第14話

「それで、今からどちらに向かうおつもりですか、信楽マキ監査官」

「狭苦しい名前はやめて。マキで良いわ。代わりにこちらもユリと呼ぶから」

「……では、マキさん。どちらへ向かうおつもりですか?」

「あなたに伝える必要性はない」

「とは言われましても、私は議長に報告しなければならない義務がありますので」

「……ペイタックス・ジャパンよ」

「ペイタックス・ジャパン? 薬剤メーカーのはずですが、一体どうしてそちらへ」

「メロディを解析した結果、十年前私の目の前で死んだクラスメイトの情報が出てきた」

「ほう」

「そしてその解析を進めた結果、たどり着いたのが、脳科学記憶定着組織ワーキンググループ」

「脳科学記憶定着組織ワーキンググループ……聞いたことがありますね。かつてそのようなワーキンググループが国際記憶機構の一員として存在した時期があったはずですよ」

「!? その情報一体何処で入手したの!!」


 私は立ち止まり、遠藤ユリ監査官の顔を見つめる。

 遠藤ユリ監査官は笑ってこちらを向いていた。


「取引と行きませんか。こちらが持っている情報を提供する。その代わり、マキさんが持っている情報を提供する。ギブアンドテイクってやつです。どうです?」

「ギブアンドテイク、ねえ。確かに悪くない提案だと思うけれど」

「でしょう? だったらさっsと――」

「だけれど、それはパスさせて貰うわ。あなたが知りたいのなら、あなたが情報を得なさい。どのような情報なのか、どのような深淵なのか。ほら、聞いたことがないかしら? 深淵を覗いているとき、深淵もまた覗いているのだ、って。ニーチェだったかな? 古い哲学者の言葉だったと記憶しているのだけれど」

「ああ、そんな言葉がありましたね。……って、それで逃れようとしても無駄ですよ! 私が知りたい情報をあなたが持っていて、あなたが知りたい情報を私が持っている。これってちょうど良いことのはずでしょう!? だったらさっさと、」

「だから、言ったよね。私」


 言っても気づいてくれないか。

 だったら、深層を突く発言をした方が良いのかもしれない。


「それで、解決するのかもしれない。けれど、これには私の知り合いが関わっているかもしれない。それについては、あなたも既に知っている情報だろうし、それを拝下堂マリア議長に伝えても問題はない。けれど、これはきっと私たちの問題のような気がするんだ。私と、その少女との」

「だとしても! 今、世界を脅かしているのはその少女……いいえ、十年前に少女なら今は立派な女性となっているはずですが! その女性を守ろうと思うつもりですか! あなたは、大量殺人鬼を守ろうとしているのですか!?」

「……大量殺人鬼。確かにそうかもしれない。ミルクパズル症候群は、意識をも消失させる不思議な病気。ならば、それから人間の脳を守るのが私たち」

「そうでしょう!? でしたら、」

「でも、そうじゃない。そうじゃないのよ、ユリ」


 そんなものではない。

 そんなもので解決できるほど、世の中は甘くない。


「私が言いたいのはね、あなたが考えていること以上に、これは大きな問題となりつつある、ということ。そして、それを知り得るために今動いているということ」


 そう言って、私は歩き出す。

 向かう先は、東京の高層ビルの一角に軒を連ねる、巨大薬剤メーカー、ペイタックス・ジャパン。


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