第10話
「……メロディが残されている?」
「はい。そのメロディとの因果関係は、はっきりとしません。ですが、それが残されていたということ、それが唯一の証拠だということは確かです」
私は、はっきりとそれを告げることにした。
瑞浪あずさが絡んでいるかもしれないということ。それは出来れば隠しておきたかった。だから、それは言わなかった。言わずにしておいた。言いたくなかった。だから、私は敢えて恣意的に、『メロディが残っていたことだけ』を告げることにした。それ以上のことは言わずにしておいた。その方が、私にとって都合が良いと思ったからだ。
「……そのメロディというのが引っかかるわね。抽出は?」
「既に九割方終わっています。再生しますか?」
「いや、犯行グループの罠の可能性がある以上、むざむざそれに引っかかるつもりはないわ。そのメロディは、非公開にしておいて」
「……はあ。非公開、ですか? 会議に提出する訳でもなく?」
「会議に公開したら、物議を醸し出すのは当然でしょう。それに、その音を公開しろと宣う人間が出てかねない。それはテロ行為の増長に他ならない。それだけは避けなくてはならない。良いわね?」
「……分かりました。でも、一応転送だけしておきますよ。くれぐれも扱いにはお気を付けて」
「分かっているわよ、それぐらい」
話を聞いて、そのままデータを転送した。嫌いな人間ではあるが、組織に所属している以上上司の命令には逆らうことは出来ない。そう思って私は、データを転送していくコンピュータの画面をただ眺めるのだった。
私は私で調査を進める必要があった。
理由は当然ながら、瑞浪あずさが関わっている可能性があるということだ。彼女は十年前、ミルクパズル症候群に自ら罹り、自死したはずだった。だから瑞浪あずさは今生きているはずがない。
私は直ぐに瑞浪あずさの両親を尋ねることにした。理由は適当に、『友人と会話が弾んで懐かしくなったので』とだけ告げておいた。それ以上のことは言わないでおいた。
「……そうですか、あずさの古い友人と。それにしても、亡くなってから十年。まだあの子の話をしてくれているのは本当に有難いことです」
線香を立てて、お鈴を鳴らした。
正座のままテーブル脇に移動すると、瑞浪あずさの母親がお茶を出してくれた。
「ありがとうございます、お母さん」
「いえいえ、あの子のことを思って来てくれたんですもの。こちらもきちんとおもてなしをしないと」
「彼女のことなんですが……、あの、一つ気になることがありまして」
「何?」
「彼女は……あずささんは、死後遺体はどちらに運ばれましたか?」
「……それは」
言い淀んだ。
つまり、人には言えない何らかの事実があるということ。それだけは間違いなかった。
「お願いします。大変失礼なことだとは分かっています。ですが、今、あずささんの遺体が何処に運ばれたのか確認しておかねばならないのです」
「……『脳科学記憶定着組織ワーキンググループ』」
「何ですって?」
聞いたことのない単語が出てきて、私は面食らった。
「そのグループに所属しているという科学者が、献体して欲しいと言ってきた。私たちは最初それを拒否しようとしたのだけれど、」
「拒否出来ないほどの事情があった……例えば金銭的な問題、ですか?」
「!」
「……大丈夫です。絶対にあなたたちの事情を漏らすつもりはありません。ですから、真実を伝えて欲しいのです。彼女の遺体は、そのワーキンググループに運ばれたのですね?」
瑞浪あずさの母親はこくりと頷いた。
ならばこれ以上の滞在は不要だ。私はお茶に一口飲み、そのまま立ち上がった。
玄関で靴に履き替えようとした矢先に、瑞浪あずさの母親が名刺を持ってきた。
「……それは?」
「私が貰った、その、ワーキンググループとやらの、名刺です。役に立つなら、と思って」
「頂いて良いのですか?」
「構いません。もう私には必要のない代物ですから」
ありがとうございます、と一礼して名刺を受け取る。名刺には『脳科学記憶定着組織ワーキンググループ』のほかにとある大学名が書かれていた。
「名古屋、か……」
それは、次の目的地を示す手掛かりでもあった。
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