第16話

「国際記憶機構の者ですが、薬剤グループの担当者におつなぎできませんか?」

「アポイントメントは取得されていますでしょうか?」

「は?」

「ですから、アポイントメントを……」

「担当者に、『脳科学記憶定着組織ワーキンググループ』について訊ねたいことがある、と一言お伝えください。それだけで充分です」


 私と窓口の間に割り入ってきたのは、遠藤ユリ監査官だった。


「ちょっと、ユリ」

「良いんですよ、マキさん。それだけで相手を焚きつけるには充分です」

「それなら可能ですが、少々お待ちいただけますか?」

「分かりました」


 ということで、待っていることにすると、エレベーターから血相を変えた担当者と思われる男がやってきた。


「な、何のご用でしょうか……」


 汗をだらだらかいている彼は、私たちを見て、そう言った。


「あなたが担当者ですか」


 私は座っていた椅子から立ち上がると、彼に問いかける。

 彼は頷くと、慌てた様子で名刺を差し出した。私と遠藤ユリ監査官も名刺を差し出す。


「あ、あの……国際記憶機構の方々が、急に何のご用でしょうか……? もしかして、監査に問題点でも見つかったのかと」

「あら? お伝えしていませんでしたか。我々はそんなことよりも重要なことを調べている、と」

「……会議室で話しましょう。ここで話すのは、居心地が悪い」


 担当者の意見ももっともだ。その言葉は、ここで語られるには少々場所が悪い。

 そう思った私たちはその担当者の指示に従って、エレベーターへと乗っていくのだった。



 ◇◇◇



 会議室に入ると、そこには老齢のスーツを着た男が待機していた。

 私たちが入るのを確認すると、二人は立ち上がり、お辞儀をする。


「こちらが担当のお二人になります。ええと、名前は、」

「如月と申します。以後お見知りおきを」

「じゃあ、あなたは担当者じゃないの?」


 汗っかきの男に問いかけると、ぶんぶんと首を横に振る。


「私はただの営業で、何も情報を聞いておりませんゆえ」

「その男の言うとおりです。彼は何も知りませんよ。ですから、彼を早く解放してあげてください」

「…………分かりました。では、あなたが脳科学記憶定着組織ワーキンググループについて話してくれるということですね? 如月さん」

「ええ。お話ししましょう。あのことは我々にとっても、マイナスだと思うことでしたから」


 そう言って、私たちに座るよう促す。

 長い話になりそうだと判断した私たちは、その言葉に頷いて、席に腰掛けた。


「先ず、最初に彼らと接触をしたのは、私でした。私は記憶に関して様々な薬剤を開発・研究していましたから、そこが彼らのポイントになったのでしょう」

「それで、彼らはどうやって話を持ちかけたのですか?」

「『記憶を定着させる薬を作れるなら、記憶を忘却させる薬を作ることは出来ないか?』という問いでした。私は、逆説的には可能だと告げましたが、開発するにはそれ相応の時間と金がかかるとは伝えましたが」

「が?」

「彼らは、それでも構わないから開発してくれ、と言い出したんです。同時に、彼らが言い出した条件としてもう一つ」

「もう一つ?」

「彼らは、『音楽にその薬効を乗せられないか』と言ってきたんです。……ええと、正確には、高周波の電波にその薬効を乗せられないか、と。私は何故そんなことを訊いてくるのかと思いながらも、理論的には可能であるとお伝えしました。そしたら、ならばそれで開発を進めてくれ、と言われました。突然のことでしたし、彼らの名前……脳科学記憶定着組織ワーキンググループという名前に反することをしていることも分かっていました。ですから、どうしてこんなことをするのかと聞いたこともありました。彼らは言いました。疑似的にミルクパズル症候群を発症させるマウスの実験のために必要だ、と。正直な話、それを言われたらそれ以上何もしようがありません。そう思って私はそれに了承しました。今思えば、馬鹿馬鹿しい話だったのかもしれませんが……」

「会社は、ペイタックス・ジャパンもそれを了承していたのですね?」


 こくり、と如月は頷いた。


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