第13話
というわけで名古屋の滞在時間は僅か二時間程度。買い物をしておきたいぐらいだったが、もし買い物をしてしまって名古屋に向かっていることがばれたら咎められかねない。だから買い物は控えめにしておいて、さっさと東京行きのリニア新幹線に乗り込んだ。リニア新幹線の方が安く済むし早く到着するから便利な面を考えればこれが一番良いことなんだよな。
東京駅に到着すると、手元のスマートフォンがぶるぶると震えていた。
このBMI浸透時代に、着信とは珍しい。BMI―Lightningケーブルを接続し、もう片方の端子を自らのBMI端子に接続する。そしてもう一方は、スマートフォンの端子に接続。これで脳に直接電話が出来るというもの。ネットワークを介して、通話空間に自らの意識の一部を移動させる。一部なので、勿論行動することは可能だ。但し、会話に関しては出来なくなるという欠点はあるけれど、そもそも電話で会話をしているのだからそれについては致し方無いといったところだろうか。
「もしもし、どうかなさいましたか?」
「もしもし、ということは今外出中ということかしら、信楽マキ監査官」
「……休暇を取っていると、報告したはずですが」
「そうね。それは聞いているわ。けれど場所までは縛り付けて良いはずよ。あなたがやらなくてはならないこと。それは何であるか分かっているはず。だのにどうしてあなたは、休暇を取ったのかしら? もしかしてそのメロディについて何か情報を得たのではなくて?」
「……何処までご存知のつもりですか、拝下堂マリア議長」
「あなたが伝えてくれた情報以上のことは知り得ていない。だから困っているのよ」
「困っている? それはあなたらしくない。直ぐに修正せねばならないのではないですか」
「あなたが伝えている情報以上のことが何も出てこない。となった以上、そのメロディについて我々も解析を進めなくてはならない。しかしながら、メロディを解析出来たのはあなただけ。言ってしまえば、解析のデータもあなたしか所有していないということになるのよ」
「私を無理矢理にでも働かせますか。それは労働改革法第七条に違反しますが」
労働改革法、第七条。人間を休ませた場合は、いかなる理由においても出社させることを認めない。
数年前に発令されたその法案を有難く利用させてもらおうと思っていた訳だが。
「ええ、そうね。しかしながら、その法案には穴があるわ」
「穴?」
「第八条。『但し、国際的に危機的状況である場合は前条の項目を満たす必要は必ずしも存在しない』」
「……」
私は、心の中で舌打ちを一つした。
「つまり、今の状態は国際的危機にある状態だということ。……とどのつまり、我々がやらなくてはならないことは不眠不休でも行わなくてはならない。その意味が分かるかしら」
「分かりますよ。分かりますとも。それで? どうなさるおつもりですか」
「ああ、ここにいらっしゃったんですね。信楽マキ監査官」
――声が聞こえて、私は振り返った。
「そちらに監査官を派遣しているはずだけれど。もう到着しているかしら? ちなみに、位置情報を把握しているのも分かっているので、そのつもりで」
「その様子だと、未だ議長から報告を受けていないようですが」
ブロンドのロングヘアーに、赤いスーツを身に纏った、とても目立つ女性は、私に向かって笑みを浮かべた。
そして、その女性が何者であるか、私は既に理解していた。
「遠藤ユリ監査官……。どうしてあなたがここに、とは言わない方が良いのだろうね」
「ええ。きっと今議長から話を聞いている最中でしょうから」
首元を指さしながら、頷く遠藤ユリ監査官。
それにしても。
まさか彼女がやってくるとは思いもしなかった。彼女はずっとサポートとして裏手に回ると思っていたからだ。
「ミルクパズル症候群の大量発生、それについて特務を命じます。信楽マキ監査官」
脳内には、直接議長である拝下堂マリアの声が響き渡っていた。
「特務、ですか?」
「今きっと目の前に、遠藤ユリ監査官が居るのでしょう。彼女とともに行動し、ミルクパズル症候群の大量発生、次なる発生を阻止しなさい。報告は彼女から適宜して貰いますので、あなたがする必要はありません。では、以上」
そう言って。
一方的に通話を切りやがった。いや、切られてしまった。
「よろしくお願いしますね、信楽マキさん?」
「こちらこそよろしくお願いします、遠藤ユリ監査官」
BMI―Lightningケーブルを外しながら、私は事務的にそう答えた。
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