第9話

 データの解析を進めろ。

 簡単に言われてしまったが、そう簡単に出来る話ではない。

 とはいっても、それを無視する訳にもいかない。実際問題、犯行グループがどのようにミルクパズル症候群を発症させているか分からない状態で、被害者の脳を解析するということは唯一の希望となっているのだ。

 分かっては居る。分かっては居るのだが、そう簡単に進めることが出来ない。

 そう簡単に出来るなら、苦労しない。

 しかしながら、人間の脳が危機に瀕している今、これを難儀している必要姓は皆無だ。


「……データを解析しろ」


 自らに言い聞かせる。


「データを解析するんだ」


 後はデータを解析するだけ。

 解析する、と言ってもそれはコンピュータに任せるだけ。自分はただプログラムを起動させれば良いだけ。それ以上のことは行わなくて良い。だから、あまり気にすることはない。


「データの解析を進めろ」


 自らに言い聞かせる。

 何をすれば良いのか、何をするべきなのか、何をしなくてはならないのか。

 そして、私はプログラムを走らせる。

 プログラムを走らせると、同時に解析結果が画面上に表示される。図式を眺めていくのは面倒だから、私はUSB―BMI変換ケーブルを手に取り、コンピュータのUSB端子にそれを接続した。そして、もう一方の端子を私の首元に接続する。後は自動的にプログラムを走らせれば良いだけ。それで勝手に脳内に整理されたデータが蓄積されていく。蓄積、と言ってもデータの海からデータを抽出するだけに過ぎないので、別に記憶の書き替えを行うとかそういう訳ではない。それをしてしまったら、記憶の定着が出来なくなってしまうから。それを行えば、記憶バックアップ技術が適用されなくなってしまうから。


「……これは、メロディ?」


 やがて、一つの着地点に到達する。それはメロディだった。最初は幾何学的な何かだと思っていた。しかし、それが一つのメロディ、一つの音階、一つの楽曲を描いていることに気づいた私は、たまらずケーブルを抜去してしまうところだった。

 しかし、すんでの所でそれを止めて、さらに解析を進めていく。

 このメロディは聞き覚えがある。

 このメロディには、聞き覚えがある。


「このメロディは……!」


 思い出すのは、十年前の過去。

 私と、秋葉めぐみ、そして、瑞浪あずさの過去。



 ◇◇◇



 瑞浪あずさは歌を歌っていた。

 その歌は朧気で、儚げで、どこかもの悲しい感じがあった。


「……悲しい歌だね」


 私は、瑞浪あずさにそう告げていた。

 瑞浪あずさは笑う。


「これはバラードだよ。もの悲しくて同然の楽曲だ。寧ろ、私たちには聞く必要も無いくらい悲しい歌なのかもしれないけれどね」

「聞く必要も無いくらい?」

「私たちの親が聞くぐらいの楽曲しか、今は残されていないよ。明るい楽曲ばかりになってしまっているんだ。私たちの気持ちを暗くさせないために、わざとそれに触れさせないようにしているんだ」

「どうして?」

「それはね、記憶の定着に関係するから」

「記憶の定着に?」

「感情が豊かな人は、記憶力が良くなるらしいんだよ。けれど、大人は、子供にそれをさせようとしない。わざと記憶力を落とす形にしているんだ」

「どうして?」

「どうしてだろうね?」


 敢えてだろうか。

 敢えて、彼女は私に聞き返してきた。


「どうしてだろう。分からないよ」

「そうだね。いつかは分かる日が来るかもしれない。わざと記憶力を低下させていること、その理由について」


 そうして、彼女はまた歌い出した。

 その歌は、やはり悲しい歌だった。


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