第17話

「利益に影響が出ないように、なるべく少人数のメンバーでチームは構成されました。そしてそのリーダーを務めたのが、私です。そして、そのメンバーは誰も彼もその研究に没頭するようになりました」

「……理由は?」

「分かりません。研究者の性(さが)、なのでしょう。実際問題、聞いてみても『これを研究出来ることに意味がある』と言った人間ばかりでした。私が間違っているのではないか、と思い込んでしまうぐらいでした」

「そう言っている、ということは、あなたは研究に反対していた?」

「当然でしょう! 記憶を忘却させる薬を開発せよ、なんて今の世論が聞いたら我が社の評判はがた落ちです! いや、それで済めばいいものですが」

「でも、経営陣はそれを了承した。理由は気づいていましたか?」

「大方、大量の金を積まれたのでしょう。人間は金があればどんなに汚いことでも動く。そういう人間ですよ」

「……そういうものですか」

「あなただってそういうものではありませんか? 幾ら金を積まれればいいかは別として、金を積まれれば、きっと白を黒と言うぐらいには人間の意思なんて操ることが出来ると思いますよ」

「……話の続きをお願いします」

「……ああ、何処まで話しましたっけ? ええと、そうだ。チームの面々はきっと金を積まされた、ということは無いと思います。普通に仕事をしていたと記憶していますよ。やりたい研究が好きなだけ出来る! と思い込んでいたのかもしれませんがね。いずれにせよ、彼らはその研究を半年で成し遂げた」

「たった半年で!? 逆の理論の薬は未だ完成の見通しが立っていないというのに……?」

「逆説的な考えをすれば、脳にそのように『思い込ませる』のではなく、脳を完全に破壊する薬を作ってしまえば良かったのです。……まあ、それは最終的にワーキンググループに反対されてしまいまして。部分的に破壊する薬に落ち着きましたが」

「人間の脳を、部分的に破壊する?」

「人間の記憶には短期記憶と長期記憶の二つが存在している。国際記憶機構のあなた方ならご存知のことかと思いますが。とどのつまり、長期記憶を司る部位を部分的に破壊出来る薬を開発してしまったのです。創造よりも破壊する方が簡単であるとは良く言った物だと思いますよ」

「ということは、ミルクパズル症候群を発症したのと同じ状態ではない……ということ」

「それよりもたちが悪いと思います。なぜなら、長期記憶が出来ないようになってしまうのですから。……我々も、あの事件は確認しています。もしかしたら、彼らの命は数日も持てば良い方なのではないでしょうか。その後、もう一度BMIを通して記憶を投入すれば確かに助かるかもしれません。ですが、心臓は? 脳は? 何度やっても問題無いという情報は未だ入っていません。つまり、ミルクパズル症候群よりも高度な病気だと言えるのではないでしょうか」

「あなた……淡々と述べておいでですが、これが国際記憶機構の私たちに話していることは重々承知しているつもりで、話しているのでしょうね?」

「ああ、ああ。分かっているとも。だからこそ、あなたたちがやってきたと聞いた時は死期を悟ったよ。ああ、やっと私にも『救い』がやってくるのだと」

「罪を吐露すること自体が救いなら、犯罪者の大半はとっくに救われていますよ」


 遠藤ユリ監査官は立ち上がり、彼の手首を掴む。そして持っていた手錠をガシャリ、と装着させた。


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