第20話


「記憶は、いつまで経っても脳の中に残っている記憶と、いつかは忘れてしまう記憶があるの」

「へえ」


 十年前。

 瑞浪あずさ、秋葉めぐみ――そして、私。

 三人が仲良く会話をしているシーンだ。


「長期記憶と短期記憶というのだけれどね。いつしかBMIの開発によってそれもどうでもよくなっちゃった。だって、BMIを使えば脳の記憶なんて関係なくなってしまっているんだもの」

「あ、そうか。BMIを使えば、どんな記憶だって外部に放出することが出来るもんね」

「そう。BMIさえあれば人間は記憶を長期的に覚えておく必要が無い。それって、人間の衰退に近いことなんだよ」

「衰退? どうして?」

「だって記憶が失われても、それがほんとうに失われたものなのか、はたまた外部へ流し込んだものなのか、区別が付かないから。人間の脳って、そういうところはいい加減なんだ」

「そうなんだ……」

「私たちのこの記憶は、永遠のものにしておきたいね? 信楽マキさん」

「ええっ? 何、急に」

「ふふ。言ってみただけだよ」


 瑞浪あずさは笑っていた。

 瑞浪あずさは微笑んでいた。

 瑞浪あずさは――まるでこれから何をするのかを分かっていたかのように。

 瑞浪あずさは私たちにとって、神に近しい存在だった。

 とはいえ、崇敬しているとかそういう訳ではない。何でも知っているから、めぐみが『神様みたいだね』と言ったことから、そのようになってしまったと言えば説明が付くだろうか。

 そんな私たちは、いつしか『同志』としての関係が結ばれていた。

 どんなことがあっても、何があっても、私たちは一緒だ。

 彼女はいつもそんなことを言っていた。



 ◇◇◇



 シリコンバレーの焼き付いた日射しを浴びながら、私は歩いていた。

 日傘とか日焼け止めとか塗るのがマナーみたいなところがあるかもしれないが、私はあの香り嫌いなのよね。日傘を差すというのもどこか鬱陶しいし。だから気づけばサングラスだけかけてシリコンバレーの研究所地域を歩いていた、という訳になる。


「日傘を差した方が良いですよ、女性の肌はこういうのに敏感だ」


 アムス・リーデッドの言葉に、やんわりと答える。


「それで私の肌がどうなろうとどうだって良い。鬱陶しいのよ、日傘を差すのが」


 そして。

 私は一つの研究施設で足を止めた。


「オレンジ社、記憶開発センター……」


 スマートフォンを開発している、オレンジ社の記憶開発センターだ。

 文字通り取ってしまえば、怪しい名前であることは間違い無い。

 しかしながら、こういうのは大抵ただの研究施設であることが多く、実際、今回もそうだろうと思っていたのだが――。


「まさか、ペイタックス・ジャパンがオレンジ社と繋がっていたとはね……」


 あの、幹部が吐いたのだ。

 ペイタックス・ジャパンはあくまでも薬となる『題材』を作り出したに過ぎない。

 コンソールとなる物体は、オレンジ社で開発が進められていたのだ、と。

 はっきり言って自分の刑を軽くして欲しいが為の内ゲバなのだろうが、そんなことは国際記憶機構には関係ない。しっかりと罰は受けてもらうのが当然の義務である。


「入るわよ、アムス」


 そう言って。

 私はオレンジ社の記憶開発センターへと足を踏み入れるのだった。


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