第11話
次の日、私は早速新幹線に乗り込んで、名古屋へと向かっていた。リニア新幹線が出来ているのでそちらを使えば良いのではないか、という声もあると思うが風景を楽しみたいのだ。そう考えてやはり利便性と風景を考慮すると、新幹線がベストな選択であることは火を見るよりも明らかだ。
拝下堂マリアを先頭とした記憶科学ワーキンググループの面々には休暇であると堂々と伝えておいた。本来ならばその状況で許されるべきではない休暇ではあるのだが、私は目の前でミルクパズル症候群の発症を目の当たりにした人物として少しでもトラウマを克服してもらう必要があるとのことで、意外にもあっさり承認されてしまった。承認されるだろうな、とは思っていたがここまであっさり承認されると逆に興ざめしてしまうものだ。
名古屋駅に到着すると、高い建造物がたくさん目の前に出てきた。名古屋は田舎、というイメージを払拭してくれたものである。まあ、リニアが通ったから、という理由があるのかもしれないけれど。
改札を出て、出口で適当にタクシーを拾う。目的地である大学までは、車で三十分ほどかかるという。何というか、遠いところに置いてくれたものだと思う。もっと近い場所に大学を作ろうとは思わなかったのだろうか。まあ、車社会である名古屋にはそんなこと関係ないのだろう。車社会など、排気ガス問題が浮上しつつある現状、世界の状況から逆行している状態であるというのに。
大学に到着して、総務部と呼ばれる場所へと向かった。事前にアポイントメントは取っていたため、すんなり進行した。逆にすんなり進行してくれないと困るものがあったが、そこはあっさりと進んでくれたので良かった。
研究室へ案内され、ドアをノックする。
しばし待機して、どうぞ、と嗄れた声が聞こえる。
私は一息吐いて、失礼します、と言って中に入っていく。
中に入って先ず目の当たりにしたのは、本の積み上がった塔だった。文字通り、塔と呼ぶのが相応しいだろう。研究者は良く本を積み上げると噂には聞いたことがあるが、実際に見ると何だか迫力があるというものである。
「汚い部屋で済まないね。片付けるのが面倒なもので、致し方無い。許してくれ給え」
「いえ、こちらこそ、急にアポイントメントを取ったのに許可して貰ってすいません」
「国際記憶機構の人間が、急に何の用かね?」
やはり、そこに引っかかってくるか。
「……単刀直入にお聞きします。先生は、『脳科学記憶定着組織ワーキンググループ』についてご存知ですか」
「懐かしい名前だ。もう十年も昔のことだよ。そのワーキンググループに関わったのは。まあ、先ずは座り給え。インスタントだがコーヒーを出してやろう」
そう言われて、私はソファに腰掛ける。荷物を横に置いていると、目の前のテーブルにコーヒーカップが置かれた。インスタントコーヒー独特の香りが広がった。
私の向かいに座った教授は、話を続ける。
「さて。そのワーキンググループがどうかしたのかね?」
「あなたは十年前、ある少女の遺体を受け取った。そうですね?」
「遺体。はて、何のことかな」
ここまで来て、しらばっくれるつもりか……?
そう訝しんでいると、ほっほっほと笑みを浮かべた。
「そこまで調べられているなら、しらばっくれる必要もあるまい。そうですよ、確かに私は、十年前ある少女の遺体を家族から受け取った。その名前は――」
「――瑞浪あずさ」
「何だ。名前までとっくに判明していることだったか。ならば、どうしてここへ?」
「何故彼女の遺体を献体されたか、ということです」
「何故、ですか。…………その前に、彼女のことについて一つ否定しておかねばならないことから始めましょうか」
「何ですか」
「瑞浪あずさは死んでなど居ませんよ。十年前、あの時点では未だ生きていた」
「なっ……」
いや、自分。分かっていたことじゃないか、瑞浪あずさが生きている可能性があるということは、あのメロディを解析出来た時点でなんとなく察しがついていたはずだ。
しかしながら、その事実をいざ突きつけられると驚いてしまうものだ。
教授の話は続く。
「彼女は上手く科学を騙した。十八歳未満はBMIを使った高度な記憶照合を行わない。それを狙ったのです。『疑似的に記憶を消す』薬を開発していた。そして彼女はそれを飲み干した。それによって、記憶を失ったと思い込ませたのです。遺体には遺書が残されていた」
「遺書?」
それは初耳だ。十年前、彼女が『死んだ』時には遺書の存在など明らかにならなかったはずだ。
「ええ。それこそ、脳科学記憶定着組織ワーキンググループへ献体するということだった。彼女は最初からワーキンググループを利用するつもりだったのですよ。そして、疑似的に記憶を操作する薬の存在を私たちに公表してある『プログラム』を発表した」
「プログラム?」
「ミルクパズル・プログラムと名付けられたそれは、直ぐに我々ワーキンググループの開発対象となった。ミルクパズル症候群に打ち勝つのではなく、敢えてそれを利用するのだ、と。彼女はそう言っていました」
「ミルクパズル症候群を利用する、ですって……?」
十年前の彼女は、なんと言っていただろうか。
確か、BMIによる記憶バックアップを否定していたような。
ならば、彼女がしたかったことは――。
「人間の記憶、そのものをリセットしてしまおうと考えた……?」
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