しかし、その後の人間はどうなってしまうか? 例えば、『決められた記憶』をインプットしてしまえば、使い捨ての兵器として成り立つのではないか?」
「……何を」
「実際に、そんなことを考えていたのだよ。脳科学記憶定着組織ワーキンググループは」
「いや、正確に言えば、人間の意識を消失させることが出来るということは、人間の意識を操ることが出来るのではないか? ということにも繋がってくる。人間の意識を消失させることに、何の意味があるのか? 分からなかった我々にとって一石を投じたのも又、彼女だった」
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